先週の御殿抜け穴伝説に続いて「武器庫」についても尋ねられる事があります。 「武器庫」は現在のステンドグラス美術館の場所にあった建物です。
しかしこの武器庫と呼ばれる建物は現在の大日本報徳社の敷地内に在りました。 現在のステンドグラス美術館の建っている場所は掛川城の北側の内堀です。 内堀を埋めたところに「武器庫」が曳き家で報徳社から移って来たのです。
さてこの武器庫ですが、中に武器らしいものはなかったようです。 近年は城内地区の公会堂として使用されていました。
この武器庫の解体に立ち会いましたがその時の話として 武器庫として使われたのは第二次大戦の頃だったのではないかということです。 江戸時代に武器庫として使われた記録はないそうです。
解体して行くと著しく増改築された形跡がありました。 まず1階部分には和釘が使用されていたのでその部分が一番古い。 2階部分は江戸時代以降に増築されたものだという事もわかってきました。 おそらくこの位置に移設された時、集会場として使用するために改築されたのではないかという事です。
結局、この建物の原点(城の一部としての役割)は何であったか?ということは判明しませんでした。 ミステリーです。 |