2019年06月28日(金) 

 

 

 

>■思考を奪う「国体」という病

> 國分:それは別の言い方をすると、そもそも日本は戦争に勝とうとしていなかったということになりますか。

>去年の夏にNHKがインパール作戦の番組を放映して話題になりましたが、イギリス軍がたとえば兵站(へいたん)でも合理的な作戦を立てて戦争に臨んでいたのに対し、日本軍は精神論で突き進んでいった。

 

優柔不断・意志薄弱な日本人は、戦争指導者にとっては歯がゆい存在です。そこで、精神を鍛える方法を思い付きます。武芸の稽古により動作の機敏な人間が生まれます。しかし、リーズン (理性・理由・適当) のある人間は、育ちません。

 

>合理的な作戦を立てている軍隊に対して精神論で挑んでも、勝てるはずがない。

 

そうですね。<日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れます。その一例を以下に掲げます。

私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り)

 

>これを見るかぎり、日本軍が本気でイギリス軍に勝とうとしていたようには思えない。

 

英米人には、リーズンがある。日本人には、それが理解できていない。

 

>日本は最初から戦争に勝とうとしていなかったから、実際に負けたときにも、負けたことに対して何とも思わなかったのではないかという気がします。

 

そうですね。全ては、’やってみなくては分からない’ という程度の悪さですね。洞察力がない。

 

> 白井:負ければ大変なことになる、そして現実に敗色濃厚になりつつある。>それらは自明だったわけですね。

 

現実の内容は、頭の外にある。それは、見ることができる。見ればわかる。考える必要は全く無い。楽ちんである。

 

>そうなると、もうそんな現実は見たくない、というメンタリティではないでしょうか。

 

そうですね。他力本願・神頼みですね。指導者の責任のことは、考えられない状態になっていますね。

 

>そういう意味では1945年の敗戦以前に「敗戦の否認」をしているのですね。>「国体護持」を唱えながら、国を真剣に守るという思考が停止していたのです。

 

国は敗れても、国体は守る。親分・子分の上下関係だけは、維持しています。

 

>で、敗戦の事実が確定した後にも、それをだらしなく続ける。>だから、関係者たちの責任が放置され、今日でも追及が甘い。

 

この国がひっくり返った時にも、その責任者は出なかった。

 

>インパール作戦では、作戦を立てた牟田口廉也(むたぐち れんや)の責任は極めて重いわけです。 >この点についてはインパール作戦を検証する番組などでも論じられます。 >しかし、牟田口が戦後も何の罰も受けずに天寿を全うしたことはほとんど取り上げられません。 >彼はあれほどひどい作戦を遂行したのに、畳の上で死んでいるんです。>そのことには全然光を当てない。

 

そうですね。日本の闇ですね。

 

>これは731部隊もそうですね。 >731部隊が戦時中にいかにひどいことをやったかについては何度も論じられているので、そのことは広く知られているわけです。 >だから今日では、731部隊の連中が戦後も活躍し、ついには薬害エイズ事件まで引き起こしてしまったということに関心を向けさせるべきです。

 

そうですね。人道上の罪ですね。

 

 

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閲覧数612 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2019/06/28 01:05
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