拾ったら、礼するのは決まりだい。 第19作『男はつらいよ 寅次郎と殿様』から 寅さんは礼儀の人です。礼儀とは、他者を気づかうことを、あいさつやマナーとして形式化したものです。「礼」とは、社会の中で人々が快く過ごしていくための、最低限のルールでもあります。「こんにちは」「達者かい?」そんな何気ないあいさつから、寅さんの世界の「渡世の義理」まで、さまざまな「礼」があります。古今東西どんなコミュニティーでも大切なものです。 第19作『寅次郎と殿様』で伊予大洲の城址公園で、寅さんが財布のお金を勘定していると、なけなしの五百円札が、ヒラヒラと宙に舞ってしまいます。たかが五百円ですが、寅さんにとっては大切な生命線です。 そのとき石垣の下を歩いていた老人が、そのお札を拾います。「おじいちゃんよ、ひょっとしたら、そのお金、拾ったんじゃねえのか?」「天から降ってきたんじゃ」。なんともとぼけた味わいです。 寅さんは「お礼にごちそうしような」と近所の茶店で、ラムネをおごります。老人は「いやいや、左様な高価のものを」と固辞しますが、寅さんは「いいんだよ、拾ったら、礼するのが決まりだい」と手を横に振ります。寅さんの自然のふるまいは、実にカッコいいです。 やがて、老人と寅さんが歩いていると、城下の人たちが、すれ違うたびにあいさつをします。寅さんは「この町の人たちは、みんな行儀がいいねぇ」と感心します。それもそのはず、この老人は、伊予大洲の殿様の末裔・藤堂久宗だったのです。演じたのは、戦前、戦中、戦後を通して「鞍馬天狗」を演じてきた剣戟(けんげき)スター、アラカンこと嵐寛寿郎さんです。 冒頭の夢では寅さんが鞍馬天狗にふんして、アラカンの口跡をまねして、悪人たちを斬り倒します。渥美清さんも子供のころから憧れていたであろう「天狗のおじさん」との共演は、実に楽しそうです。笑いのなかに、映画界の大先輩に対して、礼を尽くして迎えているリスペクトを感じます。 さて寅さんの「お礼」への「返礼」として、殿様は「粗餐(そさん)をさしあげたい」と屋敷に寅さんを招待します。「お礼」の気持ちが結ぶ、袖すり合うも他生の縁です。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |