2018年06月02日(土) 

 

 

 

>今の日本の問題は、戦後の高度成長期から80年代のバブルに向けて作られた様々なシステムが、時代遅れなのにも関わらず、根強く残っていることにあると思います。

 

そうですね。時代遅れの原因は、日本語にあるのではありませんか。

 

>私は日本が80年代のバブルの時期に大学・大学院を卒業しましたが、その頃はまだ終身雇用・年功序列が前提で、大学は入学時に優秀な学生を選り分けるためのフィルターでしかなく、企業は一流大学の学生であれば、大学での成績など全く関係なく採用し、必要な職業訓練は就職してからしてもらえる、そんな時代でした。

 

序列社会の中の社畜の時代ですね。

 

>しかし、その後、コンピュータ、インターネット、モバイルデバイスなどによって、世界は大きく変わりました。

 

そうですね。IТ技術・産業が発達しましたね。

 

>シリコンバレーを中心に、あらゆる産業をソフトウェアが飲み込むという大変革が起こり、数多くのベンチャー企業が生まれ、その中で、Microsoft、Apple、Amazon、Google、Facebookなどの企業が、旧来型の企業を追い抜いて成長して来ました。>日本は、この大きな変化に全くついて行くことが出来ていません。

 

そうですね。日本人は、同じことの繰り返しが得意ですからね。

 

>未だに高度成長期を支えてきた大企業が社会全体に大きな影響力を持っているし、就職先としての人気です。

 

大艦巨砲主義の再来ですかね。未来に対する構想は、日本人には想定外となっていますね。

 

>政府も、その手の大企業を護送船団方式で守るという、時代遅れの政策しか取れません。

 

そうですね。この道は、いつか来た道。ああそうだよ、歴史は繰り返すのですね。失敗に懲りるということがない。反省がない。

 

>ベンチャー企業は、以前よりは立ち上げやすくなったとは言え、資金面でも人材面でも、米国と比べると格段に難しいのが現状です。

 

そうでしょうね。

 

>この「なぜ日本が変化に対応できないのか」という疑問は長年私の中にありますが、その大きな原因になっているのが、日本の官僚システムだと私は見ています。

 

官僚は、対応遅れの生贄になりますか。かれらには、政治責任はありませんね。彼らは、我々国民の代表ではない。政治責任は、ひとえに政治家にあります。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 日本人には意思がない。仕方がないから、無為無策でいる。だから、変化に対応できない。

意思は未来時制の文章内容である。日本語文法には時制がないので、未来時制もない。だから、日本人には意思がない。

意思はないが、日本人には恣意 (私意・わがまま・身勝手) がある。意思疎通は欠いているが、恣意疎通がある。以心伝心というわけである。

意思は文章内容であるから意味がある。矛盾があれば、指摘もできる。恣意は、ばらばらな単語で存在するから、意味がない。矛盾も指摘できない。

意思には意味があり議会での議論が可能である。恣意は意味がないので、聞き手に忖度 (推察) していただく。談合を開いて、腹の探り合いをする。お互いに、腹をくくって決着する。談合の決着には、リーズン (理性・理由・適当) がない。だから説明責任が取れない。とかく、この世は無責任。

忖度は、聞き手の勝手な解釈であるから、話者に責任がない。’言った’ ‘言わない’ の論争において、話者と聞き手の間には齟齬が生じる。公の席での恥さらしである。これは、我が国語の欠陥である。外国人は、日本語を話しても、このような日本語脳の弊害には陥らない。だから、我々日本人も、英米流の高等教育を受けて、正しい考え方を身に着けよう。

 

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閲覧数35 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/06/02 01:18
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