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    <title>シンちゃんのブログ</title>
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    <description>シンちゃんのブログ</description>
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    <title>平和学習の犠牲者　　　</title>
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    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
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    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞Zakll&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; ＞遺族の訴えを無視? 共産・小池氏「平和学習の犠牲者」発言にSNS激怒「政治利用だ」　　　＞１９時間・　　　</p><p>＞日本共産党の小池晃書記局長が4月27日の記者会見で、沖縄県名護市辺野古沖で発生した抗議船転覆事故の犠牲者について言及した内容が、SNS上で大きな波紋を広げている。　　　　</p><p>＞遺族が明かした事実と著しく乖離した発言に対し、「犠牲者を都合よく政治利用している」と厳しい批判が相次いでいるのだ。　　　　</p><p>＞「平和を勉強して来られた」遺族の思いと乖離した会見発言　　　　</p><p>＞事故は3月16日、京都府の同志社国際高校の研修旅行中に発生した。　　　　</p><p>＞共産党の地方組織も加盟する「ヘリ基地反対協議会」が運航するボートが転覆し、女子生徒と船長の男性が死亡した痛ましい事故である。　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。「ヘリ基地反対協議会」の責任者はどなたですかね。ちゃんと責任をもって事故の説明すべきですね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞小池氏はこの日の会見で、亡くなった女子生徒について「平和の問題を一生懸命勉強して沖縄まで来られた方がね、ああいった形で命を落とされるというのは絶対あってはならないことだし、本当に痛ましいことだと思います」と述べた。　　　</p><p>＞しかし、この「平和の問題を一生懸命勉強して沖縄まで来られた方」という表現が、SNS上で猛烈な反発を招いているのだ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>小池氏には自分と遺族との思いの乖離が気にならないのですかね。小池氏が協議会の最高責任者ですかね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞「抗議船とは知らず&amp;hellip;」遺族のnoteが明かした悲しすぎる真実　　　　</p><p>＞その最大の理由は、遺族がnoteで発信した内容との決定的な矛盾である。　　　　</p><p>＞遺族によれば、乗船する船が「抗議船」であることは事前に一切知らされていなかったという。　　　　</p><p>＞さらに、女子生徒がこの体験コースを選択した理由は「美ら海水族館に行きたいんだけど、美術館で怖い絵を見るよりかは、お友達と綺麗な珊瑚礁を見る方が楽しそうじゃん」という、高校生らしい純粋なものだったことが明かされている。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>小池氏は参加者との考えの違いには気にならないのですかね。これが彼の常套手段ですかね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞「まるで自分たちの仲間扱い」活動家と思考が同じと批判噴出　　　　</p><p>＞こうした事実を踏まえ、X（旧ツイッター）上では小池氏の発言に対し怒りの声が噴出しているのだ。</p><p>＞・遺族のnoteを読んでいないのではないか　　　</p><p>＞・彼女は友達とサンゴ礁を見たかっただけなのに、勝手に自分たちの『平和問題』に熱心だったように言うな　　　　</p><p>＞といった指摘が数多く飛び交っている。　　　　</p><p>＞また、遺族がnoteで「（娘を）まるで自分たちの仲間であったかのように語ることは到底、許容できません」と悲痛な声を上げていることを引き合いに出し、　　　　</p><p>＞・犠牲になった女子高生をまるで自分たちの仲間のように利用する左翼って何なの？　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>これは牽強付会ですね。左翼のやり方ですかね。　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞・抗議活動家と思考が一緒だ　　　　</p><p>＞と、不慮の死を遂げた生徒を自分たちの政治的イデオロギーや活動に結びつけようとする姿勢そのものを問題視する声が散見される。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>彼は牽強付会の活動に慣れているような感じですね。今回の発言は彼の手法の宣伝にもなりますね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞直接の謝罪はゼロ&amp;hellip;問われる「ヘリ基地反対協議会」と共産党の誠意　　　　</p><p>＞事故が起きた当初、抗議活動に携わっている人が「思いはきっと辺野古の無謀な工事はやめてくれという意味で辺野古に（来たのだろう）」と発言し激しい非難を浴びた経緯もあり、今回の小池氏の発言はそれと同根の「政治利用」であると受け止められている。　　　　</p><p>＞さらに、事故発生後に沖縄に滞在していた遺族に対し、ヘリ基地反対協議会側から直接の謝罪や面会可否の問い合わせすら無かったという事実も重なり、　　　　</p><p>＞・直接のお詫びもないのに、あの会見で耐えられるのか　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>理不尽のことは何もないという見解ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞・小池さんにも子供がいるだろうに、我がこととしては考えられないのかなあ　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>小池さんはきっと別のことを考えているのでしょうね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞と組織としての対応や人としての誠意を問う声も上がっている。　　　　</p><p>＞遺族の発信や心情を軽視し、事実を都合よく解釈して「平和学習に熱心だった犠牲者」というストーリーに落とし込もうとするかのような小池氏の発言は、世間の不信感をさらに増幅させる結果となっている。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。責任者の話が出てこないのも不思議ですね。事故の責任が宙に浮いているようですね。　　　　　　</p><p>今の時代に責任者不在の活動が認められるのですかね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>われわれ日本人には意思 (will) が無い。</p><p>日本語の文法には時制 (tense) というものが無いので、未来構文の内容である意思を文にして表す事が出来ない。　　　</p><p>だから優柔不断・意志薄弱に見える。無為無策でいながら坐して死を待つのか。　指示待ち人間になっている。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>責任のある者は信頼される。そして尊敬される。</p><p>だが日本人には意思がない。意思の無い人間には責任がない。だから信頼されることはない。一旦事が起これば、責任者捜しのために騒ぎが起こる。日本残酷物語の様な騒ぎになることもある。</p><p>肥田喜左衛門の著した &amp;lt;下田の歴史と史跡&amp;gt;　には、責任に関する下のような事柄が記されています。</p><p>徳川5代将軍の治世、佐土原藩の御手船・日向丸は、江戸城西本丸の普請用として献上の栂 (つが) 材を積んで江戸に向かった。遠州灘で台風のため遭難、家臣の宰領達は自ら責を負って船と船員達を助けようと決意し、やむをえず御用材を海に投げ捨て、危うく船は転覆を免れ、下田港に漂着した。島津家の宰領河越太兵衛、河越久兵衛、成田小左衛は荷打ちの責を負い切腹する。これを知って船頭の権三郎も追腹を切り、ついで乗員の一同も、生きて帰るわけにはいかないと全員腹をかき切って果てた。この中には僅か15歳の見習い乗子も加わっている。鮮血に染まった真紅の遺体がつぎつぎに陸揚げされたときは、町の人々も顔色を失ったという。16人の遺体は、下田奉行所によって大安寺裏山で火葬され、同寺に手厚く葬られた。遺族の人たちにはこの切腹に免じて咎めはなかったが、切腹した乗組員の死後の帰葬は許されなかった。(引用終り)　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>子供の勉強は他人の受け売りをすること。</p><p>大人の勉強は自己の見解を明らかにすること。自己の見解を論文として発表し、英米流の高等教育機関から独創性を認められると、学位 (哲学博士　= Doctor of Philosphy: Ph.D.) が得られる。ぜひやるべき勉強です。</p><p>日本人は無哲学・能天気であるから、自己の見解を明らかにすることはできない。だから子供の状態にとどまる。受け売りの教育により天下の秀才 (クイズ王) が沢山出来る。　　　　　　　</p><p>日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく：世人を教え導く人]　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>イザヤ・ベンダサンは、自著 &amp;lt;日本人とユダヤ人&amp;gt; の中で &amp;lsquo;自らの立場&amp;rsquo; について以下のように述べています。　　　</p><p>何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/113667_940042_1777450580.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile113667_940042_1777450580.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/113667_940042_1777450580.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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    <title>元木昌彦氏　　</title>
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    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
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    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞プレジデントオンライン　　　＞愛子様をこれ以上悲しませてはいけない ... 皇室の人権も国民の意思も無視して皇室典範改正を急ぐ高市首相の罪　　　＞元木昌彦によるストーリー・　　　＞7時間・　　　</p><p>＞「皇室典範改正」で思い出す秋篠宮様のひと言　　　　</p><p>＞2024年11月30日、秋篠宮が59歳の誕生日会見で語った「皇族は生身の人間」の意味を考え続けている。　　　　</p><p>＞当時も、皇族数確保のための制度改正論議は行われていた。　　　　</p><p>＞そのことに具体的に言及はしなかったが、議論の過程で「当事者」である皇室の人たちの意見を聴取する必要があるかどうかを記者から問われ、そう答えた。　　　　</p><p>＞加えて、制度によって「どういう状況になるのか、どういう考えをもっているかということを、生活や仕事の面でサポートする宮内庁のしかるべき人たちは理解しておく必要がある」と、宮内庁を叱った。　　　　</p><p>＞もちろん、宮内庁を名指しした裏には、皇室典範改正によって人生設計に影響を受ける、若い皇族たちの意見も聞くべきではないか、という強い思いがあったことは間違いないだろう。　　　　</p><p>＞秋篠宮はそれ以前の2009年の会見でも、今後の皇室のあり方が議論される際には「将来その当事者になる皇太子ほかの意見を聞くという過程も必要」と発言をしていた。　　　　</p><p>＞その若い皇族というのは、当時は、天皇の長女・愛子さん、秋篠宮家の長女・眞子さん、次女・佳子さん、長男・悠仁さんであることは間違いない。　　　　</p><p>＞愛子様、悠仁様の意向は誰も知らない　　　　</p><p>＞佳子さんは、皇室典範が改正されれば、長女の眞子さんのように結婚して皇室を出るという願いは叶わなくなる。　　　　</p><p>＞愛子さんは、国民の7～8割が天皇に即位することを望んでいるといわれるが、高市早苗首相は、女系天皇はもちろんのこと女性天皇にも否定的である。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本人は現実肯定主義者になる傾向がありますからね。日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞悠仁さんは秋篠宮に続いて皇位継承順位第2位だが、秋篠宮は辞退するといわれているので、このままいけば&amp;ldquo;異例&amp;rdquo;の事態で天皇に即位する可能性がある。　　　　</p><p>＞だが、&amp;ldquo;生身&amp;rdquo;の人間である3人から、自身が自分の将来をどう考えているのかはまったく伝わってこない。　　　　</p><p>＞宮内庁の人間が3人に直接話を聞いたという報道も読んだことはない。　　　　</p><p>＞私は、秋篠宮の発言に込められているのは、「象徴」という制度への静かな&amp;ldquo;異議&amp;rdquo;ではなかったかと考えている。　　　　</p><p>＞さらに、長女・眞子さんと小室圭さんが結婚する際、週刊誌、テレビを中心に激しいバッシング報道が続いたが、秋篠宮家は反論の機会を持たなかった。　　　　</p><p>＞しかし、皇族というのは「何を言っても傷つかない偶像」ではなく、普通の人たちと同じように悩み、傷つき、体調を崩す存在なのだという、当たり前だが切実な事実を訴えたのだと考えている。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞眞子さんが結婚後、ニューヨークへ旅立った後も、紀子さんをはじめとする秋篠宮家への誹謗中傷とも思える激しい週刊誌のバッシング報道は続いた。　　　　</p><p>＞秋篠宮の発言は、職業の選択、居住の自由、恋愛の自由、言論の自由が制限されている皇族の一人として、われわれにも尊厳を認めてほしいという切実な&amp;ldquo;訴え&amp;rdquo;ではなかったのか。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>切実な訴えでしょうね。　　　</p><p>意思のある所に方法がある。Where there&amp;rsquo;s a will, there&amp;rsquo;s a way.&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>ところが日本人には意思がない。</p><p>自由とは &amp;lsquo;意思の自由&amp;rsquo; のことである。意思のない人間には &amp;lsquo;〇〇の自由&amp;rsquo; もない。これでは人間がアニマルと同じ状態になる。わが国の皇族にも人間としての尊厳を認めるべきである。　　　　　　</p><p>序列人間である日本人は現人神は受け入れても、人間天皇は受け入れがたい。日本人にはリーズン (理性・理由・適当) がないので、リーズナブルな社会の建設に期待を寄せていない。　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>(略)&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>＞愛子天皇は中国の思惑？　　　　</p><p>＞中曽根平和研究所の上席研究員の大澤淳は、「日本の魅力」がFacebookに上げられた時、直ちにアカウントやコメントを追跡し、位置情報を割り出した結果、発信元は全て香港だと判明したというのである。　　　　</p><p>＞「中国の情報工作があるのは明白です。　　　　</p><p>＞目的は『敵社会』、つまりわが国の安定を崩すことです。　　　</p><p>＞皇室に目をつけたのは彼らが日本国を非常によく研修している証拠だといえます」（大澤氏）　　　　</p><p>＞今は皇室典範の改正にかかっているから、この機に愛子様、悠仁様を軸にして、日本の世論を分断するのが狙いだというのである。　　　　</p><p>＞櫻井曰く、「わが国の皇室は神武天皇以来、ずっと男系のお血筋で皇位を継承してきた。　　　　</p><p>＞中国はそれを変えさせようと情報工作に余念がない」として、中国は、愛子天皇を望む人と悠仁親王の皇位継承を推す人々を対立させて分断し、悠仁親王の天皇実現の可能性を潰すために、秋篠宮への嫌がらせを繰り返しているのだと見ている。　　　　</p><p>＞愛子天皇を実現することは中国の思惑通りになることであり、もし愛子天皇が即位して天皇となり、民間人と結婚すれば、愛子さんの子どもは男子であろうと女子であろうと、母親の血のみで皇統につながる女系天皇である。　　　　</p><p>＞その方が天皇になれば女系天皇の誕生になり、男系の血筋は絶えることになる。　　　　</p><p>＞「真の意味での皇統は滅びてなくなる」「私たちはその罠に嵌ってはならない」（櫻井）というのである。　　　　</p><p>＞私のようにFacebookやYouTubeをやらない人間は、「バカバカしい陰謀論」と思うしかない。　　　　</p><p>＞まさか陰謀論を信じたのでは&amp;hellip;　　　　</p><p>＞だが、高市首相が信頼する人間は極めて少ないようだから、その一人である櫻井が唱えるこうした陰謀論が、高市首相の耳に入っている可能性は極めて高いのではないだろうか。　　　　</p><p>＞そして、櫻井同様、中国嫌いの高市首相もこの話を信じたのではないか。　　　　</p><p>＞そう考えれば、「女性天皇」を容認していたはずの高市首相が、急に、認めないと変節した理由がわかる。　　　　</p><p>＞高市首相は毎回、世論調査に一喜一憂しているといわれる。　　　　</p><p>＞同じ世論調査で「愛子天皇を待望」している国民が7～8割もいるのである。　　　　</p><p>＞その人たちのほとんどは陰謀論に動かされているのではなく、悠仁さんが天皇になることを否定しているのでもなく、純粋に愛子さんが天皇に相応しいと考え、その実現を望んでいるのだ。　　　　　</p><p>＞現代の天皇は、国民の総意に基づくのだから、その総意を無視して、女性天皇の可能性を一切議論せず、最初から排除することなどあってはならないはずである。　　　　</p><p>＞早くも女性誌は、旧宮家の中に愛子さんにピッタリの男性がいるのではないかと、旧宮家の具体的な名前まで挙げて報じ始めている。　　　　　</p><p>＞しかし、皇族の数合わせしか関心のない政治家から、無理やり押し付けられた相手と彼女が結婚して、幸せになれるのだろうか。　　　　</p><p>＞私は、彼女の晴れやかな微笑みに隠された深い哀しみを思う。　　　　</p><p>＞たった一度の自分の人生を、自分の思う通りに生きることができないほど辛いものはないはずだ。　　　　　</p><p>＞「愛子さんの24の春を泣かせない」　　　　</p><p>＞政治家は、そのことを常に考えながら皇室制度改革に携わるべきである。　　　　</p><p>＞---------- 元木 昌彦（もとき・まさひこ） ジャーナリスト 1945年生まれ。　　　　</p><p>＞講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。　　　　</p><p>＞上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。　　　　</p><p>＞主な著書に『編集者の学校』（講談社編著）『編集者の教室』（徳間書店）『週刊誌は死なず』（朝日新聞出版）『「週刊現代」編集長戦記』（イーストプレス）、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』（現代書館）などがある。　　　　</p><p>＞ ----------　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人は無哲学・能天気であるから、自己の見解を明らかにすることはできない。だから子供の状態にとどまる。受け売りの教育により天下の秀才 (クイズ王) が沢山出来る。　　　　　　　</p><p>日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく：世人を教え導く人]　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>イザヤ・ベンダサンは、自著 &amp;lt;日本人とユダヤ人&amp;gt; の中で &amp;lsquo;自らの立場&amp;rsquo; について以下のように述べています。　　　</p><p>何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/940600_940026_1777396246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile940600_940026_1777396246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/940600_940026_1777396246.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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  <item rdf:about="https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864538">
    <title>美学秩序　　　　　</title>
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    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-28T20:41:07+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞Hint-Pot　　　＞「日本人はわざと自分に自由を与えない」ジョージア大使が見た日本人の美学秩序と引き換えに選んだ &amp;ldquo;窮屈さ&amp;rdquo; の価値　　　＞Hint-Potの意見・　　　＞７時間・　　　</p><p>＞日本の街を歩けば、ゴミひとつ落ちていない清潔な通り、時間通りに正確にやってくる電車――。　　　　</p><p>＞世界中から称賛される整然とした美しさを、日本人は当たり前だと思って過ごしています。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞しかし、その内側に身を置き続けてきたジョージア特命全権大使のティムラズ・レジャバさんは、完璧な秩序の裏側にある、日本人特有の感覚を感じ取っていました。　　　　</p><p>＞境界線に立つ&amp;ldquo;観察者&amp;rdquo;としての知性が見抜いた、日本社会の真の姿とは。　　　　</p><p>＞◇ ◇ ◇　　　　</p><p>＞「100％なじみきることは不可能」という潔い悟り　　　　</p><p>＞ティムラズさんが初めて日本の地を踏んだのは1992年、まだ4歳のときでした。　　　　</p><p>＞それから現在に至るまで、日本の公立校、大学寮、そして長い歴史を持つ日本企業・キッコーマンでの勤務という、稀有な経験を積み重ねてきました。　　　　</p><p>＞日本語を完璧に操り、日本社会を深く理解しているティムラズさん。　　　　</p><p>＞しかし、そんな大使であっても「自分は決して日本人にはなれない」という、冷静な自己認識を持っています。　　　　</p><p>＞「経験すればするほど、自分は日本に100％なじみきることはできないな、日本の社会の一部になるのは不可能だなと感じてきました。　　　　</p><p>＞たとえば、電車の中でも自分は頭ひとつ出ている。　　　　</p><p>＞どれだけ日本語を話し、友人が多くても、見た目が日本人じゃないように、内面もまた変わらないところがあるんじゃないかなと思います」　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人には現実があって、非現実がない。外面が全てですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞その言葉は、無理に同化しようとするのではなく、違いを認めたうえで「どう共存するか」を模索してきたティムラズさんの誠実さの表れでもあります。　　　　</p><p>＞自分は日本のことをよく知っているからこそ、より一層、日本のルールやマナーには気をつけなければならない――。　　　　</p><p>＞大使は人一倍強い適応への意識を持ち続けてきました。　　　　</p><p>＞「窮屈さ」が生み出す、世界に類を見ない美しさ　　　　</p><p>＞ジョージアから来客があると、誰もが「静かできれいで、なんて便利な国なんだ」と最初の印象を持つといいます。　　　　</p><p>＞しかし、長く暮らすティムラズさんの胸中には、それとは別の感情も同居していました。　　　　</p><p>＞「言葉では言い表せない窮屈感というか、社会の中からくる圧力のようなもの。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。それは気苦労ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞それはそれで、あるんだなといつも感じます。　　　　</p><p>＞そこで私がひとつ好きな言葉なのが、『自由のなさが自由』という言葉です。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;lsquo;不自由を常と思えば不足なし&amp;rsquo; ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞日本人はわざと自分に自由を与えない、みんなちょっと苦労して、それが美化されている部分があるなと」</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本人は自虐的ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞ティムラズさんは、日本人が「他人に迷惑をかけない」「プレッシャーや責任感を持つ」という姿勢を自らに課し、あえて不自由さを受け入れている姿に、日本特有のあり方を感じているといいます。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。意思のある所に方法はある。Where there&amp;rsquo;s a will, there&amp;rsquo;s a way.&amp;nbsp;</p><p>ところが日本人に意思はない。優柔不断・意志薄弱。無為無策で、坐して死を待つのか。生きる力に欠けている。　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞「ほかの国では、多少ルールがあいまいでも、その場の判断で柔軟に対応できることがあります。　　　　</p><p>＞日本人は自由の使い方が上手じゃないですよね。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>自由とは意思の自由のことである。意思のない人間には自由そのものにも意味がない。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞表面から見る日本と、中から見る日本とは、さまざまな違いがあるなと感じます」　　　　</p><p>＞マナーを守ることで得られる「市民権」　　　</p><p>＞外交官という職務の中でも、ティムラズさんが「苦労する」と明かすのが、この「不自由さ」の象徴とも言える日本のビジネスマナーや商習慣です。　　　　</p><p>＞他国にない細やかなルールが多いため、日本のスタイルに合わせていくには、大使館としても大きな努力が必要だといいます。</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから、日本人は現実肯定主義者になっている。現実は一通りしかない。議論にならない。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞「私自身も、日本のさまざまなルールをしっかり押さえることには苦労します。　　　　</p><p>＞だけど、しっかりとそれをやっていくと、意外とコミュニケーションがスムーズにいったり、信頼が集まったりする。　　　　</p><p>＞日本の社会の中での『市民権』のようなものが生まれてくるんです」　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>それは迎合主義ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞大使は自身のSNSを通じて、ユーモアと愛にあふれた日本の日常を発信し続けています。　　　　</p><p>＞その投稿の半分以上が日本に関する内容なのは、「相手のことを理解しないと自分のことも理解してもらえない」という相互理解を重要視する心がけからです。　　　　</p><p>＞日本人があえて自由を制限し、プレッシャーを引き受けることで維持されているこの社会。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>それは指示待ち人間の社会ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞その特殊なルールをあえて遵守することは、異分子である大使がこの国で信頼を築き、相互理解を深めるための、極めて合理的で誠実な選択なのです。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>郷に入っては郷に従え。　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞◇ティムラズ・レジャバ（Teimuraz Lezhava）　　　　</p><p>＞1988年、ジョージアの首都トビリシ生まれ。　　　　</p><p>＞1992年に来日し、日本の公立小・中学校で学ぶ。　　　　</p><p>＞早稲田大学国際教養学部を卒業後、2012年にキッコーマン株式会社へ入社。　　　　</p><p>＞2019年に駐日ジョージア臨時代理大使に就任し、2021年より特命全権大使を務める。　　　　</p><p>＞日本社会への深い理解と愛情、そしてユーモアを交えたSNSでの発信が大きな反響を呼び、X（旧ツイッター）のフォロワー数は37.1万人を超える（2026年4月現在）。　　　　</p><p>＞著書に『大使が語るジョージア 観光・歴史・文化・グルメ』（星海社新書）などがある。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>関連記事</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/167437_940025_1777376232.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile167437_940025_1777376232.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/167437_940025_1777376232.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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    <title>学歴　　　　</title>
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    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-26T20:34:36+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blo...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞東洋経済オンライン　　　＞「学歴」にこだわる人が見落としている人生の真実　　　＞安井元康の意見・　　　＞５か月・　　　</p><p>＞某地方自治体の市長の話を含め、相変わらず学歴に関する話題やネタには事欠かない印象だ。　　　　</p><p>＞そこで今回は、なぜ人はわざわざ他人の学歴を気にして、中高年になってもレッテル貼りに使うのか、はたまた、なぜ学歴が長年ホットな論争の話題でありうるのかについて考えていきたい。　　　　</p><p>＞学歴が論争の種になりやすい3つの特徴　　　　</p><p>＞まず、学歴は以下の3つの特徴のために、「わかりやすい評価指標」や「比較対象の基準」として使うのに圧倒的に便利だ。　　　　</p><p>＞それらの特徴とは、　　　　</p><p>＞① 学歴とは誰もが持っているものである　　　　</p><p>＞② 「偏差値」などの共通の指標でレベル感が可視化されており、共通認識として一般的に解釈され、受け入れられている　　　　</p><p>＞③ 過去にさかのぼって変えることができない　　　　</p><p>＞というものだ。　　　　</p><p>＞学歴は誰もがもっている「歴」であり、なおかつ、共通の認識としてそのレベル感が可視化されている。　　　　</p><p>＞そのため、非常にわかりやすい評価や比較対象の指標・基準として機能している。　　　　</p><p>＞しかも、過去にさかのぼって変えることができないため、ある人にとってはいつまでも「過去の栄光」として自分の価値証明として活用できる一方で、悪意のある人にしてみれば「過去の汚点」としての攻撃材料になりうる、ということになる。　　　　　</p><p>＞これが、例えば職歴など、ほかの「歴」であれば、レベル感の共通認識を持つことそのものが困難であったり、将来的に変わる可能性も大いにありうるので、比較対象の指標としては機能しにくい。　　　　</p><p>＞大企業の係長と中小企業の部長、大都市の大手企業の勤め人と地方の中小企業の社長、有名企業の勤め人とインフルエンサーやユーチューバー、海外の無名企業勤務者と日本の官公庁勤務者、などなど、本人またはよほど詳しい情報がない限り、仕事のスペックや人間性、年収などの把握が困難であるということは言うまでもない。　　　　</p><p>＞したがって、「わかりやすい評価指標や比較対象基準」とは言いがたい面がある。　　　　</p><p>＞さらに言うと、ある時期、同じ企業に勤務しており、同じようなスペックや仕事内容、報酬体系であった者たちが、数年後に転職や起業などを経て、いろいろな面で大きく差がつく、なんてこともザラである。　　　　</p><p>＞「過去のそのときの評価」が一生ものではないという意味においても、やはり「わかりやすい比較指標や比較対象基準」とはなりえないのだ。　　　　</p><p>＞「学歴」と「階数」に共通する要素　　　　</p><p>＞ちなみに、レベル感が共通認識として価値化されていることは、評価基準や比較対象基準として活用するには（もちろん一部の人たちにとっては、という前提ではあるが）非常に便利なのだ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人は序列人間である。　　　</p><p>日本人の礼儀は序列作法になっている。　　　</p><p>だから、礼儀正しい日本人は &amp;lsquo;人を見損なってはいけない&amp;rsquo; と始終緊張している。　　　</p><p>人を見損なわないためには、わかりやすい評価基準が必要である。　　　</p><p>それで学歴が非常に便利である。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞ある意味、タワーマンションの住民の「階数マウンティング」も同様だ。　　　　</p><p>＞外見やライフスタイルだけでは相手の社会的地位や経済的状況を判断できないので、「同じマンションという共通の土俵」において、値段などの価値がわかりやすく、なおかつ、そのマンション内限定ではあるものの、住民の共通認識として持たれている「階数」という指標によってレッテル張りをする浅はかな行為にいそしんでいる、という構図なのだろう。　　　　</p><p>＞はたから見れば、どんぐりの背比べ以上でも以下でもない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。&amp;rsquo;上と見るか、下見るか&amp;rsquo; のメンタリィティは礼儀正しい日本人には避けられないですね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞そもそも論として、他人との比較においてでしか自分の価値を判断できないこと自体に危機感を持つべきなのだが、それでも他人と比較したがるというのは一種のクセや習慣のようなものなのだろう。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本語文法のように階称 (hierarchy: 言葉遣い) があると他人と比較したがることになりますね。欧米人の社会は &amp;lsquo;ため口社会&amp;rsquo; ですから、雰囲気が違いますね。[ため口: 相手と対等の立場でものをいうこと]　　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞話を戻すと、「学歴を気にしない人」と「いつになっても学歴を持ち出したりする人」の違いはどこにあるのだろうか。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人の学歴は身分の言い換えにすぎませんね。身分制度は日本人に社会から抜け切れませんね。これは日本語文法の階称にためです。　　　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞結論から言ってしまうと、現在の自分の生活や環境に満足しているのか、現状に不満や不安を抱えているかの違いである。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>皆がリーズナブルな社会に生きたいですね。　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞現在の自分自身の生活や仕事などに満足している人は、当然であるが、目線は現在と将来を向いている。　　　　</p><p>＞過去をさかのぼっている暇もないし、その必要性もない。　　　　</p><p>＞あえて過去にさかのぼるのであれば、過去の成功ではなく、過去の失敗から学ぶため、ということくらいだ。　　　　</p><p>＞そして、自分自身の社会におけるポジションも、自分自身の価値も、自分なりの指標や考え方によって把握しているので、他人と比べるという思考にはならない。　　　　</p><p>＞反対に、現在の自分自身の生活や仕事などに満足しておらず、不満や不安を抱えている人の目線は「過去の栄光」に向きがちだ。　　　　</p><p>＞現在からは逃避したいし、将来を考える余裕がないので、過去に活路を見いだす。　　　　</p><p>＞「過去から学ぶ」のではなく、「過去に依存している」ともいえる。　　　　</p><p>＞そして、自分自身に対する自信がないがゆえに、他人との関わりや関係において、社会における自分の立ち位置などを必死に探そうとする。　　　　</p><p>＞その結果が、他人をおとしめることや他人のあら探しをすることで、自分の価値が上がったと勘違いしたり、勝った気になるという、自己肯定のための自己防衛行動に走ることになる。</p><p>&amp;nbsp;</p><p>これは日本人の好きな相対理論ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞学歴に活路を見いだすことのむなしさ　　　　</p><p>＞もちろん、これは本質的な行動や思考回路ではない。　　　　</p><p>＞他人をおとしめたり、他人の過去のあら探しをしても、自分の価値が上がるわけでもないし、自分自身の現在と将来に何かポジティブな影響があるわけでも決してない。　　　　</p><p>＞そう考えると、現在のように社会が多様化し、複雑化し、将来の見通しが立ちにくい世の中であるからこそ、不変的でわかりやすい「学歴」に最後の拠り所を見いだす人もより増えているのだろう。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>やはり日本語文法の弊害にたどりつきますね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞だが、大学に進学すること自体がエリートの象徴であった戦前などとは異なり、現在は大学の学位自体も価値もデフレ気味だ。　　　</p><p>＞皆が同じように大企業に就職するという時代であれば、年齢によって相手と自分の社会におけるポジションなどは容易に把握できたが、現在はカタカナ名の職業の乱立や人生の最高の瞬間切り取りメディアであるSNSの普及などにより、何が価値なのか、何が正解なのかもわからず、自分の人生に疑問を持つ人も増えている。　　　　　　</p><p>＞だからこそ、変わることはないし、共通認識として順番を明示してくれる「学歴」に活路を見いだす人が多いのだと思う。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人には世界観がない。勢い日本だけの学歴のはなしに集中しますね。それほど価値のあるものかは考えたこともない。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞「自分は●●大学出身だ」ということで、他人に自分が価値のある人間だと認識してほしいという欲求もあれば、自分自身を納得させ安心させる材料として使うという側面もあるだろう。　　　　</p><p>＞わからなくはないのだが、本来やるべきことは、現時点においてパフォーマンスを出すことであり、将来をより良くするための行動を起こすことであり、過去ではなく現在と将来の幸せを担保するための行動に注力することだ。　　　　</p><p>＞変わることのない過去を振り返り、過去に生きるのではなく、これから自分次第でいくらでも変えることのできる未来を見るべきだ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。　　</p><p>意思のある所に方法がある。Where there&amp;rsquo;s a will, there&amp;rsquo;s a way.</p><p>だが日本人には意思がない。優柔不断・意志薄弱。無為無策で坐して死を待つのか。仕方がないので、指示待ち人間になっている。　　　　　　&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞下を見て安心するのではなく、上を見てはい上がれ　　　　</p><p>＞それでも学歴で他人を判断したいという人には、ぜひ以下のことを覚えておいてほしい。　　　　</p><p>＞それは、現在のようにグローバル化されている世の中において、日本という限られたリーグの中における比較は意味がない、ということだ（前述のタワマン内のマウンティングと同様に）。　　　　</p><p>＞世界大学ランキングで見れば、日本の上位校も決して誇れる順位ではない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。井の中の蛙ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞経営者の学歴という観点でも、修士課程修了者が多い海外に比べて、学士主体の日本の経営者は低学歴だともいえる。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞要は、下を見て安心するのではなく、どうせ他人と比べたいなら、上を見て、自分がさらに上にはい上がるためのモチベーションとして活用してほしい、ということだ。　　　　</p><p>＞繰り返しになるが、相手の現在のパフォーマンスなどを見ずに、過去の一部の経歴だけ見て安心しても、自分自身の価値向上にはまったく関係がない。　　　　</p><p>＞変わらない過去ではなく、これからいくらでも変えることのできる将来を見据えて、前向きな行動と思考に努めるべし。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において自分の理想に相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/25463_939904_1777203206.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile25463_939904_1777203206.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/25463_939904_1777203206.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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  <item rdf:about="https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864523">
    <title>チェ・ソンホ氏　　　　</title>
    <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864523</link>
    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-26T13:42:41+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blo...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞東洋経済オンライン　　　＞学校の勉強では教養が身につかない最大の不都合　　　＞チェ・ソンホの意見・　　　＞１０か月・　　　</p><p>＞「教養がある人」と聞いて思い浮かべるのはどんなことだろう？　　　　</p><p>＞クラシック音楽を聴きながら優雅に紅茶を飲む――。　　　　</p><p>＞教養について、多くの人はこんなステレオタイプのイメージしか持っていない。　　　　</p><p>＞また、ある特定のジャンルにおいて知識の豊富さをひけらかす人がいるが、彼らもまた教養人といわれるわけではない。　　　　</p><p>＞韓国で300万部のミリオンセラーとなり、一大教養ブームを巻き起こした『全人類の教養大全1』著者のチェ・ソンホ氏は、専門性があることと、教養とはあまり関係がないという。　　　　</p><p>＞真の教養人とは、ざっくりとした「幅が広くて浅い知識」を使いこなす力がある人。　　　　</p><p>＞そして、これは学校ではなかなか教えてくれないのである。　　　　</p><p>＞人と人が会話するときの最低限の共通項　　　</p><p>＞現代哲学の権威、ウィトゲンシュタインは自身の本『哲学探究』で次のように語っている。　　　　</p><p>＞「もしライオンがしゃべることができたとしても、私たちは彼らが話していることを理解できないだろう」　　　　</p><p>＞なぜかっていうと、生活様式がちがうからだ。　　　　</p><p>＞与えられた環境と個人の経験がちがえば、僕たちは同じ言葉を話していたとしても、お互いを理解できない。　　　　</p><p>＞現代社会のコンクリートジャングルでも、僕たちはライオンに出会う。　　　　</p><p>＞仕事を振ってくるライオンもいれば、地下鉄に座ってスマホに夢中になっているライオンもいるし、久しぶりの再会なのに自慢話をまくし立てるライオンもいる。　　　　</p><p>＞会話や意思疎通に必要なのは言語ではない。　　　　</p><p>＞共通項だ。　　　　</p><p>＞そして人類の共通項は、僕がまだよく知らないだけですでにそこにある。　　　　</p><p>＞いまここにいる僕と皆さんだけでなく、過去や未来の人びとまでもいっしょに、すべての人が持っている共通項。　　　　</p><p>＞僕たちはそれを「教養」「人文学」と呼ぶ。　　　　</p><p>＞日本人が誤解している「教養」の意味　　　　</p><p>＞教養とは、クラシック音楽を聴きながら優雅に紅茶を飲むような、そんなものじゃない。　　　　</p><p>＞教養と人文学とはつまり、「幅広くて浅い知識」だ。　　　　</p><p>＞個人個人が持っている専門的な知識は生計を立てるためには必要不可欠だけれど、人と会話するときにはあまり役に立たない。　　　　</p><p>＞教養と人文学という人間の英知が、僕たちを奥深い大人のコミュニケーションゲームに招待してくれる。　　　　</p><p>＞教養とは「幅が広くて浅い知識」のことだ。　　　　</p><p>＞このような知識はコミュニケーションの基礎で、人と人が会話するときの最低限の共通項になる。　　　　</p><p>＞では逆に「幅が狭くて深い知識」は、どうだろう。　　　　</p><p>＞専門的で、個別的な知識だ。　　　　</p><p>＞このような知識は僕たちに専門性を与えて、ものごとをスムーズに、そして効率的に進めてくれる。　　　　</p><p>＞ほとんどの人はすでに狭くて深い知識を持っている。　　　　</p><p>＞これは学歴や教育水準が関連している場合もあるけれど、そうでない場合もある。　　　　</p><p>＞広報として働いている会社員は、会社の広報活動と最近の市場の雰囲気を誰よりもよく知っている。　　　　</p><p>＞IT業界で働く人はIT産業の現況と次世代の通信網に対する展望を持っている。　　　　</p><p>＞大学教授は自身の研究分野を深く理解している。　　　　</p><p>＞スイカを販売する人は現在のスイカの相場と、よく熟したスイカの見分け方をいちばんよく知っている。　　　　</p><p>＞豊かさと利便性だけでは生きていけない　　　　</p><p>＞こんなふうに「幅が狭くて深い知識」とは、人が成長する過程で周囲の環境から習得する、その人固有のユニークな知識だ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。名人の技ですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞専門知識がそれぞれの分野で最大限に発揮されるとき、社会は構成員全体に豊かさと利便性をもたらす。　　　　</p><p>＞けれど、豊かさと利便性だけでは生きていけない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。なんだかたんねえものがある。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞人間は人生の意味と価値を理解するために人と出会って、会話をし、関係を築く必要がある。　　　　</p><p>＞そして会話がなされるためには、お互いに基本的な共通項を持っている必要がある。　　　　</p><p>＞そこで必要なのが教養だ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。それはそれぞれの個人の哲学ですね。　　　</p><p>昔は西洋の人々は神の意志に従って生きた。今は神は死んだ(Gott ist tot)ので、個人が自ら価値を創造し主体的に生きることに重要性がある。</p><p>各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.&amp;nbsp; これは日本人も同じである。　　　</p><p>　　　&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　　　</p><p>＞教養とは人文学的な背景のことで、具体的には、歴史、経済、政治、社会、倫理などへの基本的な理解を意味する。　　　　</p><p>＞ドライブを楽しむためには最低でも運転免許が必要で、ギターを弾くには3つか4つのコードは知っておく必要があるように、大人のコミュニケーションゲームに参加するためには、基本的な資格が必要だ。　　　　</p><p>＞その資格とは「最低限の知識」。　　　　</p><p>＞それって、何だろう？　　　　　</p><p>＞答えから言ってしまえば、それは自分が暮らしている「世界」に対する理解だ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。それは自分自身の見解を明らかにすることですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞世界を理解してはじめて、そこに暮らしている「自分」を理解することができる。　　　　</p><p>＞そうやって深まった「自分」への理解は、より深く「世界」を理解するための土台になる。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/47656_939900_1777178449.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile47656_939900_1777178449.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/47656_939900_1777178449.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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  <item rdf:about="https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864522">
    <title>中曾根陽子氏　　</title>
    <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864522</link>
    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-26T11:12:14+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞東洋経済オンライン　　　＞正解がない「探究学習」、&amp;rdquo;浅い&amp;rdquo; が大半? 授業に差　　　＞中曾根陽子の意見・　　　＞６か月・　　　</p><p>＞生成AIの利用が当たり前になった時代、教育現場においても、こうした状況にどう向き合うのか緊急の課題になっています。　　　　</p><p>＞とくに生成情報、フェイク情報、誤情報が氾濫する中で、情報リテラシーと自ら考える力の育成は不可欠です。　　　　</p><p>＞探究の時間はそうした課題に向きあい、力をつける最善の機会のはずですが、求められる要求が高まる中、教員の負荷も増しており、頭を悩ましている先生も多いのではないでしょうか。　　　　</p><p>＞そんな中、単なる調べ学習に陥りやすい探究学習が、「グローバル視点」と「問いを立てる力」に確実に結びつく、学びに変わる探究メソッドと情報ツールがあるというので、取材をしました。　　　　</p><p>＞今回話を聞いたのは、探究メソッドを作った慶應義塾大学名誉教授の田中茂範氏と情報ツールRuleWatcher edu.を作ったオシンテックの代表 小田真人氏。　　　　</p><p>＞そして、このプログラムを実践している麗澤中学・高等学校の瀧村尚也氏です。　　　　</p><p>＞現状の探究活動がうまくいかない2つの理由　　　　</p><p>＞田中氏は、探究学習の創始者であるジョン・デューイ研究のメッカ、アメリカのコロンビア大学に留学して以来、40年以上にわたって、探究とプロジェクト学習研究を続けてきた専門家です。　　　　</p><p>＞その田中氏は「今の日本の探究プログラムの課題はメソッドがないこと、そして評価方法が明確でないことだ」と言います。　　　　</p><p>＞その結果、学校や業者が用意したプログラムをこなすだけに終わっていたり、単なる調べ学習になっていたりするケースも決して少なくありません。　　　　</p><p>＞実際、ある学校で、探究の時間は何をしているのかという質問に、「何かよくわからないことをしている」と答えた生徒がいました。　　　　</p><p>＞本来、探究学習は「日常生活や社会生活に目を向け、生徒が自ら課題を設定する」ということを目標にしているのですが、そこに至るまでの適切なサポートがないと、浅いレベルの調べ学習で終わってしまいかねないのが現実です。　　　　</p><p>＞しかし、正解を教える教育に慣れている教員にとって、正解がない授業を設計し評価まで行うのは、なかなか簡単ではありません。　　　　</p><p>＞田中氏は、「高校で探究学習が始まって3年、探究活動の第2段階に入る時期だ」として、メソッドから評価方法まで伴った本格的探究活動プログラムを作りました。　　　　</p><p>＞メソッドは次の4段階。　　　　</p><p>＞とくに物事の捉え方、考え方は探究活動をする上で欠かせませんが、それを助けるのが問いの設計です。　　　　</p><p>＞Part 1 現状を知る　(SDGs社会論）　　　　</p><p>＞Part 2 物事の捉え方・考え方を学ぶ（視点、創造的思考）　　　　</p><p>＞Part 3 探究活動のしかたを学ぶ（個人探究、協働探究、Discussion）　　　　</p><p>＞Part 4 自分の探究（研究）を行う（課題設定、リサーチクエスチョン、研究方法、先行研究、論文の書き方）　　　　</p><p>＞「何が起きているか？」「どのような状況か？」といった記述的問いで現状を視察し、「なぜそうなるのか？」「どのような要因が関与しているか？」といった分析的問いで原因を掘り下げ、「他の現象とどう関連するか？」「全体としてどう理解すべきか？」といった統合的問いで、枝を広げ、つながりを発見し、時間の流れを理解できる20の問いを用意しました。　　　　</p><p>＞田中氏は、「この問いは、どんなテーマにも共通して使えるし、物事を多面的に見る思考方法が身に付く」と言います。　　　　</p><p>＞これは専門的には意味空間分析といい、生徒の探究活動だけでなく、社会人にも欠かせない物事の捉え方であり、今後AIを活用していく際にも使える問いです。　　　　</p><p>＞生徒それぞれの興味を社会につなぐ&amp;ldquo;超&amp;rdquo;探究実践ツール　　　　</p><p>＞そして、社会の現状を知るツールとして採用したのが、RuleWatcherでした。　　　　</p><p>＞これは、世界100カ国以上の政府・国連関係機関・NGO等、信頼性のおける公的機関から発信される環境・人権といった社会課題ごとの最新の一次情報を言語統一して一元的に閲覧できるツールで、それらを分析できる機能も備わっています。　　　　</p><p>＞もともとはビジネスの事業開発、サステナブル推進、投資家対応、知財戦略、また政策立案や提言などへの活用を想定して作られた世界初のソリューションで、国際連合教育科学文化機関、国連ワールドサミットアワードからの認定および表彰を受けています。　　　　</p><p>＞これまで、官公庁や有名企業でも使われてきましたが、これを教育に活用することによって、「今の社会の問題」へのアクセスがかない、グローバルな視点や、生徒の内発的動機をもとにした創造的な問題解決力に繋がるのではということで、学校教育向けにRuleWatcher edu.をリリースしました。　　　　</p><p>＞開発した小田氏は、前職で日本企業の海外進出をサポートしていた時に、世界は欧米が作ったルールで動いていることを実感。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>「「権威主義」が悪の源でもなく、「民主主義」が混乱を生むものでもなく、それよりも、もっと根底にある日本人の習性である、「人」には従ったり（人を従えたり）、影響され（影響を与え）ても、「ルール」を設定したり、それに従う、という伝統がない社会であるということが、最も大きなガンになっているようである」 (中根千絵)　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞各国政府や世界的企業が出しているプレスリリースなどから、新しいルールが作られていく兆しを捉え準備していくことが、ビジネスや政策を立案していく上で欠かせないと、情報ツールの開発に取り組みました。　　　　　</p><p>＞「世界には196の国があり、使われている言語は5000から6000と言われています。　　　　</p><p>＞これから社会に出ていく子どもたちは、それだけの多文化があることや世界で起きていることを知り、その違いとどう向き合っていくのかを考えていくことが欠かせないが、このツールを使いこなすことで、データをどう集めていくのかを自分でハンドリングできるようになる」と田中氏。　　　　</p><p>＞RuleWatcherでは、多言語が英語に翻訳されており、さらに日本語翻訳を活用することもできるので使い勝手が良く、教員にとっても、情報を得るのに時間がかかるという課題が解決できます。　　　　</p><p>＞学校現場で取り入れてみたら&amp;hellip;　　　　　　</p><p>＞そこで、田中氏の探究プログラムの中にRuleWatcherを取り入れ、実際に学校現場で実装していきました。　　　　</p><p>＞その舞台となったのが、千葉県にある麗澤中学・高等学校です。　　　　</p><p>＞今年度から始まった高校1年生の基礎探究で前述のメソッドを共有し、11回にわたって探究活動のやり方を学びました。　　　　</p><p>＞このプログラムを採用したのが、探究推進チームリーダーの瀧村氏です。　　　　</p><p>＞その理由を「生徒たちには世の中で起きていることに関心を持ち、それを自分ごととして捉えることが大事だと思っていたが、それがこのプログラムで叶うと思った」と言います。　　　　</p><p>＞具体的には、田中氏の講義で世界的な視座で物事を見ることを学んだ後、田中氏が開発したテキストをもとに調査し、さらに授業中に投げかけられる多くの質問に対して考えたことをメモし、授業の最後5分間で、リフレクションシートの項目に記入します。　　　</p><p>＞次に前述の4つのパート「①現状を知る、②物事の捉え方・考え方を学ぶ、③探究活動のしかたを学ぶ、④自分の探究（研究）を行う」のそれぞれが終了した時点で300字から400字のリアクションペーパーを書きます。　　　　</p><p>＞さらに4つのパートのリアクションペーパーを参考にして夏休み中に1000字程度の学期末ペーパーを書きました。　　　　</p><p>＞現在はこのリアクションペーパーをデータベース化して分析し、ルーブリック評価を行っていますが、結果だけではなく生徒の成長過程を可視化する評価システムになっているそうです。</p><p>＞探究活動の調査に使ったのがRuleWatcherです。　　　　</p><p>＞これを使って探究活動を行う利点を次のように述べます。　　　　</p><p>＞「今世界で起きていることを一次情報から知ることができること。　　　　</p><p>＞机上の学びだが写真も豊富なので、リアルに感じられ、心の距離が遠くても実は自分の身近にあることだと気づき、世界への関心が深まる。　　　　</p><p>＞また、調べたことをシェアし、それをもとに議論する中で、人によって捉え方や分析が違っていることを知り多角的な捉え方ができるようになった」(瀧村氏)　　　　</p><p>＞バナナから世界の貧困問題への関心に辿り着く　　　　</p><p>＞ある生徒は、最初に入れたバナナというキーワードからウォッチしていき、最終的にアフリカの貧困地域に関する記事に辿り着き、世界の貧困問題に関心を持ちました。　　　　　</p><p>＞2学期は、それぞれがさらに深めたいテーマについて探究をしていく探究ゼミに移行します。　　　　</p><p>＞これは選択制ですが、研究計画書を作ってエントリーしなくてはならないにもかかわらず、全生徒253名の約9割が参加するそうです。　　　　</p><p>＞これまでも麗澤では、夢プロジェクトという探究活動を行ってきましたが、テーマが決まっていて受け身になりがちでした。　　　　</p><p>＞子どもたちは年齢が上がれば上がるほど、これをすれば正解だということキャッチし、先生の期待に応えようとするそうです。　　　　</p><p>＞それで良い評価を受けると、また正解探しの悪循環が生まれてしまう。　　　　</p><p>＞しかし、それでは自ら考える力は身に付かないし、AIの出してきた答えを鵜呑みにする人を育成することになってしまいかねません。　　　　　</p><p>＞今回の探究ゼミは、生徒の負荷が増えているにもかかわらず、生徒の意欲は高まっているようです。　　　　　</p><p>＞「本来探究とは、自分が気になって仕方ないことを探す旅路だと思っていますが、生徒たちはちょっとした情報との出会いで目が輝く瞬間があります。　　　　</p><p>＞そんな生徒の輝く瞬間を見ていくのが教員にとっても喜びです」と瀧村氏。　　　　</p><p>＞やはりいかに自分ごと化できるかが、探究活動成功のカギのようです。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>西洋人には意思がある。彼らの神様にも意思がある。意思のある所に方法がある。Where there&amp;rsquo;s a will, there&amp;rsquo;s a way. 求めよ、さらば与えられん。</p><p>日本人には意思がない。彼らの神様にも意思がない。優柔不断・意思薄弱。座して死を待つのか。生きる力が足りない。指示待ち人間になっている。　　</p><p>意思があると加害者意識が生じ、罪の問題が生じる。それで深刻な反省に陥り、真面目人間になる。原因究明に執念を燃やす。</p><p>意思がないと加害者意識が生じないので、罪が問題にならない。深刻な反省に陥ることもなく、真面目人間になることもない。常に浮いた気持になっていて、痛みを忘れる。原因追及には興味がない。　　　　</p><p>原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい　過ちは　繰り返しませぬから」と刻まれているが、歌詠みには過ちは何であるかを追求する執念がない。残念なことに何もわかっていないから過ちは避けられない。</p><p>昔は西洋の人々は神の意志に従って生きた。今は神は死んだ(Gott ist tot)ので、個人が自ら価値を創造し主体的に生きることに重要性がある。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞大切なのは、学びにリアリティがあるかどうか　　　　</p><p>＞田中氏は、40年以上研究を続け教育に関わってきて導き出した結論として、「学びにリアリティがあるかどうかが欠かせない」と言います。　　　　</p><p>＞生徒にとって意味があるか（Meaningful）。嘘っぽくないか（Authentic）。実感を持って問題を受け止められるか（Personal）。この頭文字をとったMAPの原理が、教育の導きの糸になるのです。　　　　</p><p>＞この機会に、現場の先生も、今やっていることが、生徒にとってリアリティのある活動になっているかを見直してみてはいかがでしょうか。　　　　</p><p>＞「教育は社会に出るための準備ではなく、循環的相互作用的であるべきだ」と言う田中氏。　　　　</p><p>＞社会の変化が教育に新たな要求をもたらし、教育が育成した人々が社会を変革し、その変化がまた教育に影響を与える。　　　　</p><p>＞この循環的サイクルにより、持続可能で適応的な学習環境が構築され、Well-beingの達成に向けて進むことができるのです。　　　　</p><p>＞次期学習指導要領の策定も始まっており、その中でWell-beingな社会の実現というキーワードも上がっています。　　　　</p><p>＞生成AIの活用が当たり間になった今、人間の知的作業は自動化され、残る人間の価値は多次元で考える思考能力だと言われていますが、それによって人々の共感を呼び起こすような選択ができるかどうかが問われます。　　　　</p><p>＞今回の取材を通して、教育の成果は個人にとどまらず、社会のいく末を左右するものになるのだと痛感しました。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/362611_939894_1777169448.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile362611_939894_1777169448.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/362611_939894_1777169448.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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    <title>神道　　</title>
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    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-26T09:11:28+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞ラブすぽ　　　＞なぜ神道は明確に定義できないのか？古代から現代まで変化し続ける「日本人の心の拠り所」の謎　　　＞ラブすぽの意見・　　　＞３か月・　　　</p><p>＞神道とは何か？開祖も教典もない「日本固有の信仰」が持つ不思議な正体と歴史　　　　</p><p>＞神道は明確な定義ができない　　　　</p><p>＞神道が「明確に定義できない」と言われる本当の理由　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人の文化には形式があって内容が無い。儀式があって教義がない。　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞神道は、古代から続く日本固有の信仰です。　　　　</p><p>＞なんだ、ちゃんと説明できているじゃないか、と思われるかもしれませんが、実は右の文は「ちゃんとした説明」にはなっていないのです。　　　　</p><p>＞たとえば、「古代」とはいつのことをいっているのでしょうか。　　　　</p><p>＞弥やよ生い 時代でしょうか、縄文時代でしょうか、それとも日本列島に人が住むようになって以来ということなのでしょうか。　　　　</p><p>＞また、「固有」とはどういうことでしょうか。　　　　</p><p>＞外来の要素をまったく含まないということなのでしょうか。　　　　</p><p>＞しかし、神道には外国から来たとされる神＊も信仰されています。　　　　</p><p>＞仏教・キリスト教との比較｜開祖がいない宗教の特異性　　　　</p><p>＞釈迦やイエスのような「教えの源」を持たない成り立ち　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>釈迦はインド哲学になる。イエスはスコラ哲学になる。日本人は無哲学・能天気にとどまる。　　　</p><p>印欧語族の文法には時制 (tense) というものがある。時制は非現実 (前世・現世・来世; 過去・現在・未来) の内容を搭載する構文を作る。　　　</p><p>非現実 (考え・哲学) の内容は教えの源になる。日本人の発言には非現実がなく、つかみどころがない。　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞そもそも一口に神道といっても、朝廷で行なわれてきたものと、各地の神社で行なわれてきたもの、庶民の間で信仰されてきたものでは、さまざま点で違いがあります。　　　　</p><p>＞また、時代によっても大きな変化がありました。　　　　</p><p>＞もちろん、時代によって変化したのは神道だけではありません。　　　　</p><p>＞どの宗教も何らかの変化を経ています。　　　　</p><p>＞しかし、仏教やキリスト教などは、神道ほど説明に苦労はしません。　　　　</p><p>＞仏教やキリスト教には開祖がいるからです。　　　　</p><p>＞ですから、仏教は「釈迦 が説いた教えに基づく宗教」、キリスト教は「神であるイエスが人々に伝えた教えに基づく宗教」といった説明ができます。　　　　</p><p>＞「日本固有」の神話と外来要素｜混ざり合い変化する神々の姿　　　　</p><p>＞大和朝廷の発展と神道の統合プロセス｜自然発生から国家の絆へ　　　　</p><p>＞しかし、神道には開祖はなく、日本各地で自然発生的に成立したものが、大和朝廷の発展に伴って統合されていったのです。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>無哲学・能天気の社会には開祖が育たない。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞その過程で外来の要素も取り込まれました。　　　　</p><p>＞ただ、はっきりしていることは、神道はいつの時代も日本人の心の拠り所となってきた、ということです。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人は &amp;lsquo;他力本願・神頼み&amp;rsquo; ですね。家内安全・商売繁盛・無病息災・大願成就ですね。　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞出典：『眠れなくなるほど面白い 図解 神道』監/渋谷申博　　　　</p><p>(略)&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/106516_939884_1777162194.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile106516_939884_1777162194.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/106516_939884_1777162194.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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  <item rdf:about="https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864517">
    <title>学歴主義　　　</title>
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    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-25T15:54:15+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞WEB Voice　　　＞日本社会は「高学歴の人にしかチャンスを与えない」　学歴主義の世知辛さ　　　＞WEB Voiceの意見・　　　＞３週・　　　</p><p>＞学歴不要論が盛んに議論される一方で、学歴社会が根強く残るのはなぜでしょうか。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>学歴社会は序列社会の言い換え過ぎないのでしょうね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞それは一体、誰のために存在するのでしょうか。　　　　</p><p>＞教育社会学を修め、企業の論理も熟知する組織開発の専門家による書籍『学歴社会は誰のため』より解説します。　　　　</p><p>＞※本稿は、勅使川原真衣著『学歴社会は誰のため』（PHP新書）から一部を抜粋・編集したものです。　　　　　</p><p>＞学歴社会では頑張りたいときに頑張れない　　　　</p><p>＞多くの人の人生は、学校（教育）から仕事へと連綿とつながっていくわけですが、学校の本当のすごみは、「進路」を決定づける力をもっていることです。　　　　</p><p>＞勉強の出来がとびきりよければ、入るのが難しいとされる難関校をめざすものです。　　　　</p><p>＞それが仮に高校だとしたら、その後も学びの遍歴を積み重ね、そして次なる学校段階である大学の入学試験にチャレンジすることでしょう。　　　　</p><p>＞他方で中学でグレて勉強に身が入らず、昼夜逆転した生活をして出席日数も足りず、読み書きもやっと......ではいわゆる名門難関高校には進学できません。　　　　</p><p>＞となるといまの社会において中卒で、正社員としていきなり働ける口は狭いものですから、何らかの非正規雇用の形で働きに出るか、入試倍率の低い高校に進む人もいるでしょう。　　　　</p><p>＞さて、そうした足跡に対して、こう思う人もいるかもしれません。　　　　</p><p>＞「頑張ってこなかったんだから仕方ないんじゃない?」と。　　　　</p><p>＞しかし、このことの本当のエグさは、次のような問いから深掘り可能です。　　　　</p><p>＞「じゃあ、頑張ろうと思ったときに社会は頑張らせてくれるのか?」　　　　</p><p>＞皆さんはどう考えますか。　　　　</p><p>＞つまり、何らかの事情で学童期に勉強がままならず、能力が低いと見なされた子が、「もう勉強はこりごりだ! 高校も大学も行かない!」といきりたって15歳で社会に出たとします。　　　　</p><p>＞ただ、人も環境も絶えず変化していますから、何かのきっかけで、「財務省に入って日本の経済をよくするんだ!」と思い立つ可能性もあります。　　　　</p><p>＞しかし、学歴主義のある種の世知辛さは、こういった人生の「路線変更」「ギアチェンジ」に際して露呈します。　　　　</p><p>＞つまり、野望を表明したところで現実世界は、その言葉を額面どおりに受け取るほど人の能力を信用しかねるのですね。　　　　</p><p>＞「本当に頑張れる人なら、もっと努力と実績を積み上げてきているけど?」と言い放つ威力を学歴主義は内包しているわけです。　　　　</p><p>＞仕事の難易度に加えて、多くの人がその仕事をしてみたいと願うのなら、当然そこには選抜が行なわれます。　　　　</p><p>＞となると、周り（社会）はある程度の努力の痕跡や実力の証明がないと、大勢の中から「なぜあなたがこの仕事をするのか?」の説明がつかず、認めるわけにはいかないのです。　　　　</p><p>＞そうして学校から仕事へと「順当に」進路が水路づけられるよう、過去の積み重ねと現在の実力が学校教育というライフステージで絶えず問われ、鍛えられます。　　　　</p><p>＞そうやって、厳しくも正当性をもって仕事が振り分けられていく――これぞ日本の教育システムであり、それと接続する就職システムの基本形と言えます。　　　　</p><p>＞努力と実力の度合いを測るための学歴　　　　</p><p>＞学歴社会が最高、最善の社会システムかどうかはわかりません。　　　　</p><p>＞いつの時代も何であれ、ああだこうだと欠陥を指摘されるものですが、かといって、次の素朴な気持ちに反論できる人はいるでしょうか。　　　　</p><p>＞「お金をもらってやる仕事（プロフェッショナル）をするうえで、努力し続けられる人でかつ、仕事を全うするうえで必要水準以上の能力はもっていてほしいんですが......」と。　　　　</p><p>＞たとえば「やる気はあるけど勉強したことはありません♪」なんて医者がいたら、患者からしたら絶対に嫌でしょう。　　　　</p><p>＞弁護士もしかり、他のもろもろの職業もしかりだし、政治家だってちゃんと実績といまの手腕を見極めたいですよね。　　　　</p><p>＞だって、その仕事の先にいる顧客・サービスの受け手としては我が身に降りかかってくる話なわけです。　　　　</p><p>＞つまり、能力主義の問題は誰にとっても自分事で、その利害というのは互いに絡み合っているのです。　　　　</p><p>＞利害が交錯すると何が起きるか。　　　　</p><p>＞1つには、相互に監視（評価）し合うことを許してしまうと考えます。　　　　</p><p>＞「ちゃんとできるんでしょうね? やってるんでしょうね? 頼みますよもう」という具合に、誰かの仕事は誰かに絶えず見張られている。　　　　</p><p>＞この緊張状態のなか、なんとか成り立っているのが近現代の能力主義であり、それを代表的なクレデンシャル（認定証）にした貨幣経済であり、労働社会と言えます。　　　　</p><p>＞そう考えると、「努力と実力の度合いを推し測るにあたって、過去の学びの道程と、達成度合いがわかる学歴が参考にならないわけがないよね?」というくらいの話だと思えてこないでしょうか。　　　　　</p><p>＞人生を左右するなら必死になりますよね?　　　　</p><p>＞試験を行ない、選抜や評価を続ける近現代の学校システムが能力の証明機関となり、能力主義をバックアップする。　　　　</p><p>＞同時に、学校には序列ができています。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。わが国は序列社会でできていますね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞難関校、中堅校、実質的には試験なしで誰でも入れる学校......などと枝分かれし、人びとは「能力」次第で、どの程度の学校をめざすのかを決め、試験の結果で水路づけられていきます。　　　　</p><p>＞ここまでは序の口。　　　　</p><p>＞能力主義が学校教育の前提であることが仮に教育だけの話であれば、人生の一時期の話なので、どこかで終焉を迎えていてもおかしくありません。　　　　</p><p>＞ただ能力主義が不朽の社会システムであるのは、学校での教育歴が、「稼ぎ」を左右する職業選択にもそのまま多分に影響しているからです。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。今の学歴は、昔の身分ですね。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞「あの学校に入れてうまくやれたのなら、きっと難しい仕事もこなせるよね」という学歴（学校歴を含む）の職業分配機能を立派に成り立たせたわけです。　　　　</p><p>＞職業における「訓練可能性」としての学歴。　　　　</p><p>＞「誰ができそうか?」のシグナルとしての学歴。　　　　</p><p>＞これは社会が学歴を、効率的かつ説得的に社会生活のあらゆる原資を分け合うための重要ロジックだと、合意している状態と言えます。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>所詮、子供の勉強の成果ですね。　　　</p><p>　</p><p>＞こうも人生を左右する話が、人びとの話題から消え去るわけがありません。　　　　</p><p>＞学歴があぁだこうだとしばしば批判されながらも、格好の会話のネタ、酒の肴であり続けるのは、こうした背景からなのです。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>子供の勉強は他人の受け売りをすること。</p><p>大人の勉強は自己の見解を明らかにすること。自己の見解を論文として発表し、英米流の高等教育機関から独創性を認められると、学位 (哲学博士　= Doctor of Philosphy: Ph.D.) が得られる。ぜひやるべき勉強です。</p><p>日本人は無哲学・能天気であるから、自己の見解を明らかにすることはできない。だから子供の状態にとどまる。受け売りの教育により天下の秀才 (クイズ王) が沢山出来る。　　　　　　　</p><p>日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく：世人を教え導く人]　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>イザヤ・ベンダサンは、自著 &amp;lt;日本人とユダヤ人&amp;gt; の中で &amp;lsquo;自らの立場&amp;rsquo; について以下のように述べています。　　　</p><p>何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/244057_939877_1777099932.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile244057_939877_1777099932.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/244057_939877_1777099932.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
  </item>
  <item rdf:about="https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864510">
    <title>黒田武一郎氏　　</title>
    <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864510</link>
    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-24T18:07:17+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blo...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞TBS NEWS　　　＞宮内庁長官「皇室のお気持ち踏まえる」「私たちは現行法を適切に運用する立場」 皇位継承議論めぐり見解　　　＞TBS NEWS DIG_Microsoftによるストーリー・　　　＞22時間・　　　</p><p>＞安定的な皇位継承や皇族数の確保をめぐる全体会議が再開したことについて、宮内庁の黒田武一郎長官がきょう、定例記者会見で考えを表明しました。　　　　</p><p>＞記者から「宮内庁としてどのように対応するか」と問われると、「協議内容にコメントする立場にございません」としたうえで、「動きを注視しているという状況」と話しました。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。動きを注視するは日本人のいつもすることですね。それ以上のことはあり得ないですね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞会議は15日におよそ1年ぶりに再開し、▼（1）女性皇族が結婚後も皇室に残る、▼（2）旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎えるの2つの案を中心に議論。　　　　</p><p>＞森衆院議長は「今の国会中に皇室典範の改正案を成立までこぎつけたい」としています。　　　　</p><p>＞黒田長官は、2つの案が成立した際に対象になる皇族や該当者への意向確認を事前に行っているか問われ、「私たちは現行法を適切に運用する立場です。　　　　</p><p>＞現行法では禁止されていることにつきまして、私たちが具体的に考えたり対応するということは、あり得ない話になります」と見解を述べました。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。法律で禁止することを役人が実行することはありえないですね。しかし序列メンタリィティを持つ庶民は高官に助けを求めますね。　　　</p><p>日本人は現実肯定主義ですね。頭の中に現実 (事実) だけがあって非現実 (考え・哲学) の代替え案がないのですから、普通の日本人には現実肯定主義者以外にはなりえない。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞そのうえで、「皇室をお支えするために何かの現行制度が改正されるということになった場合ならば、それは当然、その内容に則して、皇室の方々のお気持ちを十分に踏まえながら、できる限りで対応していく」としました。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>日本人には世界観がない。だから次の世界に移行するといったような革命的なことは発想できない。その議論もできない。&amp;rsquo;お変わりの無いことが良いことです&amp;rsquo; となる。　　　　　　　　　　</p><p>伝統的な無哲学・能天気の状態では日本人の社会をどうすることもできない。革命とは無縁なガラパゴスの国になる。理不尽を抱えた安定した国になっている。これが日本人の切なさである。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>子供の勉強は他人の受け売りをすること。</p><p>大人の勉強は自己の見解を明らかにすること。自己の見解を論文として発表し、英米流の高等教育機関から独創性を認められると、学位 (哲学博士　= Doctor of Philosophy: Ph.D.) が得られる。ぜひやるべき勉強です。</p><p>日本人は無哲学・能天気であるから、自己の見解を明らかにすることはできない。だから子供の状態にとどまる。受け売りの教育により天下の秀才 (クイズ王) が沢山出来る。　　　　　　　</p><p>日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は他人の意見の受け売りの仕方ばかりを教えられて、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく：世人を教え導く人]　　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>イザヤ・ベンダサンは、自著 &amp;lt;日本人とユダヤ人&amp;gt; の中で &amp;lsquo;自らの立場&amp;rsquo; について以下のように述べています。　　　</p><p>何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/69664_939853_1777021544.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile69664_939853_1777021544.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/69664_939853_1777021544.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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  <item rdf:about="https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864504">
    <title>博士が減る　　</title>
    <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=864504</link>
    <dc:subject>アルバム</dc:subject>
    <dc:date>2026-04-24T06:33:45+09:00</dc:date>
    <dc:creator>シンちゃん</dc:creator>
    <description>&lt;p&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"&gt;&lt;img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;a class="albumPic" href="/img/ima...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞東洋経済オンライン　　　＞ノーベル賞学者が警告「日本の博士が減る」真因　　　＞本庶佑の意見・　　　＞３か月・　　　</p><p>＞日本国内で大学院の博士課程を修了した人の人数が減少傾向をたどっている。　　　</p><p>＞問題の本質はどこにあるのか。　　　　</p><p>＞2018年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞した、本庶佑・京都大学高等研究院特別教授からの特別寄稿をお届けする。　　　　</p><p>＞大学院博士課程修了者がだんだん減少しているという問題について、私なりの考察を述べたい。　　　　</p><p>＞大学院博士課程は、2年の修士課程の後、3年間の教育を経て、論文審査を合格したものに与えられる資格である。　　　　</p><p>＞この博士課程の入学者にとって、あるいは入学を考慮する者にとって何が重要かといえば、それだけの年月と経済的負担を負って得た博士号という資格による将来的な期待できる利益、あるいは期待される社会的に有利な結果などが「インセンティブ」になると思われる。　　　　</p><p>＞大学院教育の修士課程では、より幅広い知識の獲得に主眼が置かれる。　　　　</p><p>＞博士課程では、その分野の深い知識と、研究ができるような新規開発の力を生み出すことが求められる。　　　　</p><p>＞博士課程の修了生は、その分野の深い知識のみならず、その分野の問題点を掘り出し、それをいかにして解決するかという方法論を身につけることを要求される。　　　　</p><p>＞したがって、そのような能力を欠いた大学院修了生を世に送り出している大学が多いとすれば、大学側は研究科として十分に反省し、社会の期待に応えねばならない。　　　　</p><p>＞博士課程修了者を減少させている2つの要因　　　　</p><p>＞しかし、現状を見渡すと、大学院博士課程修了者がだんだんと減少しているという深刻な問題がある。　　　　</p><p>＞現在の日本においては、冒頭で述べた博士号取得のインセンティブが決定的に欠けていると言わざるをえない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。しかしそれだけでもなさそうですね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞第1の要因は、経済的負担に対する支援の乏しさである。　　　　</p><p>＞最低3年間におよぶ学費を誰が保証するのか。　　　　</p><p>＞現状の奨学金制度は十分とはいえない。　　　　</p><p>＞私の知る限り、ヨーロッパでは博士課程の学費はほぼ無料である。　　　　</p><p>＞アメリカにおいても、大学がまとめて奨学金を獲得し、入学試験合格者に対しては学費をとっていない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本人の学問に関する価値観の問題がありますね。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞これに対し、日本では生活費はもとより、国立大学で年間約80万円から100万円程度の授業料が必要となる。　　　　</p><p>＞一人暮らしの生活費を含めれば、年間で最低200万円が必要となる。　　　　</p><p>＞これらをローン（貸与型奨学金）で補えば、将来負うべき経済的負担は相当なものとなる。　　　　</p><p>＞若者にとって、これはあまりに大きなリスクである。　　　　</p><p>＞第2の要因は、博士号の取得がどのような「効用」をもたらすかという点である。　　　　</p><p>＞就職に有利になる、あるいは将来的に重要な地位が得られるといった即物的なインセンティブが本来は必要だが、残念ながら日本の企業において、博士課程修了者を十分に活用する仕組みは整っていない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本の国には個人主義がない。企業は個人の力を求めていない。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞むしろ、企業側が博士課程修了者を敬遠する風潮すらある。　　　　</p><p>＞企業側の言い分としては、「修士課程修了者は柔軟性が高く扱いやすい一方、博士課程修了者は専門分野に凝り固まっていて応用力に欠ける」という見方が存在し、その結果、博士人材の採用を控える傾向があるのだ。　　　　</p><p>＞国と企業に求められる行動変容　　　　</p><p>＞さらに、2008年のリーマンショック以降、多くの日本企業は社内の研究所を縮小、あるいは解体してきた。　　　　</p><p>＞この方針は、経済産業省が推進した「オープンイノベーション」という政策のもとで進められた。　　　　</p><p>＞だが、その実態は、自前で新たなシーズを創出することを放棄し、つねにアメリカなど諸外国による技術の「二番煎じ」ばかりを追求するものだったと言わざるをえない。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本人の教育は他人の受け売りですからね。正解を暗記することにより受験の王者になれる。　　　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞その結果、企業にとって研究所自体の必要性が低下し、高度な研究能力を持つ人材の価値も軽視されるようになったのである。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>それは残念なことですね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞以上の考察を踏まえ、私は以下の2点を提案したい。　　　　</p><p>＞まず、大学側においては、博士課程の学生に対して十分な奨学金を用意し、少なくとも授業料は免除すべきである。　　　　</p><p>＞そして、そのような支援を大学が自律的に行えるよう、国による抜本的な財政的支援が必要である。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。政治哲学の問題ですね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞次に、社会の受け皿、とりわけ企業の文化を決定的に変えなければならない。　　　　</p><p>＞アメリカや欧州においては、博士学位は就職時の初任給に反映されるのみならず、その後の昇進においても明らかに優遇される。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>博士号を持っている人は学者ですからね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞何より、博士学位を持つ人の能力をうまく活用する現場の仕組みが存在している。</p><p>&amp;nbsp;</p><p>人びとは学者に自己の見解を期待していますからね。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞残念ながら、現在の日本においては、博士課程のような高度な研究・教育を受けた有能な人材を使いこなす仕組みができていない。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。日本人に議論は成り立ちませんね。日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから、哲学博士 (Doctor of Philosophy: Ph. D.) は不要である。　　　　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞社会の側は、深い知識のみならず、問題を掘り出し、解決に向けた道筋を探る能力を持った博士課程修了者を、さまざまな分野で積極的に活用していくことが重要である。　　　　</p><p>＞これにより、社会が抱える問題の本質が明らかになり、それを解決していくという姿勢が生まれることで、社会は大きく動いていくはずだ。　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>西洋人には意思がある。彼らの神様にも意思がある。　　　</p><p>日本人には意思がない。彼らの神様にも意思がない。　　</p><p>意思があると加害者意識が生じ、罪の問題が生じる。それで深刻な反省に陥り、真面目人間になる。原因究明に執念を燃やす。</p><p>意思がないと加害者意識が生じないので、罪が問題にならない。深刻な反省に陥ることもなく、真面目人間になることもない。常に浮いた気持になっていて、痛みを忘れる。原因追及には興味がない。　　　　</p><p>原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい　過ちは　繰り返しませぬから」と刻まれているが、歌詠みには過ちは何であるかを追求する執念がない。何もわかっていないから過ちは避けられない。</p><p>昔は西洋の人々は神の意志に従って生きた。今は神は死んだ(Gott ist tot)ので、個人が自ら価値を創造し主体的に生きることに重要性がある。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞日本社会全体が抱える極めて重要な課題　　　</p><p>＞こうした博士課程修了者の活躍の場は、民間企業にとどまらない。　　　　</p><p>＞いわゆるお役所や銀行などの金融業界へも大幅に広がるべきである。　　　</p><p>＞中央官庁のみならず、地方の現場でも新しい問題が次々と起こっており、既存の方法のやり繰りだけでは解決できない局面が多々ある。　　　　</p><p>＞こうした場でこそ、博士号を持つ人材はその力を十二分に発揮するであろう。　　　　</p><p>＞社会の中での実践的な経験値のみを評価するのではなく、高レベルの教育を生かせる職場環境を構築していかなければならない。　　　　</p><p>＞これは日本社会全体が抱える極めて重要な課題である。　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。我々日本人は無哲学・能天気ではいられませんね。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>＞この課題を克服し、高度な知を尊重する社会へと変革することによって初めて、日本はこれからの厳しい国際競争に生き残る国として、再び名乗りを上げることができるはずである。　　　　　　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>そうですね。　　　</p><p>我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。自己の見解を明らかにすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩により一層の貢献が可能になるでしょう。　</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/388787_939823_1776979864.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile388787_939823_1776979864.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/388787_939823_1776979864.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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