■バックナンバー
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このブログのURL
http://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=728220
2014年06月12日(木) 
第二章 気づかせること

  若い選手をいかに叱るか

 若い選手と接するときには、工夫をしなければいけない。若い世代とどうコミュニケーションしていくか、というのが難しいのは、野球の世界でも同じなのである。
 北京五輪での失敗を教訓として生かしたわけではないが、ヤクルトではこちらから積極的にコミュニケーションするように心がけていた。
 後輩に自分の方から近寄っていくと、「舐められるのではないか?」「威厳がなくなるのではないか?」という考え方もあると思う。その気持ちはよく分かるが、距離をつくってしまうと、大事な時にコミュニケーションがとれなくなってしまう。チームをまとめていくうえでは、その方が問題だ。
 もちろん、若い選手を叱らなければならない場面も出てくる。といっても、試合でのミスを叱るわけではない。意識ひとつで出来ることや、チームとしてやっていこうと決めたことをしなかった時には注意をしなければいけない。試合でミスをすることはしょうがないが、そこまでのプロセスを怠ってはいけないからだ。次に同じことをさせないためのアプローチを考えてきたが、次第に分かってきたのは、すぐには叱らないということだった。
 以前はチームの決め事を守れなかった選手を、「何をやっているんだ!」とその場で怒鳴りつけることが多かった。私自身もそうされてきたし、鉄は熱いうちに打て、ではないが、その場で叱ることが本人のためになると考えていたからだ。
 ところが、今の若い選手は怒られ慣れていない。学生時代から怒られた経験が少ないから、分かっていることを指摘されると気に入らないのである。逆に反発されてしまったり、委縮して同じミスを犯してしまうこともあった。
 わざと失敗しようとする選手はいない。失敗した直後は後悔しているし、動揺もしている。なぜ、失敗してしまったのか。次はどうすれば、同じ失敗を防げるのか。すぐに怒鳴るよりも、まずは自分で考える時間をつくってあげたほうがいいと考えるようになった。
 すぐに怒鳴らなくなったのには、もうひとつ理由がある。リーダーが怒りの感情をあらわにすると、若い選手は委縮してしまうものだ。あまりに怒り続けると、今度はリーダーの顔色ばかりをうかがうようになってしまう。いつも怒っていると、怒られる側は「また怒っている」と感じて注意を聞かなくなってしまう。それでは、チームをいい方向に向かわせることはできない。
 若い選手を叱る場合は、その選手の性格から判断するようにしていた。極端に言うと、精神的に強いのか、弱いのか、それによって、叱り方も変わってくる。
 もちろん、ミスの内容にもよるが、レギュラーを掴みそうで、次の試合が控えているような選手の場合は「こうやったほうがいいんじゃないか」と優しく話すこともあった。
 若いうちは、ある程度は頭ごなしに怒った方がいいとは思っていたが、なかには怒られるとシュンとしてしまって、次の試合のプレーに影響が出る選手もいるからだ。
 今のヤクルトの選手には、精神的に弱い選手のほうが多いように感じていた。ちょっと厳しいことを言っても「なんだ、この野郎。次、見とけよ」という負けん気が見えるのは、外野手の上田剛史くらいだった。内野手の山田哲人や捕手の中村悠平は、厳しく注意すると目に見えて落ち込んでしまうことの方が多かった。
 この「負けん気」が、プロ野球選手として成功できるかに大きく関わっていると思う。監督やコーチ、先輩に怒られた時に「なにくそ」と思えるかどうか。もちろん、年長者に対してあまり態度に出てしまうのはよくないのだが、「なんだ、この野郎」と思えるぐらいのほうが、私はいいと思っている。それくらい自我が強くないと、プロ野球の世界では生き残っていけないからだ。
 テレビ番組で観て「すごいな」と思ったのは、古田敦也さんの話だ。1992年の日本シリーズで西武に惜敗した野村克也監督は「ギャンブルスタート」という作戦を編み出した。
 ランナー3塁の場面で打者は通常の打撃をし、3塁走者はバットに当たった瞬間、打球判断をせずに本塁へ突入する。内野ゴロの場合は生還する確率が高くなるが、ライナー性の打球なら併殺になるリスクを伴うプレーだ、まさに、ギャンブルである。
 1993年の日本シリーズ第七戦。8回に古田さんが3塁走者の場面で、野村監督はギャンブルスタートのサインを出さなかった。古田さんの足を考えての判断だったのだろうが、古田さんは「ここでやらんと、今までやったきた意味がないやろ」と独断でスタートを切ったという。結果的に打球はピッチャーの頭を超えて、悠々とセーフになった。その1点が日本一を決定づける得点になった。
 もちろん、監督の指示を破ったことは、野球が団体競技である以上、褒められることではない。でも、「ここでやらんと、どうするんや」と思える気持ちの強さは大切だと思っている。ましてや、日本一を左右する大一番の試合でそれができるのが、古田さんらしいところでもある。
 私もベンチから守備位置の指示が出ても「ここは違うだろう」と指示とは逆に守ることがあった。ただ、そのためには自分で考える力がないといけない。投手と打者の力関係やその試合のなかでの流れなど、ベンチからの支持を覆すだけの「根拠」がなければ、ただの造反になってしまうからだ。
 ヤクルトが強かった1990年代には、そういう負けん気のある選手が集まっていた。前述した古田さんがそうだし、二遊間を組んだ土橋勝征さんも、真中満もそうだった。池山隆寛さんも左足を高く上げる打撃フォームからして「足を上げて打ったらあかんのか」という気持ちの強さが表れていた。反骨心のある選手が集まっていたから、90年代は強かったのである。
 最近の若手に腹の底から来る負けん気を少なく感じるのは、寂しいことだ。逆に怒られている時に「はい!はい!」といい返事をする選手は、だいたいは話を聞いていないことが多い。そういう選手ほど、同じミスを繰り返してしまう。
 ×            ×
 誤字脱字写し間違いあります。

閲覧数98 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/06/12 11:55
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
まーちゃさん
[一言]
■この日はどんな日
書き込みはありませんでした。
■最近のファイル
■最近のコメント
■最近の書き込み