2017年05月08日(月) 

 


>リンク からの引用です。
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>いま日本で起きている絶望的なまでの「公人の劣化」は何に由来するのか。

>結論から言ってしまえば「日本はアメリカの属国でありながら、日本人がその事実を否認している」という事実に由来する。

>日本社会に蔓延している「異常な事態」の多くはそれによって説明可能である。

 

白昼夢でしょうかね。

>日本が属国なのだと明確に認識したのは、鳩山由紀夫元首相が2009年に米軍普天間飛行場の移設を巡り「最低でも県外」と発言した際の政治と社会の反応を見たときだ。鳩山氏は軍略上の重要性を失った日本国内の米軍基地を移転し、日本固有の国土の回復を求めただけである。

 

鳩山元首相の方策には、本人の自信があるのでしょうか。

 

>だが、これに対して外務省も防衛省もメディアも猛然たる攻撃を加えた。

>その理由は「アメリカの『信頼』を損なうような人間に日本は委ねられない」というものだった。

 

その通りですね。

>北朝鮮を巡る情勢が緊迫している。

>米国が北朝鮮に対し先制攻撃した場合、日本国内にミサイルが飛来して国民が死傷するリスクはある。

>だが、これを「アメリカがする戦争になぜ日本が巻き込まれなければならないのか」と憤る声はほとんど聞かれない。

>日本政府は北東アジアの危機を高めているアメリカに一方的な支持を与えて、米国に軍事的挑発の自制を求めるという主権国家なら当然なすべきことをしていない。

 

アメリカは、我が国の’あんにい’ (big brother) ですからね。

>「対米従属を通じて対米自立を達成する」という国家戦略は敗戦後の日本にとってそれ以外に選択肢のないものだった。

>ことの適否を争う余裕はないほど日本はひどい負け方をしたのである。

>徹底的な対米従属の成果として、日本は1951年のサンフランシスコ講和条約で国際法上の戦争状態を終わらせ、国家主権を回復した。

>68年には小笠原諸島、そして72年には沖縄の施政権が返還された。

 

そうですね。


>だが、この成功体験に居ついたせいで、日本の政官は以後対米従属を自己目的化し、それがどのような成果をもたらすかを吟味する習慣を失ってしまった。

>米軍基地はそのまま国土を占拠し続け、基地を「治外法権」とする地位協定も改定されず、首都上空には米軍が管轄する横田空域が広がったままである。

>主権回復・国土回復という基本的な要求を日本は忘れたようである。

 

自主・独立 (independent) は、アメリカ人の子供に対する褒め言葉ですからね。


>それどころか、対米自立が果たされないのは「対米従属が足りない」からだという倒錯的な思考にはまり込んで、「年次要望改革書」や日米合同委員会を通じて、アメリカから通告されるすべての要求を丸のみすることが国策「そのもの」になった。

>郵政民営化、労働者派遣法の改定、原発再稼働、TPP、防衛機密法の制定、PKOでの武器使用制限の見直しなど、国論を二分した政策は全部アメリカの要求が実現された。

>そして、わが国の国益よりもアメリカの指示の実現を優先する政権にアメリカは「同盟者」として高い評価を与え、それが属国政権の安定をもたらしている。

 

マッカーサの ‘日本人12歳説’ は本物ですね。


>日本人は心のどこかで「属国であること」を深く恥じ、「主権の回復」を願っている。

>けれども、それは口に出されることがない。

 

日本人の希望・理想です。非現実の内容です。想定外の内容です。口に出して言うことはできません。

日本語は、実況放送・現状報告のための言語です。現実を描写するための言語です。現実離れした内容は、真っ赤なウソと判断されます。だから、口に出して言うことはできません。

 

>だから、その抑圧された屈辱感は病的な症候として現れる。

>安倍政権とその支持者たちの「かつて主権国家であった大日本帝国」に対する激しいノスタルジーは「主権のない戦後日本国」に対する屈辱感の裏返しである。

 

まったく、同感です。

 

>けれども主権回復のための戦いを始めるためには、まず「日本は主権国家でなく、属国だ」という事実を受け入れるところから始めなければならないが、それはできない。

 

そうですね。できませんね。雑念が入る。

 

>痛苦な現実から目をそらしながら少しでも屈辱感を解除したいと思えば、「大日本帝国」の主権的なふるまいのうち「今でもアメリカが許諾してくれそうなもの」だけを選り出して、政策的に実現することくらいしかできることがない。

 

忖度・推察が生きていますね。

 

>それが対外的には韓国や中国に対する敵意や軽侮の表明であり、国内における人権の抑圧、言論の自由や集会結社の自由の制約である。

 

‘上とみるか・下とみるか’ の判断では、’アメリカは日本の上’、’韓国・中国は日本の下’ となるでしょう。

人を見損なってはいけない。序列差法は日本人の礼儀作法です。序列判断ができなければ、正しい日本人にはなれません。序列なきところに礼儀なし。

日本語には、階称 (言葉遣い) というものがあります。正しい日本語を使うための序列判断は、日本人の強迫観念になっています。

 

>だが、日本が隣国との敵対関係を加熱させることには宗主国アメリカから「いい加減にしろ」という制止が入った。

 

特亜三国 (日本・中国・韓国) の言語には、時制というものがない。だから、非現実の内容を文章にして表現することが出来ない。

‘小異を捨てて、大同につく’ のが良策でありますが、これまでのごたごた問題は小異であり、現実の内容であります。未来社会の内容は大同であり、非現実であります。大同の内容を提案できなければ、小異を捨てる理由も見つかりません。そこで、小異の争いに明け暮れる。未来社会の建設に対する協力関係には入れない。北東アジアは、小人の居住地域となっています。

 

>やむなく、日本の指導層の抱え込んでいる「主権国家でないことの抑圧された屈辱感」は日本国民に「主権者でないことの屈辱感」を与えるというかたちで病的に解消されることになった。

 

意思を表明すれば、当事者・関係者となる。表明しなければ、傍観者にとどまります。

意思は未来時制の文章内容であり、日本語には時制が無い。だから、日本人には意思が無い。「主権者でないことの屈辱感」を心の中に宿している。

我が国は、世界の中にあって、世界に属していない。この病的心理状態を克服するには、英米流の高等教育が役に立ちます。

 

 

 

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閲覧数75 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/05/08 03:52
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