〈特別篇〉寅さんの“家族の”ことば・タコ社長のことば おばちゃん大変だねぇ、 寅さん、恋の病で寝込んじゃったっていうじゃないか。 第12作『男はつらいよ 私の寅さん』から とらやの裏手で、朝日印刷株式会社を経営している、タコ社長には、劇中ほとんど呼ばれませんが、桂梅太郎というれっきとした名前があります。終戦直後、奥さんと始めた印刷工場を、昭和40年代から平成にかけての、激動の日本経済のなかで、どうにかこうにか切り盛りしてきました。 おいちゃんこと、車竜造とは昔なじみということもあり、車一家の一員のように振る舞っています。それが、下町の気安さと、ぼくらは受け止めています。 なにかにつけてとらやの店先や裏口から入ってきて、「おい、寅さん帰ってるじゃねぇか、これから大変だね、あんたたちも、ええ、ご愁傷さま」(第8作『寅次郎恋歌』)などと無責任極まりない発言をします。これにはさすがのおいちゃんもあきれ顔を見せました。 この社長、寅さんが帰ってくると、茶の間の団らんには必ず顔を出します。座敷には上がらず、上がりかまちに敷いた座布団に腰を降ろして、一服つけながら、家族の際に加わります。 第11作『寅次郎忘れな草』で、さくらが満男のためにピアノを欲しがっていると聞いた寅さん、玩具のピアノを買ってきます。寅さんを傷つけまいと、おいちゃんが「まかり間違ったって本物の話をするんじゃないぞ」と口裏を合わせしているのを知らない社長。「あぁびっくりした。俺本物のピアノ買ったのかと思っちゃったよ。寅さんにな、本物のピアノ帰るわけねぇ」と言ってしまいます。 それが寅さんの怒りの導火線に火をつけて、例によって大げんかとなります。そうしたとき、社長は大抵、「お前なんかにな、中小企業の経営者の苦労が判ってたまるか」と寅さんに対して、日頃の鬱憤をぶつけます。若いときから気心が知れているだけに、その気安さから不用意な一言でトラブルになります。 社長を演じた太宰久雄さんも浅草の生まれ。渥美清さんとの息もピッタリでした。寅さんと社長のけんかは派手なのですが、お互いのストレス発散の場でもあり、後腐れはないようです。しかも二人の喜劇的なオーバーな動きが、観客の大きな笑いを誘い、おなじみの名場面となりました。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |