2017年05月13日(土) 

 

 

>戦後の日本の言論界を支配していた「空気」が変わろうとしている。

>山本七平が『「空気」の研究』で書いているように、日本人にとっては「何かの最終決定者は『人ではなく空気』」なのである。

 

彼は、観察力の鋭い人でしたね。

 

>戦後の日本の平和は、憲法9条のおかげではなかった。

>日米安保条約や自衛隊の抑止力が働いていたからであり、理想と現実は違っていた。

 

理想の内容は、頭の中にある。現実の内容は、頭の外にある。両者は同じでないのが当然です。

強者の怒りは、抑止力になります。だから、日米安保条約や自衛隊の存在が抑止力が働いた。

丁度、それは仁王様の様なものであります。彼らは仏法の守護神であり、不法に対する怒りを顕わにしています。仁王立ちになりその怪力を示す。好戦的でもなければ、軍国主義でもない。その怒りは抑止力となる。

 

>しかし、多くの言論人は論理的な議論を拒否し、「空気」を読んで発言してきたのである▼「空気」には逆らえないからである。

 

無哲学・能天気の人々と付和雷同の言動は、表裏一体ですね。

 

>「平和憲法」という命題が絶対化され、それを批判することは許されない、不思議な言論空間ができあがったのである。

 

金科玉条と信じられた平和憲法は、我々の平和を守らない。

それは、横断歩道が歩行者の安全を護らないようなものである。わが身の安全は、相手次第で決まります。相手をよく見ることが大切です。 ‘オオカミと7匹の子ヤギたち’ の話の様なものか。

 

>それに水を差したのがネットである。

 

ネットの投稿は、考える力をつけてくれますね。

 

>物事は単純に割り切れないことを、様々な情報から日本国民は判断するようになった。

 

お題目の暗唱では済まされませんね。暗記力を頼りにする勉強だけでは、足りませんね。

 

>善悪の二つに分けて、解釈することの愚かさに、ようやく気付いたのである▼それでもまだ「空気」を一掃するにはいたっていない。

 

自己に哲学が無いのであるから、何よりも空気が大切でしょうね。一掃は難しいです。

 

>朝日やNHKなどが必死にこだわるのは、「平和憲法」を持ち出すのが楽であるからだ。

>思考停止状態であれば、自分自身が混乱しなくてもすむ。

 

無為無策。座して死を待つばかりですね。単純だ。迷いはない。

 

>「空気」のせいにして責任を放棄するのである。

 

この国がひっくり返った時にも、責任者は出なかった。誰がどう間違ったのかを言わない。今でもわからない。個人主義が無い。

 

>日本人は「空気」を抜きに語ることは難しい。

 

‘他人の振り見て、我が振り直せ’ と言われていますね。気分・雰囲気に酔って自主性は有りませんね。

 

>それは勢いともいうべきもので、孤立することを恐れて、誰もが本音を口にするのをためらうのである。

 

基準が無いのであるから、断言できない。自己判断ができないのであるから、孤立することは恐ろしい。

 

>ようやく「空気」が変わりつつあるのは歓迎したい。

 

どのように変わるのですかね。

 

>「世の中はそういうものじゃない」とのバランス感覚が大事なのだから。

 

‘どっちつかず’ ということですか。これからも優柔不断・意志薄弱で行くのですか。行方も知らぬ日本人の道かな。

 

 

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閲覧数77 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/05/13 10:39
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