2019年04月17日(水) 

 

>○学生たちは何者になりたいのか?

>2020年3月卒業予定の大学3年生に「就職したい企業・業種」を調査した結果をリスクモンスター社が2019年2月に報告している。>これによると、今の大学生たちの「ある傾向」が目をひく。

 

新傾向が出て来たのですか。

 

>いろんな夢や希望を持った学生たちは、社会に出て「何になりたい」と思っているのか。>1位:地方公務員 31.6%  >2位:国家公務員 18.0%  >この2つを合わせると49.6%であり、事実上「公務員になりたいが半分」であるということがわかる。

 

そうですね。リストラがないのが、何よりの魅力でしょうね。

 

>3位は外資IT系の「グーグル」なのだが、これが6.1%である。>そう考えると、「公務員になりたい」と考えている若者たちが圧倒的であるというのが結果から見て取れる。

 

何よりも、安全第一ですね。交通ルールのようなものか。

 

>○なぜ安定志向に入ったのか?

>若者の半分が「公務員になりたい」と考えているというのであれば、今の若者は将来の日本に対して「ワクワクしたものを感じていない」ということになる。

 

胸をときめかせるものは、無いですね。

 

>2019年1月の有効求人倍率は1.61倍である。>この「1.61倍」というのは、仕事を探す人100人に対して「161人分の仕事がある」ということを意味しているので、数字だけを見ると「仕事は満ち溢れている」時期だ。

 

‘大学は出たけれど、、、、’ ということではありませんね。

 

>多くの企業が「うちで働ける人は来てくれ」と言っている。>にも関わらず、若者たちは嬉々として民間に向かうわけではなく、ひたすら「安定している」という点を重視して公務員になりたいと願う。

 

そうですね。日本人は、何処にも行かない。ただ、待っている。

 

>(中略)

>「少子高齢化によって停滞懸念が高まっている」>日本の少子高齢化……。>これこそが、公務員を志向する若者の「隠されたキーワード」だったのである。

 

そういうことになるでしょうね。

 

>少子高齢化の萌芽は「平成」の時代から始まっている。>平成の政治家は「誰も」この少子高齢化という時限爆弾を本気で解決しようとしなかった。

 

そうですね。難しい問題ですね。日本人には、答えが出ない。

現実の内容は、頭の外にある。見ることができる。見ればわかる。

非現実 (考え) の内容は、頭の中にある。見ることができない。ただの話である。話の筋を理解するためには、その文章を理解する必要があります。

非現実 (考え) の内容を文章にするには、文法に時制 (tense) というものが必要である。時制は、日本語にはないが、英語にはある。

時制のある文章内容は、独立した三世界 (過去・現在・未来) を示すことができる。だから、英米人は、未来に関する内容を自己の考えとして述べることができる。

当然のことながら、’あるべき姿’ の内容も自己の考えとして述べることができる。英米の政治家は、国民を唱道できる。日本の政治家には、無理でしょうね。

 

>日本人もまたこの問題を深く憂慮してこなかった。>そのツケは、新しい時代「令和」に回される。

 

先送りですね。‘そのうち何とかなるだろう’ ということですね。未来の内容は、常に想定外となっている。

 

>人手不足で日本は停滞し、高齢化で日本は活気を失い、少子化で日本はイノベーションも失う。

 

日本人には、意思がない。意思のあるところに、方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 仕方がないから、無為無策でいる。

意思は、未来時制の文章内容である。日本語文法には、時制 (tense) というものがない。だから、日本語の脳裏には未来時制は無く、日本人には意思がない。

 

>この問題はもう解決されないかもしれない。

 

そうですね。適当な方法を使わないと、回復不可能ですね。それには、我々が日本語と英語の両言語を熱心に学ぶ必要が足りますね。そして、時制の果たす役割をよく理解する必要があります。さすれば、日本人も ‘あるべき姿’ を語ることができます。これが、無哲学・能天気の状態を脱する方法です。

 

>完全に手遅れになるまで放置されるかもしれない。

 

これは、先の大戦の結末のようなものか。日本人に勇気があるわけではない。ただ能力がないだけである。

 <日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。

私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り) 

 

>だから、若者たちはせめて自分だけでも、そんな停滞した社会でも心配なく生きられるような職を求めている。>それが「公務員」だったということだ。

 

そうですね。自分だけが生き残ろうとしても無理でしょうね。処世術 (現実の方策) ではなくて、哲学 (非現実の内容) が必要です。

 

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数296 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/04/17 05:15
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