2020年06月02日(火) 

 

 

>357325 日本人の他人叩き好きの原因は学校教育にあった!? >八千頭身 ( 23 会社員 )  20/06/01 PM06 

>某恋愛番組に出演していた一般人女性の番組内での言動によりSNS上での誹謗中傷による嫌がらせが問題となっている。

> 海外においてもこういったSNSによる誹謗中傷はあるが、 日本の場合は「異常」なほど皆が他人叩きに夢中になる傾向にある。>なぜなのか? 

 

日本人には世界観が無いので、自己の考えている ‘あるべき姿’  ( things as they should be) を発表する機会がない。それで、他人叩きによる自己表現を求めることになるのでしょう。  

 

> 元々、人は「物事を評価することに快感を得る」生き物であるとされている。>しかし日本の教育にもこのような思考に導いてしまう仕組みが隠されていた。 

 

日本語には階称 (言葉遣い) というものがありますね。ですから、世俗的な ‘上と見るか・下と見るか’ の判断は日本人にとって欠かすことができ

ません。

 

>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

>以下引用リンク:リンク  > なぜ日本人は他人叩きが好きなのか? 

 

他人叩きは自己の実力の証明と受け取られていますね。この事情は猿山のさるたちにとっても同じことです。

 

> 諸外国と比べて、日本における他人叩きは特異なもののようです。

 

本当にそうですかね。

 

>そうした国民性はどこから来たのでしょうか。 >ここでは文化人類学者の中根千枝氏の著作を引用して、日本人の閉鎖性は家族単位を「ウチ」とし、それ以外を「ソト」とすることに起因すると説を立てています。

 

日本語には階称 (言葉遣い) というものがあります。ですから、日常会話を円滑に行うためには世俗的な序列判断を欠かすことはできません。ここでは自己の属する序列系列の中での自分順位が最も大切なもの (基準) になっています。

 

> 学校教育は集団で行う行事や活動が多く、それが「ウチ」と「ソト」の意識を子供の心に植え付けるきっかけとなります。

 

そうですね。日本語にも韓国語にも階称があります。だが、その使用法は少々違います。日本人は相対敬語を使用し、内と外を区別します。ですから、他人に対しては自分の両親に敬語を使いません。韓国人は絶対敬語を使用するので内と外の区別をしません。ですから、他人に話す時でも自分両親に対して敬語を使います。

 

>そして社会に出てからも、会社や町内会などで「ウチ」と「ソト」を分ける意識を持つことが、日本人の普通の感覚となっています。

 

そうですね。’うちの会社とよその会社’ という風にですね。そして、内弁慶になりますね。

 

>こうして家族だけでなく、学校ではクラスが「ウチ」となり、会社では課や部が「ウチ」となります。

 

そうですね。’うちの学校と他所の学校’、’内の課と他所の課’ という風にですね。それ以外の所は、非国民・外人の居る所になりますね。

 

> 言われてみれば、自分でも意識せずに、自分の考えや気持ち、あるいは置かれている状況が似ている人を「ウチ」、それ以外の人を「ソト」というように色分けしていることに気がつきます。

 

自己の序列系列に属する人は ‘うちの人’、そうでない人は ‘他所の人’ ですね。

 

>こうした考え方が学校でのいじめにつながり、他人叩きが止まらない不寛容な社会を生み出しているという主張には、納得できるものがあるでしょう。

 

他人叩きにより自己の序列順位の方が上である事を示すつもりですかね。

 

> 「村社会」の日本と「個人主義」の諸外国 

 

印欧語には階称 (言葉遣い) がありませんね。個人主義の国では個人の責任が問われますね。

 

> 不寛容な社会を生んだ国民性の根源にあるのは、日本が歴史的に農村を中心とした地域社会で構成されていたことに起因すると言われています。

 

自己の序列系列内の順位は常にはっきりさせておかないと、自己の受ける待遇に差し障りが出ますからね。つねに注意が必要です。日本人の礼儀作法は序列作法により成り立っていますから、序列なきところには礼儀なしです。不寛容な社会であればこそ礼儀正しい日本人の国民生活が可能になります。

 

> 自分が所属する村や単位が「ウチ」であり、「ソト」はよその村だったことが、いまだに日本人の心の中に生きているのです。

 

そうですね。自己の序列系列は内であり、自己以外の序列系列は外ですね。相対敬語の枠内での判断に終始していますね。決してその外には出れません。

 

>いわば村社会が日本の特異な国民性を生み、それが他人叩きを助長しているのです。

 

そうですね。’下におれ、下におれ’ の掛け声と他人叩きが我が国民には必要なようですね。根本的な原因療法をする勇気はあるのでしょうかね。日本人には、自己の ‘あるべき姿’ (things as they should be) がありませんからね。

 

 

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閲覧数36 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/06/02 03:04
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