2021年11月26日(金) 

 

 

>木下都議「仕事させてもらえなかった」発言の波紋…滲み出る“被害者意識”に「逆ギレ」と批判止まず  > SmartFLASH 2021/11/24 16:30

 (略)

>「私、木下富美子は本日、東京都議会議長に辞表を提出すること、決断をいたしました」

>11月22日、会見で辞職を発表した木下富美子都議。

>木下氏は、7月の選挙期間中に無免許運転を繰り返し、さらに人身事故を起こしていたことが判明している。

>その責任を取った形だ。

>「無免許運転と人身事故が発覚したのは、7月5日です。

>それ以後、木下氏は4カ月間にわたり公の場に姿を現すことはなく、2回の辞職勧告決議まで出ました。

>3度目の召喚状を受け取り、11月9日に初登庁した際は、『続けてほしいとの声がある』として辞職を否定していました。

>今回、小池百合子都知事にも辞職を勧められ、ついに折れたのでしょう。

>しかしこの結末は、彼女にとって納得できるものではないのか、会見での言葉の端々に、“被害者意識” が出ていました」(政治部記者)

 

日本人には加害者意識がなくて被害者意識ばかりがある。だから、わが国は実に ‘恨めしい’ 世の中になっている。     

日本人には意思 (will) がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようですね。   

日本人には意思がない。だから意思決定はできない。意思決定が必要な時は、恣意決定に頼ることになる。つまり、事の次第・自然の成り行きで決着をはかる。このやり方は、アニマルも同じである。

恣意 (私意・我儘・身勝手) はバラバラな単語のままで存在するから文章にならない。だから、意味というものがない。行為・言動の本人にその説明責任はとれない。恣意の人間は指導者になっても権力は持たせられない。人人はできるだけ権力の少ない指導者を望んでいる。すると、指導者は床の間の置物のようなものになる。彼の唯一の業績は '任期中に何もしなかった' ことであると任期終了時にいわれている。  

日本人はなれ合っている。なれ合いとは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。日本人には、恣意疎通 (阿吽の呼吸・つうかあの仲) があって、意思疎通 (相互理解) がない。恣意 (腹) の探り合い (談合) があって、意見の交換 (議論・対話) がない。恣意決定 (盲目の判断) があって、意思決定 (理性判断) がない。だから、日本人の責任者は説明責任が取れない。無責任でしかない責任者の権力はできるだけ小さいほうが良いので、日本人は権力の所在についての注意を払っていない。

カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、<日本/権力構造の謎>の中の <とらえどころのない国家> で、次の段落のように述べています。

国会両院以外に、国家の中核として権力を持っているらしく見える組織は、官僚と大企業である。だが、この両者のどちらにも、究極的な権力はない。ボスはたくさんいるが、ボス中のボスといえる存在はないし、他を統率するだけの支配力のあるボス集団があるわけでもない。…… どの国についても、国家の実態をとらえるのは容易ではないが、日本の場合はとくに、バケツの中のウナギを素手でつかまえる、ということわざのたとえそのものである。指令の流れる経路、責任の中心、見え隠れする政策決定上の実際の動きなどが、すべて気が変になるほど、とらえどころがない。(引用終り)

日本人の未来には内容がない。だから一寸先が闇である。危険が一杯である。だから、お変わりのないことが何よりなことである。変革のない社会であればノー・アイディアで暮らすことに不便を感じない。 

自由とは、意思の自由の事である。だが、日本人には意思がない。恣意 (私意・我儘・身勝手) の自由は何処の国でも認められていない。恣意の自由は ‘自由のはき違え’ になって許されない。だから、’不自由を常と思えば不足なし’ となって、日本人の生活は以前の生活と変わることがない。  

日本人には意思がない。意思の無い人には責任がない。ちょうど死刑執行人のようなものである。人は死んでも彼らは殺人罪に問われない。彼らには殺意という意思がないからである。意思の無い世界には、西洋流の責任も無い。イザヤ・ベンダサン=山本七平訳の<日本教について>の中で、日本語の責任について述べられています。

‘、、、、、「責任」という日本語には、「応答の義務を負う=責任(レスポンシビリティ)」という意味は全くないのみならず、「私の責任だ」といえば逆に「応答の義務がなくなる」のです。、、、、’ (引用終り)

‘兎角、この世は無責任’ という事か。

自己の意思を表せば、その人は当事者・関係者になる。表さなければ傍観者にとどまる。意思表示の無い日本人は常に傍観者にとどまっていて、孤高の人になっている。孤立無援になりやすい。わが国は、世界の中にあって、世界に属していない。蚊帳の外にいる。

日本人には罪がない。意思の無い人には罪がない。意思の無い人は能動がなくて、受動だけの生活をする。被害者意識はあっても、加害者意識がない。だから日本人は加害者意識が高じて体験する罪悪感に苛まれる体験がない。これはアニマルも同じです。だから、日本人には罪がない。罪を知らない日本人の大人をみると、実に恨めしい。’恨めしや’ と化けて出たくなる。わが国では罪を指摘する人間は恨みの対象になる。罪の意識におびえる人たちが日本人に謝罪を勧めたらどうなるか。それは自虐行為の勧めと受け取られて恨みを買う事必定である。 日本人は罪を語らない宗教である神道・仏教の周辺に集まっている。とにかく、罪の匂いのするものは無意思の日本人の体質に合わない。それは陰気のもとになる。だから日本人は罪の話は嫌いです。罪の意識のない人には、病める魂もなく、その救済も必要としない。だから、贖罪の為の宗教 (キリスト教) も、わが国では力を持つに至らなかった。

戦後の占領軍のWGIP ( War Guilt Information Program: 戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画) という奇特な計画も見事に失敗しました。これは、アフガンに民主主義を植え付けようとするアメリカ人のようなものか。日本人に対する罪悪感の宣伝はカエルの面に小便の状態になったのです。罪の話は日本人の反感をかう。恨まれ憎まれる。WGIPがその例である。    

各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy. 欧米人は哲学と意思により人間の行動を説明する。日本人には、哲学と意思がないので、人の行為を ‘建前と本音’ を使って説明する。建前は ‘口実・言い訳・言い逃れ’ である。本音は、’私意・我儘・身勝手 である。だから、日本人の説明は現実の中に行為がうずもれてしまい低俗な感じは避けられない。意思は未来時制の文章内容になるので意味があるが、恣意はバラバラの単語 (片言・小言・独り言) のままで存在するので意味がない。

 

>11月9日には、公営企業委員会に出席する予定だった木下氏。

>しかし、他議員が猛反発したことで、委員会は流会となった。

>会見ではこれについて 「仕事がしたくて議員継続を望んでいるにもかかわらず、仕事をさせてもらえないという現実が、先日の委員会開会拒否で明らかになりました。  

 

被害者意識オンリーの態度が明らかですね。彼女には判断力の半分が欠けている。生きてゆくのは難しい。   

 

>もちろん、議員の仕事は議会出席だけではございません。

>個別の政策の提案を都の方々におこなうことで、都民の皆さまのお役に立てることもございます。

>しかし、議員として十分に仕事をさせてもらえない、理不尽な現実に悩みました」と、他の議員の対応を批判。

>さらに同席した木下氏の代理人弁護士も 「仕事をサボっているのはどちらも同じと思えてなりません」

>「木下の議会での様子を見ていると、学校や職場で見られるいじめの構造と同じに思えてなりません」などと、“援護射撃”を繰り返した。

>「会見での質疑応答が長引くにつれ、手厳しい質問には苛立ちを隠せずにはいられなくなっていました。

>とくに11月の議員報酬を受け取る資格があると考えているのかと聞かれると、険しい表情で『そこまでのことは、まだ申し上げておりません』と“逆ギレ”していました」(同前)

>これには、ネット上でも多くの批判の声が寄せられている。

>《保身に必死な印象の不快な会見》

>《全ては自分の言動が招いたことなのに終始、他人のせいにしていた。

>議会によるイジメ発言もそもそも議会も有権者も木下が議員活動すること自体を認めていないのに何を言ってんだか》

>《他の都議から言わせれば、交通違反して事故を隠して都民を欺いた人間を同じ都議として認められないと思うのは当たり前》

>《何ヶ月も仕事をせずに税金から給料もらって批判されて逆ギレ》

>今後は「女性のため、子供たちのため、困った人のために力になりたい」と語った木下氏。

>まずは自分の犯した罪と向き合うことからではないだろうか。

 

そうですね。日本人が罪と向き合うのは難しい。     

 

 

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閲覧数14 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2021/11/26 05:35
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