2019年06月10日(月) 

 

 

>現代の日本の大学は、無価値な記憶能力が身につくだけで「思考停止」に陥る場である。

 

何しろ日本人は、無哲学・能天気ですからね。’あるべき姿’ の内容が脳裏に欠落しています。これが、根本の問題です。

現実の内容は、頭の外にある。これは、見ることができる。見ればわかる。考える必要は無い。だから、楽ちんである。

非現実 (考え) の内容は、頭の中にある。これは、見ることができない。ただの話である。音波の振動である。その内容を知るには、その文章を理解しなくてはならない。だから、聞き手は考える必要がある。これは、しんどい。

見ることができる内容は、’本当のこと’ である。見ることのできない内容は、’嘘’ である。誰しも、’見て来たような嘘’ をつく人間にはなりたくない。だから、この国には自分の考え (非現実) を語る者はいない。これが、わが国における思考停止の状態である。思考停止をしていると、頭の中は空っぽになる。それでは本人の活動に差し支えるので、学校で暗記する内容を外部から与えることになる。かくして、受け売り専門の人間が量産されている。学力の増進を期して暗記量による序列順位の争いをさせている。それで、受験地獄になる。だから、日本人は苦しい。

 

>すべてが受験最優先のもとに収束し、現実に対応できない無能で不適合な人材を輩出する機関であるのだと認識できる。

 

わが国は、序列社会の国である。偏差値が日本人の人間としての尺度になっている。だから、受験が重視されている。偏差値は、現実対応とは無関係である。だから、無能な人材を輩出する。

 

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> 日本のキャリア教育が突きつける、18年間の“思考停止”。 >学歴が無効化する時代の優秀さを、“非大卒エリート”の可能性から考えたリンク 

 

学歴が無効化されるとは、残念なことですね。何のために教育に金と労力をかけるのかがわからない。きっと、日本人の勉強の内容に間違いがあるに違いない。

 

>■現代のキャリア教育が生む”思考停止”。

>身につくのは無価値な“記憶”能力 > 最も問題だと思っているのが、キャリア形成を考える際の「選択肢の幅の狭さ」です。 >特に新卒の非大卒人材は、基本的にハローワークに行くぐらいしか選択肢がなく、いわゆる知的産業へ就職する道が阻まれています。>また大卒人材も、大学に行かない選択肢を検討する機会がない点において、非常に狭い選択肢を強いられています。

 

わが国は、自由主義の国です。自由とは、意思の自由のことです。ところが、日本人には、意思がない。だから、自由は、有って無用なものになる。能動がなくて受動ばかりの生活では、自分自身がどうにもならない。

 

>生まれてから大学に行くまでの18年間、“受験が最優先事項”状態がずっと続いているので、人生やキャリア設計については思考停止せざるを得ない。

 

日本人には、世界観がない。過去・現在・未来の独立した非現実の三世界が想定外になっている。だから、未来の世界の展開もない。人生やキャリア設計についても挫折する。

 

>若くて吸収力が高いうちに幅広くインプットして試行錯誤した方が効果的なので、非常にもったいない状況です。

 

演繹・推理も必要ですね。日本人の考えは、そこにまでは至らない。

‘(略) しかしいったん、大学に入れば、控えめに表現しても、成績と出席の基準はたるんでいる。大学を含め、日本の子供たちが習うものごとの中核は、主として十八歳までに吸収される。’ (フランク・ギブニー)

 

(略)

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閲覧数50 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/06/10 09:28
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