2018年12月06日(木) 

 

 

>世界一幸せな国、学力世界一、男女平等世界一など、日本でも北欧の国々の生活・文化や教育・福祉について、多くのメディアでも紹介されるようになりました。>民主主義や子どもの個性を重要視した教育のあり方は、これからの日本の教育を考えていく上で、とても重要な示唆を与えてくれます。

 

北欧の説明を、よろしくお願い致します。

 

(略)

>■権力を疑う

>日本の教育ではいまだに年配の人や権威を持っている人を敬い、その指示、意向に従うように教えられているように私には思えます。

 

そうですね。日本は権威主義の国ですからね。上意下達で事が運びますね。

 

>ですがこの本の中では、例えば「権力って何だろう?」と権力の構造を紐解いた上で、権力を使って皆の役に立つ決定をすることもできれば、逆に権力を乱用し、民衆を押さえつけることだってできるのだ、と大人の社会にはびこる問題や欺瞞を子ども達にも包み隠さず見せるのです。

 

権力者がいなければ、我々国民は烏合の衆ですね。民の力を発揮できません。

 

>■変わるべきなのは学校だけではなく社会も

>先生から生徒への一方通行型の授業ではなく、子ども達が積極的に発言、参加するアクティブ・ラーニングが日本の教育にも必要だと盛んに議論されてきたように思えます。

 

そうですね。Spoon-feeding (生徒に自主性を持たせずに押し込むように教えること) は良くないですね。

 

>ですが実際、今の日本の社会で、主体的な個人が活躍できるのでしょうか? 

 

それは、難しいでしょうね。言語の問題がありますから。

 

>うるさい奴だと足を引っ張る人はいないでしょうか? 

 

足を引っ張る人はいるでしょうね。’下におれ、下におれ’ と掛け声をかけるのがわが国の習わしでしたからね。

 

>主体的な個人を受け入れる度量が、権力者にあるでしょうか?

 

権力者は、自主・独立の人を好まないでしょうね。黙ってついてくる者を良しとします。

 

>社会のトップに立つ人達は、個人の声に十分耳を傾けようとしているでしょうか?

 

わが国には個人主義がありませんから、個人の声は重要視されませんね。

 

>私が北欧の児童書が好きなのは、本音と建て前がないところ、それに子どもにこうしなさいと一方的な教訓、忠告をただ投げかけるのではなく、大人の社会はどうだろう、自分達は今のままで本当によいのだろうと、大人自身も自省するところです。

 

そうですね。本音 (私意・我儘・身勝手) と建て前 (言い訳・口実) は、わが国の陋習ですね。

 

>日本でも、子どもに積極的になれ、主体的になれと言うばかりではなく、大人が積極的に他者とコミュニケーションをとり、意見を交換し、主体的になれる社会を作るべきです。>私達大人は自分達のことは棚に上げて、子どもに理想を押しつけていないでしょうか? 

 

そうですね。だがしかし、日本人には意思 (will) がない。意思は未来時制の文章内容ですが、日本語文法には時制 (tense) というものがありません。従いまして、日本人の脳裏には未来時制はなく、日本人には意思がありません。意思のあるところに、方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 意思のない日本人には、積極性も主体性もありません。 積極性も主体性も、日本人には難しい。

 

>私には小学生の娘がおり、保護者の立場にありますが、つい学校や先生に様々な期待を寄せてしまいます。

 

そうでしょうね。他力本願・神頼みですね。

 

>でも変わるべきなのは、学校だけではなく、親、大人、社会もだと捉え、常に内省しながら生きていきたい――それが、私が北欧の子どもの本から学んだことです。 

 

北欧の子供の本は役に立ちますね。

 

 

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閲覧数19 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2018/12/06 13:54
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