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2019年08月13日(火) 
女房殿が末っ子の長女ってのは先日書いたけど、僕は5人兄弟の末っ子。なので我が家は末っ子同士の夫婦って事になる。

流石に最近は言われないけど、若い頃はよく『末っ子でしょ〜⁉︎』みたいな言われ方してた。その台詞の裏には「苦労(世間)知らず」ってな思いが込められているのが普通で、言われるとこちらもカチンと来てたなぁ。

5人兄弟の末っ子っていっても戸籍上は長男。子供の頃は戸籍なんて見た事なかったから(あったとしてとその内容なんて理解できないだろうな)、何の疑問も不信感も無かった。まぁ中学生になる頃には、一番上の姉と母親の年齢を考えると「?」みたいな感覚は持っていた記憶はあるけど、それ自体もそれ以上考えては無かったし、違和感迄はいかなかった。

対して(当たり前だけど)姉や兄は途中から家族に加わった女性(姉や兄から見れば継母、僕から見れば実母)の立場も、僕の立場も理解していた筈、姉や兄に聞いた事は無いけど。

じゃあ僕が上の4人に違和感を感じていたかといえば、それは全く無かった。僕が物心ついた頃には、一番上の姉とその下の兄は働いていたし、その下の2人の姉(10歳&8歳違い)も高校生&中学生だったと思う。だから視点的には大人が幼稚園児を見る感じ(はたまたその逆)で、違和感も無かった。

幼かった頃の写真(勿論モノクロ)を見ると、父親と一緒に写ってる写真はほとんど無い、というか父は写す立場だったから無いのも致しかた無い。そして母と一緒の写真も多くは無いんだけど、これはどうしてなのかは分からない。一番多いのは下の2人の姉と一緒の写真かな?2人の姉にとっては、オムツをしていた頃から物心つく頃迄の僕は生きたお人形みたいなものだったんだろう。2人の姉に相手して貰ってニコニコしてる写真が多い。

一番上の姉の嫁ぎ先が東京で、大学受験の時にはベースキャンプ?にさせて貰ったり、学生時代は毎月何度も泊まりに行ってた。そのお礼じゃないけど、姉の娘(姪っ子)とはよく遊んであげたりして彼女もすごく懐いてくれた。未だに姉は僕の事を娘に話す時は「がっこーにーに(学校兄)」って言ってる。

この一番上の姉が一番行動的かな?夫(僕の義兄)を10年以上前に亡くしたが、数年前には何を思ったのか突然1人でマチュピチュに旅行したりしてる。

兄は家業を継ぐための修行で何年か実家を離れていた。たまに帰省すると一緒に風呂に入って話したり、戻って来てからは兄の運転で色々な所を兄弟でドライブした記憶もある。

兄は家業を継いでいるけど、2人の息子(甥っ子)は未だシングルで今暫くは隠居出来そうにも無い?

真ん中の姉は実家からほど近いところに嫁いだが、僕が学生時代には石川県に移住?していた時期があり、寝台車や飛行機を使って遠征した事もあった。

この姉は現在夫婦で関東地方に移住、時々こちらに帰って来て空き家となった我が家を掃除してる。昨年僕が建て替えの関係で仮住まいを狙ったんだけど、荷物一杯で物置状態だからって断られちゃった。

一番下の8歳違いの姉はこれまた僕が学生時代には東京で働いていたので時々一緒に食事したり、姉のアパートに泊まりに行った事もあった。今振り返ってみると、少なくとも僕は年齢的なギャップを感じず、同年代みたいな感覚だったと思う。

そうそう、この姉が未だ実家に住んでた頃、『一人旅がしたい』って親に言ったようだけど、敢え無く却下!結局僕と一緒ならばという条件で許可がおりたんだろうな。この姉と2人で一泊旅行した、僕が中学生の頃の話。

残念ながらこの姉は50代に差し掛かる頃から体調を崩し、14年ほど前に亡くなってしまった。

兄弟は一番下の僕がもう還暦を迎える年齢なんで、姉、兄の年齢は推して知るべし。あと何回顔を合わせることが出来るのか?せいぜい口実つけて合わなきゃいけないな。

閲覧数51 カテゴリ日記 投稿日時2019/08/13 20:44
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