2022年01月18日(火) 

 

 

>「海外志向」の一般家庭が急増、知られざる背景  >「個性派インター」が選ばれる、納得の理由  >海外大学への進学を希望する生徒の数は、増加傾向にある。 >私立のトップ進学校のみならず、公立校や地方からでも海外大学を目指すためのサポート体制は整ってきた。 

 

我が国の文化的な鎖国を打ち破る希望に満ちた傾向ですね。  

 

>また、海外大学への進学を目指す学生を対象にした奨学金など、支援の輪も広がりつつある。>今、日本の社会全体で海外型教育にリーチしやすい土壌が整ってきており、海外型教育への関心は高まる一方だ。  

 

いよいよ我が国の文化の面での開国ですね。

大学などの高等教育機関で勉学に励めば学士・修士・博士などの称号が得られる。博士は普通 '哲学博士' (Doctor of Philosophy: Ph. D.) と呼ばれる。

私は日本のインテリから ‘哲学とは何ですか’ と何度も聞かれた。外国人からは、このような質問を受けたことはない。日本人は大学で、自己の哲学を作ることを学んでこなかった。だから彼らは退屈男・退屈女となって大学在学中の4年間を遊んで暮らさなければならなかった。       

政治に関する考えは政治哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

我が国の政治家には政治哲学がなく、わが国の宗教家には宗教哲学がない。わが国の科学者には科学哲学がなく、わが国の著述家には人生哲学がない。などなど。   

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)。(引用終り)     

 

>中でも、海外大学進学に強いといえば「インターナショナルスクール」である。 >加えて最近では、一般家庭もインターナショナルスクールを選択するケースが増えているのだという。 >いったいどういうことなのだろうか。 >国際教育評論家の村田学さんに話を聞いた。 >2021/10/03  >制作:東洋経済education × ICT編集チーム  >印刷

>年間800万の学費、それでも目指す「全寮制インター」  >インターナショナルスクール業界において近年顕著なのが、地方都市に続々と開校している、全寮制のボーディングスクールだ。>岩手県に開校準備中の、英国のハロウインターナショナルスクール(以下、ハロウ校)安比ジャパンをはじめとして、長野県には白馬インターナショナルスクール、愛知県には国際高等学校と、2022年には続々と全寮制のインターナショナルスクールが開校する。

>「全寮制の学校のいちばんの魅力は、何といっても、学びに没入できる環境が整っていることです。  

 

学びに没入できる環境とは理想的ですね。  

 

>子どもの自律心を養うと同時に、勉強だけではなく課外活動にも、24時間体制で向き合うことができます。 

 

子供は自主独立の精神を養うことができますね。   

 

>これまで日本には、全寮制の学校は少なかったのですが、欧米やマレーシア、シンガポールなどでは、ボーディングスクールが増えています。 >それは、子どもの自律心を育て、よりよい環境を与えてあげたいという保護者のニーズが高まっているからです。 

 

‘衣食足りて礼節を知る’ ということでしょうか。   

 

>英国のハロウ校は、創立450年の歴史を持ち、ウィンストン・チャーチル元英国首相や、ノーベル物理学者などを輩出している、歴史ある学校です。 >ハロウ校は、バンコク、香港、上海、北京などに分校がありますが、中でもハロウ安比校は、アジアにおけるほかの分校よりも、本家である英国ハロウ校に近いといわれています。 >その証拠に、海外の分校は通学式ですが、ハロウ安比校はハロウ校の創立450年の歴史で初めて、英国以外につくられたボーディングスクールになります」 >だが、ボーディングスクールに通わせるには、相応の学費がかかることも事実だ。>それでもハロウ安比校の入学希望者は引きも切らないのだという。  

 

やはり良い教育には多額の金をかける必要があるとの理解が日本人の間にも浸透し始めましたね。     

 

 (略)

>「一般的に、インターナショナルスクールにおける年間の学費は約300万円前後といわれています。 >これでもかなり高額ですが、日本一高額な学費のインターナショナルスクールになるだろうといわれているハロウ安比校では、1年間の学費は約600万円。 >それに加えて、寮費もかかります。>また、ハロウ安比校は学業だけではなく、情操教育にも力を入れるため、生徒たちは自然豊かな環境で、スキーやトレッキング、ゴルフ、アートやミュージカルの発表にも取り組み、そちらも合わせれば年間にかかる金額はおよそ800万円程度になるのでは、と思います」 >これだけの学費が必要になっても、なぜ人気があるのか。 >村田さんが一例を挙げた。 >「入学希望者の一例をご紹介します。 >東北地方で歯科医院を開業されている方が、息子さんをハロウ安比校に入れたいと希望しています。 >それはなぜでしょうか。 >歯科医院の息子であれば、歯科大学を出て歯科医院を継げばいい、そう考える方も多いでしょう。 >ですが、この方は違いました。 >日本では現在、歯科医院はコンビニエンスストアの数と同じくらいあるともいわれています。 >規制産業が今後、規制緩和されれば食べていくのは難しいと考えているのです。 >息子さんには英国で医師、または歯科医師の資格を取り、海外で活躍してほしいと考えているということでした」  

 

我が国の青年海外協力隊に参加することも考えられますね。活動の場を広げる可能性が息子さんの人生に役立ちますね。       

 

>そのためには、高額の学費もいとわないのだそうだ。>ほかにも、都立高校の教員をしている家庭で、自らが教えている教育ではない教育環境で子どもを育てたいと考え、ハロウ安比校を志望している人もいる。  

 

そうでしょうね。日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら貢献していないことを知っている必要がある。   

 

>実はこの傾向は、ハロウ安比校だけのものではなく、インターナショナルスクール全般においていえるのだという。>親が感じる限界と、子に託す「教育」   >「今までは、海外にバックグラウンドがある親御さんが、インターナショナルスクールを選ぶという傾向がありました。 >ただ、近年顕著なのは、親御さんが自身の受けてきた教育ではこれからの社会に対応できないと感じ、子どもはグローバルな環境で学ばせたい、とインターナショナルスクールを選んでいることです。

 

親御さんは ’井の中の蛙’ の生涯に見切りをつけたのでしょうね。    

 

>今や大企業や有名企業に入れば、それでもう安泰という時代ではありません。 

 

そうですね。今は変革の時代ですからね。   

 

>親自身が、グローバルな環境で生き抜く大変さを知るからこそ、子どもには早くからそれに対応できる力を身に付けてほしいと考えるのですね」 >そう考える親の職業はさまざまだ。 >「例えば、東京都内で農家をしている方は、娘さんを東京・港区にあるインターナショナルスクールに通わせています。 >農家とインターナショナルスクール、一見遠く感じるかもしれませんが、この方は、娘さんにグローバルな農業経営を学ばせ、人脈をつくるためにインターナショナルスクールに通わせているそうです。 >インターナショナルスクールは、他国の外交官のお子さんなども通っているため、そのお子さんが自国に帰られた後に、強い人脈になるんですね」   

 

外国に友達を持つことも有利なことがありますね。   

 

>ほかにも一般企業に勤めている親が、グローバルな視点を持ってほしいとインターナショナルスクールに入れることも珍しくないそうだ。  

 

そうですね。日本人を国際人に育てる教育が有望ですね。わが国を覆う序列制度のしがらみに対処する手段が必要ですね。      

 

>年間100万円台からのインターナショナルスクール  >加えて、年間100万円台の学費から通えるインターナショナルスクールが増えていることも追い風なのだという。>例えば、東京都三鷹市にある「ムサシインターナショナルスクールトウキョウ」は年間の学費はおよそ150万円前後。 >ハード面の資金投資をできるだけ抑え、その分を授業の質などのソフト面に回すことで、学費を抑えている。>グラウンドやスイミングプールは自校では持たず、公共施設を使用して体育や水泳の授業を行っているそうだ。

 

そうでしょうね。施設の維持費は大きな負担になりますからね。   

 

 (略) >このようなインターナショナルスクールが増えたこと、また、一般家庭でも「海外志向」が高まっていることでインターナショナルスクールを選択する家庭が増えてきた。 >しかし、海外大学への進学だけを考えれば、私立、公立問わず、進学指導をする日本の学校も増えてきている。 >あえてインターナショナルスクールを選ぶ理由とはいったい何だろうか。 >「インターナショナルスクールの最大の特徴は、多様性でしょう。 >教師も生徒も多国籍で、多様なバックグラウンドを持っています。 >通うだけで、グローバルな環境に身を置くことができるのです。  

 

そうですね。わが国のような単一民族の国家にはインターナショナルスクールは貴重な存在ですね。   

 

>さらに、インターナショナルスクールでは、1980年代からICT教育が取り入れられています。[ICT: Information and Communication Technology (情報通信技術)] >大手外資系企業の会議室で行われているようなことが、探究的な学びとして取り入れられているのです。>例えば、自分で見つけたテーマを研究し、タブレットを使ってプレゼンテーションするといったような、実践的なスキルを早くから身に付けるのです。 >こうしたことから語学はもちろんのこと、ICT教育も含めて、わが子をインターナショナルスクールに入れたいと考える親御さんは増えていると感じますね」  

 

日本人に自己表現が可能になれば、自己実現の可能性も大きく増大しますね。    

 

>さらに、と村田さんは続ける。>「独自の発展を遂げてきたインターナショナルスクールだからこそ、特色を持った学びを実践しやすく、新しい学びの形を取り入れるのも早いといえます。 >例えば、東京都港区にある『ローラスインターナショナルスクールオブサイエンス』は、日本で唯一のサイエンス・インターナショナル・スクールを標榜している、STEAM教育に特化した学校です。 [STEAM: Science, Technology, Engineering, Art, and Mathematics]   >子どもの思考力を育てるには、サイエンスがいちばん適しているという考え方に基づいて、生き物、恐竜、宇宙など、子どもの興味を引く切り口でSTEAM教育のカリキュラムを取り入れています。 >英語はあくまでもツールで、発想力や論理的な思考力を伸ばすことに主軸を置いているのです。 

 

英語は日本人にとっても貴重な言語ですね。

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定だけがわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' 対 '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)    

 

>ほかにも、算数やテクノロジー分野の教育に力を入れたい親御さんは、インド系インターナショナルスクールの『グローバル・インディアン・インターナショナル・スクール』を選んだりしていますね」  (略) >子どもをインターナショナルスクールに通わせるというのは、もはや特別なことではなくなった、と村田さんは続ける。>「これからの社会は、ますますグローバル化していきます。  

 

そうですね。未来社会においては学校もインターナショナル、会社もインターナショナルですね。   

 

>その中で、自分をどう表現すればいいのか、それぞれの目標や志向・ワークスタイルを考えていく、これは必要なことです。>選択肢が増えた社会では、海外を視野に入れた教育を求める人が多くなっていることも、必然でしょう。>さまざまな形のインターナショナルスクールが開校しているということは、社会の要請がそこにあることを指します。>今後重要なことは、海外型の教育を受けるかどうか、インターナショナルスクールに通うかどうかではなく、それぞれの子どもに合った教育の場所を求めていくことでしょう」  

 

そうですね。個性を伸ばす教育が必要ですね。そして、我が国における英米型の教育の振興には、個人の努力と国の努力の協調が必要ですね。   

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 我が国の ‘漢字かな’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

 国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語のかな漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に ‘〇〇健’ という名の人がいる。人々は彼のことを ‘ケンちゃん’ とか ‘タケちゃん’ と呼んでいる。’一体、どちらが本当なのか’ と尋ねると、’どちらでも良いのですよ’ と本人が言う。’一体、戸籍ではどうなっているのですか’ と尋ねると、’戸籍にはフリガナがないからどう読んでも良いのです’ と彼は答える。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。     

 

>村田 学(むらた・まなぶ)

>国際教育評論家、ieNEXT編集長、インターナショナルスクールタイムズ編集長。

>米カリフォルニア州トーランス生まれの帰国子女。

>人生初めての学校である幼稚園をわずか2日半で退学になった「爆速退学」の学歴からスタート。

>帰国後、千葉・埼玉・東京の公立小中高を卒業し、大学では会計学を専攻。

>帰国子女として、日本の公立学校に通いながら、インターナショナルスクールの教育について興味を持つ。

>2012年4月に国際教育メディアであるインターナショナルスクールタイムズを創刊し、編集長に就任。

>その後、都内のインターナショナルスクールの理事長に就任し、学校経営の実務を積む。

>その後、教育系ベンチャー企業の役員に就任、教育NPOの監事、複数の教育系企業の経営に携わりながら、国際教育評論家およびインターナショナルスクールの経営とメディア、新規プロジェクトの開発を受注するセブンシーズキャピタルホールディングスの代表取締役CEOを務める。

 (略)

>(文:松井佐智子)    

 

 

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