自分の家で絶えずお芋を食しているかといって、 世間の人みんなが芋を食っていると思ったら、あなた間違いですよ。 第18作『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』から 旅先では、うどんやラーメンなど、簡単な食事が多い寅さんですが、柴又に帰ってくると、おばちゃんの手料理を味わいます、食卓に並ぶ「がんもどきの煮たの」や「お芋の煮っ転がし」は、本当においしそうです。 お芋は、寅さんのソウルフードです。おばちゃんも寅さんのために、腕によりをかけて作ることを、無上の喜びにしています。 第18作『寅次郎純情詩集』は、余命いくばくもない、柳生綾(京マチ子)のために、寅さんが奮闘努力をする悲恋物語です。ある晩、綾の家で夕食をごちそうになって上機嫌の寅さんが、茶の間でそのことを報告します。 おばちゃんは「箸でお芋をつついてワーッと口の中に放り込んだり」してないかと、気にします。そこで寅さん、ちょっと悦に入った表情で言うのが、本編のことばです。 たしかに、寅さんも、おばちゃんも、お箸でお芋をつついて、食べているときがあります。それが自然体でもあります。上品な柳生家の晩餐と、とらやの庶民的な食事の対比。映画では、寅さんが綾の家で食卓を囲むシーンは描かれていませんが、この「寅さんのアリア」を聞いているだけで、その情景がありありと、目に浮かびます。 食事が終わり、綾と娘の雅子(檀ふみ)の「親子に送られて表に出る。降るような星空だよ」。寅さんは詩人です。観客はそのことばに満天の星を見て、寅さんの幸福な気持ちを想像することができるのです。 あるとき、綾もおばちゃんの「お芋の煮っ転がし」を味わいます。後半、病床の綾がもう一度「とらやのお芋」を食べたがっていると聞いた寅さん。袋一杯の芋を買って「煮てくれ」と懇願します。綾の余命を知っていたさくらは、おばちゃんに代わって、泣きたい気持ちを抑えてお芋を洗います。しかし寅さんとさくらの願いもむなしくお芋が煮える前に、容体は急変、綾は帰らぬ人となります。 後日、娘の雅子に「お母様のこと愛してくれてた?」と聞かれた寅さん。「違います」と即座に否定しますが、「お芋」に込められたその愛は、ぼくらには痛いほどわかるのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |