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  <title type="text">旅心で巡る掛川３６景新着 - 掛川市地域ＳＮＳ「ｅ－じゃん掛川」</title>
  <subtitle type="text">旅心で巡る掛川３６景新着 - 掛川市地域ＳＮＳ「ｅ－じゃん掛川」</subtitle>
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    <name>旅心で巡る掛川３６景</name>
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    <title type="text">ビューポイント２</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">一番野草が多いビューポイント</summary>
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    <updated>2020-09-17T14:28:51+09:00</updated>
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    <title type="text">松本亀次郎記念館（大東図書館）</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">大東図書館２階は資料館「郷土ゆかりの部屋」となっており、中国人留学生の教育者として生涯を捧げた松本亀次郎や遠州の国学者八木美穂（やぎ　よしほ）をはじめとする郷土の偉人、図書館の東側にある五塚山古墳等についての展示を行っています。&#13;
　また、収蔵庫には、遠州横須賀藩関係の絵図・文書や、古墳からの出土品などの貴重な資料を収蔵しています。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">大東図書館２階は資料館「郷土ゆかりの部屋」となっており、中国人留学生の教育者として生涯を捧げた松本亀次郎や遠州の国学者八木美穂（やぎ　よしほ）をはじめとする郷土の偉人、図書館の東側にある五塚山古墳等についての展示を行っています。&#13;
　また、収蔵庫には、遠州横須賀藩関係の絵図・文書や、古墳からの出土品などの貴重な資料を収蔵しています。</div>
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    <updated>2020-08-22T15:37:49+09:00</updated>
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    <title type="text">掛川アートプロムナード</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">掛川は、古くから掛川城を中心に発展してきた街です。掛川駅の北に広がるお城のある街を「歴史のゆたかな街」として、また駅南を「新しく創られていく街」としてイメージして、駅を中心に南北の融合と発展を目指そうと様々な工夫がされています。そのひとつが、お城をはじめ駅周辺や街なかに設置されているモニュメント&#13;
やブロンズ像などの美術品です。ブロンズ像は、駅の北側の「たかいたかい」「陽春」「仰」「二宮金次郎」「暁光」の５体と南側の「若い女」「脱皮」の２体で、合わせて７体あります。モニュメントは、「玄」「合体...</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">掛川は、古くから掛川城を中心に発展してきた街です。掛川駅の北に広がるお城のある街を「歴史のゆたかな街」として、また駅南を「新しく創られていく街」としてイメージして、駅を中心に南北の融合と発展を目指そうと様々な工夫がされています。そのひとつが、お城をはじめ駅周辺や街なかに設置されているモニュメント&#13;
やブロンズ像などの美術品です。ブロンズ像は、駅の北側の「たかいたかい」「陽春」「仰」「二宮金次郎」「暁光」の５体と南側の「若い女」「脱皮」の２体で、合わせて７体あります。モニュメントは、「玄」「合体」「阿吽」があります。また、駅南口駅舎外壁と床面に、ミラーやラスタータイル（彩色タイル）・セラミックタイル（陶板）を用いたり、駅前交番の童話風のデザイン、南口駅舎を中心とした東西290mのコンクリート擁壁が、大井川から小夜の中山を経て、天竜川にいたるまでが表現されていたり、ねむの木学園のこどもたちの作品も織り込まれているなどのデザインが施されています。</div>
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    <title type="text">事任八幡宮</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">「思いのままに願い事が叶う」神社として信仰されている事任（ことのまま）八幡宮。　&#13;
事任八幡宮は、清少納言の「枕草子」にも名前が記され、「祈るがままにその願いが成就するという、ことのままの神が東海に祀られている」と千年ほど前の時代に都まで聞こえていたことがわかります。御神木の大杉は、坂上田村麻呂が植樹したと伝えられ、掛川市の天然記念物に指定されています。例大祭は、秋に行われます。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">「思いのままに願い事が叶う」神社として信仰されている事任（ことのまま）八幡宮。　&#13;
事任八幡宮は、清少納言の「枕草子」にも名前が記され、「祈るがままにその願いが成就するという、ことのままの神が東海に祀られている」と千年ほど前の時代に都まで聞こえていたことがわかります。御神木の大杉は、坂上田村麻呂が植樹したと伝えられ、掛川市の天然記念物に指定されています。例大祭は、秋に行われます。</div>
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    <title type="text">本勝寺</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">ナギ」と「イヌマキ」でできた自然山門が静岡県指定の天然記念物となっている本勝寺。別名「あじさい寺」の境内には七福神の石像があります。常緑の山門は、当時の住職が「草木一切悉有仏性」というお釈迦様の言葉を具現して参道に山門として木を植えたものです。縁結び・安産にご利益があるとされています。境内には8,000本余の紫陽花が植わり、初夏には美しく咲き誇ります。境内の七福神は、入口より、恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿天、寿老人、布袋尊の順番で並んでいます。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">ナギ」と「イヌマキ」でできた自然山門が静岡県指定の天然記念物となっている本勝寺。別名「あじさい寺」の境内には七福神の石像があります。常緑の山門は、当時の住職が「草木一切悉有仏性」というお釈迦様の言葉を具現して参道に山門として木を植えたものです。縁結び・安産にご利益があるとされています。境内には8,000本余の紫陽花が植わり、初夏には美しく咲き誇ります。境内の七福神は、入口より、恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿天、寿老人、布袋尊の順番で並んでいます。</div>
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    <title type="text">撰要寺（せんようじ）</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">天正９年（1581年）初代横須賀城主の大須賀康高が建立した撰要寺は、歴代の横須賀城主の菩提寺です。本堂前に康高・忠政父子の巨大な宝朧院塔と裏山の墓地には城主・家臣などのお墓や供養塔があり、墓塔群は、静岡県指定文化財になっています。立ち葵は、城主の本多家の家紋に用いられていました。「撰要寺（せんようじ）」の門は、横須賀城の不浄門を移設したと伝えられてます。</summary>
    <content type="xhtml" xml:lang="ja">
      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">天正９年（1581年）初代横須賀城主の大須賀康高が建立した撰要寺は、歴代の横須賀城主の菩提寺です。本堂前に康高・忠政父子の巨大な宝朧院塔と裏山の墓地には城主・家臣などのお墓や供養塔があり、墓塔群は、静岡県指定文化財になっています。立ち葵は、城主の本多家の家紋に用いられていました。「撰要寺（せんようじ）」の門は、横須賀城の不浄門を移設したと伝えられてます。</div>
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    <title type="text">天然寺　ゲイスベルト・ヘンミイの墓</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">ゲイスベルト・ヘンミイは、旧オランダ東インド会社商館長で、墓石は、かまぼこ形をしており、当時のオランダ人墓の意匠を現在に伝えています。この形をした墓石は、国内には長崎市悟真寺に存在するが他に例はなく、大変貴重なものです。墓石の表面にオランダ語による碑文が記されており、玉石垣積みした台座の上に静座し、石製の柵により守られています。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">ゲイスベルト・ヘンミイは、旧オランダ東インド会社商館長で、墓石は、かまぼこ形をしており、当時のオランダ人墓の意匠を現在に伝えています。この形をした墓石は、国内には長崎市悟真寺に存在するが他に例はなく、大変貴重なものです。墓石の表面にオランダ語による碑文が記されており、玉石垣積みした台座の上に静座し、石製の柵により守られています。</div>
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    <title type="text">新屋町公会堂</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">明治32年、古い民家を大須賀村の役場として使用していましたが、明治40年、現在の新屋町の公会堂は、当時の大須賀村役場庁舎として建てられました。大正３年５月１日に大須賀村から横須賀町に変わり、横須賀町役場として昭和８年まで使用され、以後公会堂（稽古場）となりました。現在は、旧稽古場の姿をそのままに新築され、横須賀町役場当時の電話室の扉は、稽古場の書庫の扉として利用されています。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">明治32年、古い民家を大須賀村の役場として使用していましたが、明治40年、現在の新屋町の公会堂は、当時の大須賀村役場庁舎として建てられました。大正３年５月１日に大須賀村から横須賀町に変わり、横須賀町役場として昭和８年まで使用され、以後公会堂（稽古場）となりました。現在は、旧稽古場の姿をそのままに新築され、横須賀町役場当時の電話室の扉は、稽古場の書庫の扉として利用されています。</div>
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    <title type="text">資生堂アートハウス</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">　1978年に開設された資生堂アートハウスは、近現代のすぐれた美術品を収集・保存すると共に、美術品展覧会を通じて一般公開する文化施設として活動しています。&#13;
　コレクションの中核は、資生堂が文化芸術支援活動の一環として、東京・銀座の資生堂ギャラリーを会場に開催してきた「椿会美術展」や「現代工藝展」などに出品された絵画、彫刻、工芸品です。&#13;
　地域社会への文化貢献という観点から、入場無料で一般公開しています。&#13;
　建物の建築は、高宮真介、谷口吉生両氏の設計によるもので、1980年に「日本建築学会賞」を受賞。 ...</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">　1978年に開設された資生堂アートハウスは、近現代のすぐれた美術品を収集・保存すると共に、美術品展覧会を通じて一般公開する文化施設として活動しています。&#13;
　コレクションの中核は、資生堂が文化芸術支援活動の一環として、東京・銀座の資生堂ギャラリーを会場に開催してきた「椿会美術展」や「現代工藝展」などに出品された絵画、彫刻、工芸品です。&#13;
　地域社会への文化貢献という観点から、入場無料で一般公開しています。&#13;
　建物の建築は、高宮真介、谷口吉生両氏の設計によるもので、1980年に「日本建築学会賞」を受賞。 2010年には、竣工後25年にわたって「長く地域の環境に貢献し、風雪を耐え、美しく維持され、社会に対して建築の意義を語りかけてきた建築物」と「その建築物を美しく育て上げることに寄与した人々」を顕彰する「JIA25年賞」（第9回）も受賞し、建物自体が独自のアート性と高い価値を有することがあらためて証明されました。&#13;
　アートハウス正面には、伊藤隆道氏の動く彫刻「5月のリング」、玄関横にはぺリクレ・ファッツィーニのブロンズの巨像「後ろ脚で立つ馬」が据えられ、お客様をお迎えしています。 &#13;
（掛川観光情報より　https://www.kakegawa-kankou.com/）</div>
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    <title type="text">孕石天神社</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">孕石天神社の社殿の土台はさざれ石の大岩盤で、大小さまざまな卵形の礫を含むので、孕石と呼ばれています。社殿に「天満宮」の江戸時代に書かれた偏額がかかっています。鞘堂の内部に寛政年間（1789年～1801年）に造られた豪華な屋根の本殿があり、子授けの霊験があらたかで、祈願して玉石をいただき、子宝に恵まれればお礼参りに石をお返しします。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">孕石天神社の社殿の土台はさざれ石の大岩盤で、大小さまざまな卵形の礫を含むので、孕石と呼ばれています。社殿に「天満宮」の江戸時代に書かれた偏額がかかっています。鞘堂の内部に寛政年間（1789年～1801年）に造られた豪華な屋根の本殿があり、子授けの霊験があらたかで、祈願して玉石をいただき、子宝に恵まれればお礼参りに石をお返しします。</div>
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    <title type="text">吉岡彌生記念館</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">吉岡蒲生記念館は、吉岡弼生の顕彰と市民の健康維持・増進に寄与することを目的として、平成10年11月26日に開館しました。１階&#13;
に「吉岡弼生記念展示ゾーン」、「看護とケアの展示ゾーン」、２階にレクチャールームがあり、特別展や健康セミナーなどが行われています。背景地には、吉岡弼生の生家である鷲山病院の住居、長屋問、蔵が移築・復元され、明治時代の生活や地域医療の様子を偲ぶことができます。</summary>
    <content type="xhtml" xml:lang="ja">
      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">吉岡蒲生記念館は、吉岡弼生の顕彰と市民の健康維持・増進に寄与することを目的として、平成10年11月26日に開館しました。１階&#13;
に「吉岡弼生記念展示ゾーン」、「看護とケアの展示ゾーン」、２階にレクチャールームがあり、特別展や健康セミナーなどが行われています。背景地には、吉岡弼生の生家である鷲山病院の住居、長屋問、蔵が移築・復元され、明治時代の生活や地域医療の様子を偲ぶことができます。</div>
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    <title type="text">旧東海道　沓掛の坂</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">旧東海道にある各地の急な坂には、安全祈願をした掛川の沓掛坂と同じような名称の坂があります。昔は、急な坂では、坂であること以外に盗賊に襲われる危険などがあったことから、履き替えた沓（くつ）を木に掛けて、旅の無事を願いました。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">旧東海道にある各地の急な坂には、安全祈願をした掛川の沓掛坂と同じような名称の坂があります。昔は、急な坂では、坂であること以外に盗賊に襲われる危険などがあったことから、履き替えた沓（くつ）を木に掛けて、旅の無事を願いました。</div>
    </content>
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    <title type="text">横須賀城趾</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">横須賀城は、天正6年（1578年）、徳川家康が家臣の大須賀康高に命じて、高天神城攻略のために築かせました。その後280余年に渡り横須賀藩の中心でしたが、明治維新とともに廃城となり、横須賀城の建物などは、1873年全てが解体され払い下げられました。横須賀城は、山城と平城を合わせもっているので平山城と言われ、山城から平城に移る中間期の特徴を備え、中世城郭と近世城郭の2つを合わせ持っています。また、普通1つしかない大手門が、この横須賀城には東西にあり「両頭の城」といわれたほか、「玉石積み」とよばれる丸い河原石を...</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">横須賀城は、天正6年（1578年）、徳川家康が家臣の大須賀康高に命じて、高天神城攻略のために築かせました。その後280余年に渡り横須賀藩の中心でしたが、明治維新とともに廃城となり、横須賀城の建物などは、1873年全てが解体され払い下げられました。横須賀城は、山城と平城を合わせもっているので平山城と言われ、山城から平城に移る中間期の特徴を備え、中世城郭と近世城郭の2つを合わせ持っています。また、普通1つしかない大手門が、この横須賀城には東西にあり「両頭の城」といわれたほか、「玉石積み」とよばれる丸い河原石を用いた石垣も特徴です。</div>
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    <title type="text">旧東海道松並木　約１００本</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">江戸時代に整備された東海道には、旅人の暑さ寒さをしのぐため、松並木が整備されていました。また、一里（約4km）ごとに一里塚が設置されていました。この約300mの岡津・原川間の松並木は、地元の皆さんにより大切に保存・整備され、道の両脇に松がきれいに植えられており、当時を偲ぶことができます。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">江戸時代に整備された東海道には、旅人の暑さ寒さをしのぐため、松並木が整備されていました。また、一里（約4km）ごとに一里塚が設置されていました。この約300mの岡津・原川間の松並木は、地元の皆さんにより大切に保存・整備され、道の両脇に松がきれいに植えられており、当時を偲ぶことができます。</div>
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    <title type="text">松葉神社</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">松葉神社から約5kmの場所にある松葉の滝は、雌雄２つの滝があり、優美な雌滝と迫力ある水の音とともに勇壮に流れ落ちる雄滝が楽しめます。松葉神社には、養銭箱がありません。</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">松葉神社から約5kmの場所にある松葉の滝は、雌雄２つの滝があり、優美な雌滝と迫力ある水の音とともに勇壮に流れ落ちる雄滝が楽しめます。松葉神社には、養銭箱がありません。</div>
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    <title type="text">十九首塚</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">平将門は、藤原秀郷らにより征討されましたが、秀郷が将門をはじめ家臣19人の首を持って京に上る途中掛川の宿まで来ました。一方京からは検視の勅使が派遣され現在の十九首（じゅうくしゅ）区で検視を受けました。首実検の後、秀郷は「将門は逆臣なりども、名門の出である。その罪重しといえども、今や滅びて亡し。その屍にむち打つは礼に非ず」と19の首を別々に埋葬し、懇ろに供養したと伝えられています。地名の由来も19の首塚があったところから十九首と呼ぶようになりました。区民は、首塚を町の守り神として春秋２季の彼岸と命日...</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">平将門は、藤原秀郷らにより征討されましたが、秀郷が将門をはじめ家臣19人の首を持って京に上る途中掛川の宿まで来ました。一方京からは検視の勅使が派遣され現在の十九首（じゅうくしゅ）区で検視を受けました。首実検の後、秀郷は「将門は逆臣なりども、名門の出である。その罪重しといえども、今や滅びて亡し。その屍にむち打つは礼に非ず」と19の首を別々に埋葬し、懇ろに供養したと伝えられています。地名の由来も19の首塚があったところから十九首と呼ぶようになりました。区民は、首塚を町の守り神として春秋２季の彼岸と命日には供養を行い今日まで続いています。また、十九首塚は、五輪塔と呼ばれる石塔です。五輪塔は、上から空風輪、火輪、水輪、地輪に分けられ、一般的にはそれぞれの部分に梵字が&#13;
刻まれています。</div>
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    <title type="text">掛川市役所</title>
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      <name>掛川タクシー</name>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">現在の掛川市庁舎は、平成８年５月に落成しました。生涯学習のふれあいの場が多く、一目でわかりやすい一体感の演出がされています。そのため２階、３階、４階に生涯学習テラスと名付けられ、市民と市民、あるいは市民と職員が大きなアトリウムと縁側廊下と直線階段を介してふれあい、まちづくり・人づくりの知恵が集結できるよう図られています。また、美しい樹林の中の市庁舎となるように、10m以上の大木50本を含む40,000本を敷地内に植栽して、西側の森には椎、樫、コナラなど11種類320本の自然植生の「思惟の森」を保存し、自然生...</summary>
    <content type="xhtml" xml:lang="ja">
      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">現在の掛川市庁舎は、平成８年５月に落成しました。生涯学習のふれあいの場が多く、一目でわかりやすい一体感の演出がされています。そのため２階、３階、４階に生涯学習テラスと名付けられ、市民と市民、あるいは市民と職員が大きなアトリウムと縁側廊下と直線階段を介してふれあい、まちづくり・人づくりの知恵が集結できるよう図られています。また、美しい樹林の中の市庁舎となるように、10m以上の大木50本を含む40,000本を敷地内に植栽して、西側の森には椎、樫、コナラなど11種類320本の自然植生の「思惟の森」を保存し、自然生態系との調和に努められています。「健康100段」と言われる96段の直線階段は、木製で、庁舎全体に木のぬくもりをかもし出しています。</div>
    </content>
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    <title type="text">大日本報徳社</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">大日本報徳社は、江戸末期の農村復興に一生を捧げた二宮尊徳の弟子である岡田佐平治が設立した「遠江国報徳社」を起源としており、二宮尊徳の報徳思想の普及活動を行っています。平成19年12月末に修復が終わった国重要文化財の大講堂は、明治36年に建設された国内最初の公会堂で、外観は純和風の作りながら、内部の窓には洋風のデザインが取り入れられるなど、独自の工夫がなされています。&#13;
　鍬をもった二宮尊徳像は、当時、お百姓さんのやる気を育てるために、尊徳が鍬を賞品として渡していたことをあらわしたものです。村の中で一...</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">大日本報徳社は、江戸末期の農村復興に一生を捧げた二宮尊徳の弟子である岡田佐平治が設立した「遠江国報徳社」を起源としており、二宮尊徳の報徳思想の普及活動を行っています。平成19年12月末に修復が終わった国重要文化財の大講堂は、明治36年に建設された国内最初の公会堂で、外観は純和風の作りながら、内部の窓には洋風のデザインが取り入れられるなど、独自の工夫がなされています。&#13;
　鍬をもった二宮尊徳像は、当時、お百姓さんのやる気を育てるために、尊徳が鍬を賞品として渡していたことをあらわしたものです。村の中で一生懸命働いた人を村人達に投票してもらい、賞品を渡していました。尊徳の言葉に「心田開発」という言葉がありますが、これは「心の荒れ果てた田んぼを耕して村を立て直す」という&#13;
意味で、お百姓さんを褒めてやる気を出させようとしたのでした。</div>
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    <title type="text">東海の名城　掛川城</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまりです。戦国時代には、山内一豊か城主として10年間在城しました。働き盛りの一豊は大規模な城郭修築を行い、天守閣、大手門を建設するとともに、城下町の整備や大井川の治水工事などに力を注ぎました。霧噴き井戸の伝説は、西から徳川家康、東から武田信玄に攻められた駿河の今川氏真が、重臣朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込み、この城を落とそうと家康が攻撃を仕掛けた際、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は...</summary>
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      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまりです。戦国時代には、山内一豊か城主として10年間在城しました。働き盛りの一豊は大規模な城郭修築を行い、天守閣、大手門を建設するとともに、城下町の整備や大井川の治水工事などに力を注ぎました。霧噴き井戸の伝説は、西から徳川家康、東から武田信玄に攻められた駿河の今川氏真が、重臣朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込み、この城を落とそうと家康が攻撃を仕掛けた際、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったといいます。以来、掛川城は、「雲霧城」とも呼ばれるようになりました。</div>
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    <published>2020-08-20T17:29:57+09:00</published>
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    <title type="text">高天神城　三日月池</title>
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    <summary type="text" xml:lang="ja">高天神城は、「高天神を制するものは遠州を制する」といわれた要衝。戦国時代に徳川、武田の両雄が攻防戦を繰り広げた決戦場で、東海一の堅塁を誇った山城です。&#13;
　標高132mの鶴翁山の地形を巧みに活かした高天神城は、「難攻不落の名城」とよばれていましたが、家康の兵糧攻めに遭い落城しました。搦手門から150段ほど上ったところにある三日月の池は、三日月井戸といい、城内に存在する２つの井戸のうちの１つです。礫層を浸み通って出た雨水がホクホクと滴り落ちて三日月形に溜まったことからついた名称です。</summary>
    <content type="xhtml" xml:lang="ja">
      <div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">高天神城は、「高天神を制するものは遠州を制する」といわれた要衝。戦国時代に徳川、武田の両雄が攻防戦を繰り広げた決戦場で、東海一の堅塁を誇った山城です。&#13;
　標高132mの鶴翁山の地形を巧みに活かした高天神城は、「難攻不落の名城」とよばれていましたが、家康の兵糧攻めに遭い落城しました。搦手門から150段ほど上ったところにある三日月の池は、三日月井戸といい、城内に存在する２つの井戸のうちの１つです。礫層を浸み通って出た雨水がホクホクと滴り落ちて三日月形に溜まったことからついた名称です。</div>
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    <updated>2020-08-20T16:45:59+09:00</updated>
    <published>2020-08-20T16:45:59+09:00</published>
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