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2017年01月22日(日) 
月刊「報徳」新年号より 大日本報徳社 社長 榛村純一
の社長の随筆です。

以下本文

「父母・身体の根元をめぐる記」NO137
国土総合計画の親分逝き、新年迎える
大日本報徳社 社長 榛村純一

〈夢の計画はある日どこからともなくきまる〉
 謹賀新年 いつも報徳社運動にご協力を賜り、深く感謝申し上げます。
 昨年暮は、国土計画の超大物官僚の下河辺淳先生が93才で逝去され、帝国ホテルで約700人の「偲ぶ会」が行われ、私も思入なので出席しました。下河辺先生は、一億人余の日本人が、どこに何人づついて、どういう暮らし方をすれば国土に安全と住みよさをもたらすかを考えて、第1次から第5次までの総合開発計画を策定したリーダーでした。私の市長時代には何回も掛川に来て頂いて指導を受け、まちづくりの知恵を授かりました。新幹線駅の運動では「夢の様な話は言い続けていると、ある日どこからともなく決まるものだ」と激励されました。私はその通り運動していたら、言い出して7年目の昭和59年に、東海地震対策と、ひかり・こだまの増客策などから掛川駅があってもいいこととなり設置決定しました。〈ゼロ成長体制も悪くはない〉
 全国総合開発計画は、昭和35年以降、ほぼ10年に1回ずつ、計5回つくられましたが、その3回目が一番ハイライトでした。石油ショックで日本人が自信喪失し、立ち上がる為に全国300くらいの定住圈を設定することになりました。私か下河辺寸言で印象に残る言葉に、「日本人は好景気第一に成長しなければ駄目だと言うのが常だけれど、ゼロ成長体制もいいもので、徳川の文化が非常に成熟したのはゼロ成長だったからで、その落ち着きと成熟は正しい事だと思い、すぐ景気をあおるのは心や環境問題にどうかね」と言われました。
〈国交省から助っ人が8人来る〉
 さらに日本の将来について「日本の国は帝国大学法学部東大主義と縦割り行政が牛耳っている」、それを解消するのが田中角栄の筈たったが、大金が掛かり、それを自分で調達したのでロッキード事件にまき込まれ没落した。薩長土肥政権が東京大学に衣替えして中央集権で日本を支配し、地方はおこぼれをもらうという体制が出来てしまった。下河辺先生は「市町村長はあれこれ言うだけで、自分や地域がこうすると言う具体的な地域行動計画を持っていない」「地方分権の実質は出来ていない」というのが先生の見解でした。そんなこともあって私は先生に、「将来省庁の幹部になる人を助役に派遣して」とお願いし、7期の間に8人の優秀な助役さんを国から出向してもらい成果を上げる事が出来ました。下河辺先生は52年に国土庁の事務次官になり、退官後に長年考えてきた、どの省庁の家来にも御用学者にもならないシンクタンクを作り、そこの理事長に座って首都機能移転、日中産業協力、土地政策、森林と人間など、重要政策提案を沢山行いました。
〈縮減時代には報徳が適している〉
 私もそれに倣って市長七期の間に、約30のシンポジウムやサミットを開き、お茶、塩の道、エコポリス、生涯学習、報徳、土地条例など、地域から情報発信する地方分権を実行し、その都度基調講演に下河辺先生をお招きしました。尊徳サミットでは、日本人が今世紀末8000万人になる時、空気はよい、水と緑はきれいという地方都市が、日本列島を健全に守り「その時に報徳的な連帯、尊徳的な思想が大事になる」というのが下河辺先生の尊徳サミットでの基調講演でした。これから日本は、毎年30万都市が1つづつ減っていく勘定ですから成長し続けるわけがない、いよいよ分度、推譲の暮らしで、報徳社が健康と徳を積む運動体となって行く、というのが今年の課題であると考えさせられ年が明けました。

閲覧数241 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2017/01/22 13:40
公開範囲外部公開
コメント(1)
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  • 2017/01/22 13:43
    昨日 榛村社長から感想を求められ、「ゼロ成長の中で生涯学習とスローライフが重要」というようなことを回答させていただきました。これからますます報徳の教えが重要になります。
    次項有
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