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2019年02月26日(火) 

掛川城の天守が戦争で壊れたことは一度もなく、慶長、宝永、安政の東海地震で3回も壊れた。

御殿についても同じタイミングで壊れては再建を繰り返してきた。

ということをお客様に説明していたら「むかしの家は石の上に乗っかっていただけだからなぁ」というご主人、奥様は「そんなものだったの?」と驚かれていました。

 

そこで安政の地震で壊れた掛川城御殿の耐震の工夫について紹介しました。

「建物が石の上に乗っているだけでは地震の時に外れてしまうので、礎石の中心に鉄心を入れて柱と固定したんです」・・・「それは当時としては斬新な工法ですね」などとの会話が弾みました。

 

この工法のオチは「錆」です。

鉄心が錆びて膨張した為に礎石が割れてしまったんです。

という話をしましたが、お客様は感心されていました。


閲覧数128 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2019/02/26 20:17
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