2020年12月01日(火) 

 

>日本が今のところ無事なのは、強大な米国や西欧と同じ側に存在しているからだが、では欧米は日本にとって完全に安全な居場所なのか、と言えばそうとは限らない。  

 

この世に安全な場所などどこにもないでしょうね。皆さん 四苦八苦して生きている。

 

>支那に比べれば欧米の方が組みやすい、つまり価値観文化を有しているから欧米サイドに居るが、ただ日本は現実には欧米とは全くと言って良いほど違う価値観文明を持っている。 

 

そうですね。

日本語には階称 (言葉遣い) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列なきところに礼儀なしである。

礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて堅ぐるしい日常生活を送っている。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の表現に過ぎないため、個人的精神的な意味がない。無哲学・能天気である事は、人々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。   

序列人間は人間の序列を作る。上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分を差し挟むことにより自己の存在感を確認している。だから、自己の所属する序列に強い帰属意識を持っている。義理 (序列関係から生じる義務) を果たすことにより仕事にやりがいを感じている。周囲の序列人間が序列に対する貢献度を評価するからである。これにより自己の順位は上昇する可能性がある。それが人生の楽しみである。 

 

>なにより、米中対立がこのまま収まることはないだろう。>歩み寄り妥協し合うには余りに価値観が違うからだ。

 

そうですね。   

中国は中原の鹿を追う伝統的な覇者の国である。覇者の物語は、中国人の愛読書となっている。覇者は昔から周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、中国人は外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。そして独断専行に陥りやすい。漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。中国人は周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

 

東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     

南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 

西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。

北てき (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。

 

>唯、今は双方にそれなりに力があるから直接の衝突がないだけだ。 

 

今は力の均衡による平和が保たれていますね。   

 

>しかし欧米が今後長らく今の対支那の力を持ち続ける保証など無い。>そうすれば今は表に出していないかつての欧米の感覚がまた表面化してくる可能性はある、むしろ必ずそうなると考えておかなくてはならないだろう。 

 

力に自信がある者は正義感を持ちやすいですね。義を見てせざるは 勇無きなり。   

 

>それがいつのことかは分からないが、いずれそうなるとしてその対策は採っておくべきだということだ。

 

そうですね。   

‘百年兵を養うは ただ平和を護る為である’。 (山本五十六)     

 

>また、言うまでもないが途上国や未開国ならともかく、一応の先進国であればいざとなったとき最優先で護るべきは自国民の生活であり、それを確保できるなら他国とも協力し他国民を守る。

 

そうですね。相互に安全を図るのが護国に対する良策ですね。

 

>超汚染や支那のように自国民を捨てて、あるいは自分たち一部の階層のための防波堤として犠牲にする様なことはしない。 

 

そうですね。   

朝鮮や中国の歴史は、人権無視の残酷物語の連続ですね。わが国も序列信仰を持っているために、人間性に関する価値観に瑕疵があるようです。

太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将も投降して、75000人以上の将兵の命を救った。

太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるして、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。 (3/3へ)

 

 

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閲覧数212 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2020/12/01 15:36
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