2020年08月04日(火) 

 

 

>358980 日本企業の強み ~コロナ危機でわかったこと~   > HAYABUSA ( 40代 )  20/08/03 PM10 【印刷用へ】 

>世界的なコロナ禍のなかで日本企業の「強さ」を伝える記事があった。 >リンク

>要約すると以下のようになる。

>・日本企業にとっての大きな転機は、08年のリーマンショックだった。 >・そこから体質改善を行った企業が多く、利益率が大きく改善している。 >・体質改善に加えて、突然の危機に備えて内部留保を増やした企業が多い。 >  それが功を奏した。 >  (株主は配当を増やせと主張してきたが、それに耳を貸さなかった)  

 

日本人にとっては何事にも本家が大切ですからね。

 

>・悪しき慣行と言われる企業同士のもたれ合いもコロナ禍では福となった。

 

幸運でしたね。

 

>  長年の付き合いから家賃値下げ等を「痛み分け」と理解するため、互いに全損を回避できる。 >  (欧米はこんな時でも裁判沙汰になって勝者がすべてを取る)  

 

そうですね。

 

>・日本の雇用は突然の危機に強い。

>最後まで従業員を解雇しない。

 

日本人には序列メンタリティがありますから、解雇はしづらいですね。

 

>  (内部留保が少ない欧米は、真っ先に経費=従業員を切る)  

 

そうですね。彼らは毎月解雇者を出していますね。

 

>・日本は事業の継続性を守る姿勢。

>  欧米は変わり身の早さと短期収益を重視する。 

 

そうですね。  

 

>  それがコロナ禍で明らかな違いになって表れた。 >  (世界的にみて、創業200年を超える老舗企業の56%は日本企業である)  

 

わが国では、何事も長続きするのが良いことです。 序列人間は解雇されると新しい序列を見つけることに難渋しますからね。浪人になるとかない。 

 

>企業は、社会があって成り立っている。 >したがって、日本式の企業風土が残るのも日本社会の在り様によるところが大きい。

 

そうですね。わが国は序列社会で成り立っていますね。  

日本語には、階称 (言葉遣い) というものがある。これは ‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な上下判断 (序列判断) であって縦社会 (上下社会・序列社会) の形成に必要なものである。この世俗的な上下判断の疎かな人は、日常の日本語会話にも差し支えることになる。

 

>欧米の慣習や考え方から見た“悪しき慣習”が、実は、有事の際の強靭性につながる。 

 

序列による団結は、無哲学・能天気の人間の有事の際の対処の仕方ですね。 各人が義理 (序列関係から生ずる義務) を果たすことになります。   

 

>その根底を成しているのが、日本人の一人一人がもつ本源性だ。 

 

それは、序列メンタリティ (考え方) ですね。  

礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の表れに過ぎない。個人的・精神的な意味がない。だから、日本人の尊敬にも浅薄さが付きまとう。

日本人は奥ゆかしい(深い考えがあるようにみえる)。実は、無哲学・能天気であるから奥 (考え) がない。だから、浅薄な人間である。

 

> 我々日本人にとっては、言われなければ気づかない。

 

そうですね。日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思 (will) がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。生きる力が不足している。困った時には ‘他力本願・神頼み’ の消極的人生になる。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)  

 <日本はなぜ敗れるのか・敗因21か条> を著した山本七平の指摘する事例からも、大和民族自滅の過程は見て取れる。その一例を以下に掲げる。

私が戦った相手、アメリカ軍は、常に方法を変えてきた。あの手がだめならこれ、この手がだめならあれ、と。 、、、、、あれが日本軍なら、五十万をおくってだめなら百万を送り、百万を送ってだめなら二百万をおくる。そして極限まで来て自滅するとき「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言うのであろう。 、、、、、 これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論のすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。(引用終り) 

 

>しかし、世界規模に拡大したコロナ禍のなかで我々の可能性が明らかになったと捉えられるだろう。 

 

そうですね。一億総玉砕にならないことを願いますね。  

 

> 新型コロナ感染者数に一喜一憂する前に、日本人の可能性=本源性に目を向けたいものだ。 

 

上手くゆくことを願いますね。

 

 

.

 

 

 

 

 

 


閲覧数33 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/08/04 18:14
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