野球は奥深いスポーツだ。ひとつ課題をクリアしたと思っても、また新しい課題が見えてくる。私は2013年のシーズンを最後に現役を引退したが、最後の最後にも新しい発見があった。 2013年は代打での起用が多かった。先発出場していれば、4回は打席が回る。先発投手とは3回程度は対戦があるわけで、一試合をトータルで考えることができる。ところが代打は1打席で結果を残さなければいけない。ましてや試合終盤の大事な局面になれば、相手チームのセットアッパーや抑えといった、力のある投手との対戦が多くなる。これは想像以上に難しかった。 代打に回ってから凡退が続いていた。思うように結果が残せず、打率も下降線をたどっていた。チームのお荷物になることだけは避けたかった。小川監督に「気を遣わないで下さい。二軍に落としてもらっても構いません」と進言したほどだった。 ところが、8月下旬に引退を発表して以降、面白いように結果が出たのである。周囲からは「これだけ安打が続くと、引退するのが惜しくなったんじゃないか」と聞かれるほどだった。 技術的に大きく何かを変えたわけではない。変わったことといえば、引退を発表したことで「残り打席は少ない。悔いのないように、思い切ってバットを振ろう」と思えるようになったことだった。 ひとつ、大きなきっかけがあった。代打で結果が出ないなか、阪神で「代打の神様」と呼ばれた川藤幸三さんに話を聞く機会があった。代打の心構えを聞こうと思ったのだが、川藤さんの答えは以外なものだった。 「お前はアホか、代打は補欠や。ほんまに期待されとったら、監督だって四打席立たすやろう。だから、打てんでも当たり前やと思っとったらいい」 これにはハッとさせられた。慣れない代打に回ったことで、自分自身に余計なプレッシャーをかけていたのである。それでは、打てるものも打てなくなってしまうのは当然だった。 「代打の神様」と呼ばれた川藤さんでさえ、「打てんで当たり前」と思って打席に向かっていたという。「代打は補欠」と意識することで、余計なプレッシャーを感じないようにしていたのだ。私も引退を発表して「悔いのないように」とシンプルな気持ちに立ち返ったことで、自然と結果がついてきたのだろう。 やはり、代打というひとつのポジションを極めた人は気持ちのコントロールがうまい。 代打という一打席しかない仕事では、なおさら気持ちの切り替えが必要になってくる。意識ひとつで結果は変わるのである。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |