■バックナンバー
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このブログのURL
http://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=833259
2017年09月07日(木) 

遅れ馳せながら映画「関が原」を観て来ました。

https://movies.yahoo.co.jp/movie/%E9%96%A2%E3%83%B6…vid=357652

 

ほぼ定説通りに描かれていたので私としては少し期待はずれでした。

「三献茶」(三成三杯の茶)まで登場するとは・・・・・

(これは江戸時代の作り話と言われています)

でも問鉄砲(といてっぽう)の場面はなかったのでよかったです。

家康の陣から小早川秀秋の陣まではかなり距離があるのであり得ない話というのが最近の検証でわかってきました。

過日石田三成の「佐和山城」を訪れました。

皮肉にも彦根の龍譚寺の横からが登城路になっています。

そこには石田三成の像があるのですぐにわかります。

猿注意!イノシシ注意!の看板が所々にある険しい山道です。

城からは琵琶湖や彦根城が見渡せますが当時は彦根城はなかったです。

この場所に天守もあったそうです

「三成にすぎたるもの二つ有り、島の左近と佐和山の城」と云われた通り見事な城だったと思います。

今回の映画でその「島左近」との出会いシーンも描かれています。

また掛川城を訪れたお客様との会話のダシに使わせていただきます。

忍者も活躍していましたね!

間者(スパイ)がいなくては戦にならないと言う事が分かります。

 

 


閲覧数95 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2017/09/07 21:00
公開範囲外部公開
コメント(4)
時系列表示返信表示日付順
  • 2017/09/08 09:38
    3年位前に訪れました。
    地元の方が、ゲートボールをしていて、場所を聞きながら行きました。地元の方が「地元のものはあんな大変な所にはいかないよ」
    と言われましたが、しゃがの花が出迎えてくれました。

    朽ちたお墓が頭に残っています。
    軍師の島左近興味あります。
    山中氏が率いる甲賀忍者が家康についていたとか?
    側近にも間者がいたのですね。
    思えば、三成も可哀想な人だったかと思いました。
    次項有
  • 2017/09/08 12:40
    鉛筆shinobiさん
    > みつちゃんさん
    佐和山城登城路入り口は実に分かりにくかったです。
    初日の午後に探してわからなかったので一泊してホテルの方に教わりました。
    でも登っただけの事はありました。

    琵琶湖周辺の方は三成びいきですよね。
    次項有
  • 2017/09/09 17:20
    関ヶ原、いまだ、好調、ランキング1位です、

    おおよそのストーリーは誰も知るところなので、
    見どころは演技力でしょう。
    役所広司に劣らぬ役者ぶり、平岳大も味がありました。

    最近の時代劇では、木村の無限の住人、大野の忍びの国を
    はるかにしのいでいるようです。
    次項有
  • 2017/09/09 19:27
    鉛筆shinobiさん
    > 隣のとろろ園さん
    私みたいな意地悪人間としてみたら新説が登場するかと期待していました。

    定説通りの石田三成さんでしたがもし彼が勝っていたら、または家康が殺さずに側近にしていたら江戸時代もずいぶん変わっていたことでしょう。
    戦国史に「もしも?」を言ったら切りはないですけどね!
    次項有
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
shinobiさん
[一言]
Encantado=nice to meet you
■この日はどんな日
ほかの[ 09月07日 ]のブログは、
■最近のファイル
■最近のコメント
■最近の書き込み