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    <title>シンちゃんのブログ</title>
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    <description>シンちゃんのブログ</description>
    <language>ja-jp</language>
    <pubDate>Mon, 27 Jul 2026 07:04:35 +0900</pubDate>
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    <item>
      <title>田中真紀子氏　　</title>
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      <description>&amp;nbsp;＞ABEMA TIMES　　　＞「愛子さまを天皇にすることができないと&amp;hellip;」「突然えいやっとやってしまった」田中真紀子氏が高市内閣の皇室典範改正の経緯を批判「民主的なプロセスがない」　　　＞ABEMA TIMES (Microsoft)によるストーリー　　　＞・7時間・　　　＞7月22日、元外務大臣の田中真紀子氏がニュース番組『わたしとニュース』に出演。　　　　＞会期が7月25日まで延長された今国会や世論の関心が高い皇室典範改正などを巡り、&amp;ldquo;真紀子節&amp;rdquo;を交え現在の政局を論じた。　　　　＞「発信力があって魅力的だな...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865244#comment</comments>
      <pubDate>Fri, 24 Jul 2026 03:13:01 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞<span>ABEMA TIMES</span>　　　＞「愛子さまを天皇にすることができないと<span>&amp;hellip;</span>」「突然えいやっとやってしまった」田中真紀子氏が高市内閣の皇室典範改正の経緯を批判「民主的なプロセスがない」　　　＞<span>ABEMA TIMES (Microsoft)</span>によるストーリー　　　＞・<span>7</span>時間・　　　</strong></p><p><strong>＞<span>7</span>月<span>22</span>日、元外務大臣の田中真紀子氏がニュース番組『わたしとニュース』に出演。　　　　</strong></p><p><strong>＞会期が<span>7</span>月<span>25</span>日まで延長された今国会や世論の関心が高い皇室典範改正などを巡り、<span>&amp;ldquo;</span>真紀子節<span>&amp;rdquo;</span>を交え現在の政局を論じた。　　　　</strong></p><p><strong>＞「発信力があって魅力的だなという人がいない」今の政治への疑問　　　　</strong></p><p><strong>＞番組冒頭、自民党・民主党双方で閣僚を務めた&amp;ldquo;政界のレジェンド&amp;rdquo;である田中真紀子氏に対し、今の政治がどう見えているかが問われた。　　　　</strong></p><p><strong>＞田中氏は、「魅力がない」と一蹴。　　　　</strong></p><p><strong>＞「与野党を通じて、『この人は発信力があって魅力的だな』という方がいない」と厳しく指摘した。　　　　</strong></p><p><strong>＞現代の<span>SNS</span>時代における情報発信の難しさに一定の理解を示しつつも、「世の東西を問わず変化はある。　　　　</strong></p><p><strong>＞その中で先を見通し、国民や世界が求めているものを自ら集めて発信し、具体化していくのが政治家の仕事。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。政治には未来の先取りが必要ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞そういう意識がトータルでない人が多いのではないか」と自論を展開した。　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。日本人は現実肯定主義者ですからね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞皇室典範改正「突然出してきた。国民との乖離がある」　　　　</strong></p><p><strong>＞今国会では、皇室典範の改正を含む重要法案が成立。　　　　</strong></p><p><strong>＞会期は<span>7</span>月<span>25</span>日まで延長された。　　　　</strong></p><p><strong>＞また、世論調査では<span>7</span>割近くが「女性天皇の議論が必要」と答えている現状がある。　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞こうした状況について田中氏は、「まず高市内閣でこういう問題をテーマに出すとは思っていなかった。　　　　</strong></p><p><strong>＞国会での議論でよく話した結果結論として出したものじゃなく、突然彼女が出してきたという感じがする」「国会での議論や国民とよく話をした結果として出しているものではなく、突然出してきた感じがする」と批判。　　　　</strong></p><p><strong>＞「熟議をしないでいつも唐突に物事を出されるなと思っている」と指摘した。　　　　</strong></p><p><strong>＞さらに、女性天皇・女系天皇の議論が棚上げされていることについて&amp;hellip;。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>男女同権は我が国に課せられた重要な議題ですね。男女同権で合意ができないと時代遅れになりますね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞「もっとじっくり議論をして、世間の国民の声、それを代表している議員の声を聞いて決めるという民主的なプロセスがないと思う。　　　　</strong></p><p><strong>＞国民の意見も聞かないで突然やってしまった」　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>真珠湾攻撃のようなものですね。突然ですね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞さらに、国民の意識と政治の動きとの間に生じている&amp;ldquo;乖離&amp;rdquo;に懸念を示した。　　　　</strong></p><p><strong>＞「日本の皇室は大事な文化。　　　　</strong></p><p><strong>＞国民も敬っている。　　　　</strong></p><p><strong>＞私も個人的にお話させていただいた事があるが、皇族のみなさまは本当に国民のことを思っていらっしゃる。　　　　</strong></p><p><strong>＞お優しい、良い方々ばかり。　　　　</strong></p><p><strong>＞そういう事が国民によく伝わるように政治家が努力をするならいいが、愛子さまを天皇にすることができないと思われる上に、外部から縁のある養子縁組をすると。　　　　</strong></p><p><strong>＞そういう人たちも困るんじゃないですか？　　　　</strong></p><p><strong>＞一般国民の生活をしていて急に皇族の生活をと言われても。　　　　</strong></p><p><strong>＞皇族の意見も雰囲気も聞かないで突然えいやっとやってしまった。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>太平洋戦争開戦のようなものですね。盲目の判断ですね。結果の判断も予想せずにやってしまった。軽率なことこの上もない。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞これは元に戻せないかもしれないですけど、もう一回できることなら考え直してほしい」　　　　　　</strong></p><p><strong>＞（『わたしとニュース』より）　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。</strong></p><p><strong>わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。現実ばかりがあって非現実の内容<span> (</span>視点・論点<span>) </span>がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。　<span>[</span>木鐸<span>=</span>ぼくたく：世人を教え導く人<span>]</span>　</strong></p><p><strong>「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン<span> (</span>理性・理由・適当<span>) </span>の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人主義がなく、個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。　　　　　　　　</strong></p><p><strong>英米流の高等教育機関において、自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば、独創性が認められると学位<span> (</span>博士号など<span>) </span>が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>イザヤ・ベンダサンは、自著<span> &amp;lt;</span>日本人とユダヤ人<span>&amp;gt; </span>の中で<span> &amp;lsquo;</span>自らの立場<span>&amp;rsquo; </span>について以下のように述べています。　　　</strong></p><p><strong>何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・<span> (</span>引用終り<span>)&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; </span></strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/889287_941805_1781090524.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile889287_941805_1781090524.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/889287_941805_1781090524.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>室橋裕和氏　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865243</link>
      <description>&amp;nbsp;＞東洋経済オンライン　　　＞「いまの日本は清朝に似ている」豊かさゆえの　&amp;ldquo;思考停止&amp;rdquo;　に危機感を抱く中国人記者が、無償で在日外国人を取材し続ける理由　　　＞室橋裕和の意見　　　＞・６時間・　　　(略)&amp;nbsp; ＞豊かになって、ほっとしてしまった日本　　　　＞日本に来て14年。　　　　＞劉さん自身の日本人に対するイメージもずいぶんと変わった。　　　　＞「中国人の間ではよく、日本人は冷たいとか本音を言わないって聞きます。　　　　＞でも、日本人も人それぞれですし、仲良くなれば本音で話してく...</description>
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      <pubDate>Thu, 23 Jul 2026 23:20:53 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
      <guid>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865243</guid>
      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞東洋経済オンライン　　　＞「いまの日本は清朝に似ている」豊かさゆえの　&amp;ldquo;思考停止&amp;rdquo;　に危機感を抱く中国人記者が、無償で在日外国人を取材し続ける理由　　　＞室橋裕和の意見　　　＞・６時間・　　　</strong></p><p><strong>(</strong><strong>略<span>)&amp;nbsp; </span></strong></p><p><strong>＞豊かになって、ほっとしてしまった日本　　　　</strong></p><p><strong>＞日本に来て<span>14</span>年。　　　　</strong></p><p><strong>＞劉さん自身の日本人に対するイメージもずいぶんと変わった。　　　　</strong></p><p><strong>＞「中国人の間ではよく、日本人は冷たいとか本音を言わないって聞きます。　　　　</strong></p><p><strong>＞でも、日本人も人それぞれですし、仲良くなれば本音で話してくれる。　　　　</strong></p><p><strong>＞人間は人間、みんな同じです。　　　　</strong></p><p><strong>＞文化が異なるだけなんです」　　　　</strong></p><p><strong>＞日本人の中には「中国では反日教育が行われていて、みんな日本人が嫌いなんだろう」と思っている人もいる。　　　　</strong></p><p><strong>＞だが、それも人それぞれだということをわかってほしいと劉さんは言う。　　　　</strong></p><p><strong>＞「過去に日本が中国に行った侵略の事実に対しては、もちろん深刻に受け止めてもらう必要はあると思います。　　　　</strong></p><p><strong>＞ただ、いまを生きる日本人に対して憎しみを持っている中国人はそう多くないと思います。　　　　</strong></p><p><strong>＞そもそも、大嫌いだったらこんなにたくさん日本に来ないですよ」　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>2025</span>年末の時点で<span>93</span>万人の中国人が日本で暮らす。　　　　</strong></p><p><strong>＞同年の中国人の訪日客数は<span>900</span>万人を超える。　　　　</strong></p><p><strong>＞日本人とわかり合いたいと考えている、劉さんのような中国人だってふつうにいる。　　　　</strong></p><p><strong>＞そんな劉さんの目に、いまの日本は「もったいない」とも映る。　　　　</strong></p><p><strong>＞「経済や社会が発達して豊かになって、みんなどこかほっとした生活を送るようになり、思考停止してしまっているように思うんです」　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人は昔から思考停止をしていますね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞それが日本の閉塞感や停滞感につながっているのではないか。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人はどこにも行かない。それで日本人は安心しています。お変わりのないことが何よりなことです。　　　</strong></p><p><strong>西洋人は <span>&amp;lsquo;</span>我々はどこから来たか<span>&amp;rsquo;</span>、<span>&amp;rsquo;</span>我々は何者であるか<span>&amp;rsquo;</span>、<span>&amp;rsquo;</span>我々はどこに行くのか<span>&amp;rsquo; </span>を考えています。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞「日本人には考える力がしっかりあるはずなのに、もったいない。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人は無哲学・能天気です。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞中国の歴史で言うと、日本の現状は清朝に似ている部分があると感じています」　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>17</span>世紀に建国された清は著しい経済成長を遂げ、安定した時代を築いた。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし劉さんいわく、そこで思考停止したことが衰退につながったという。　　　　</strong></p><p><strong>＞人口急増による貧富の差の拡大に対応しきれず、政治体制の近代化に遅れ、欧米列強の侵略を招いた。　　　　</strong></p><p><strong>＞その歴史を、日本にはたどってほしくはないとも考えている。　　　　</strong></p><p><strong>＞一方で劉さんは、日本に暮らす中国人について、「日本社会にあまり馴染めていない人もいる」と指摘する。　　　　</strong></p><p><strong>＞「日本で活動している中国人のボランティア団体もあるし、すごく優秀な中国人も日本にはたくさんいます。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし中国人コミュニティの中では有名でも、日本人にはぜんぜん知られていない。　　　　</strong></p><p><strong>＞中国人コミュニティと日本人の交流がもっと進んで、そういう人が日本人の間でも、もっと知られるようになってほしい。　　　　</strong></p><p><strong>＞そうでないともったいないと思います」　　　</strong></p><p><strong>＞中国人より日本人っぽいかも　　　　</strong></p><p><strong>＞『百様』の運営を通して、劉さんの中で起きた変化がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞「いろいろな立場の人と会って、話を聞いていくうちに、視野が広がったと感じています。　　　　</strong></p><p><strong>＞普段から相手の立場に立って考えることを心がけていますが、そんな考え方もあるんだとよく驚かされます」　　　　</strong></p><p><strong>＞来日から<span>14</span>年。　　　　</strong></p><p><strong>＞その間、日中関係は良くない状態が続いているが、それでも劉さんがこの国で暮らす理由はなんだろう。　　　　</strong></p><p><strong>＞「よく中国人は『日本人は固すぎる』と言って、日本人は『中国人は自由すぎる』と言います。　　　　</strong></p><p><strong>＞その点では、僕自身はちょっと変わっていて、どちらかというと日本人っぽい性格かもしれません。　　　　</strong></p><p><strong>＞中国にいるときから『そんなところまで気にしなくてもいいじゃないか』なんて、よく言われてました。　　　　</strong></p><p><strong>＞なので日本生活にそれほどストレスを感じたことはなくて、むしろ落ち着けているかもしれません」　　　　</strong></p><p><strong>＞とはいえ初心の通り、故郷のイメージをより良くしたいという思いも強い。　　　　</strong></p><p><strong>＞「中国や中国人についていろいろ誤解はあるけれど、本当はそうじゃないよ、いろんな人がいるよっていうことを日本人にもわかってほしい。　　　　</strong></p><p><strong>＞それが夢ですね」　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>中国は中原<span> (</span>ちゅうげん<span>) </span>に鹿を逐<span> (</span>お<span>) </span>う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語<span> '</span>三国志<span>' </span>は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。それで独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文<span> (</span>漢文<span>) </span>にして表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換<span> (paradigm shift) </span>をすることは期待薄である。</strong></p><p><strong>・・・・・</strong></p><p><strong>中華　<span>(</span>ちゅうか<span>)&amp;nbsp; [</span>外国との交渉が少なかった時代に<span>] </span>自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。<span>[</span>狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる<span>]&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; </span>東夷　<span>(</span>とうい<span>)&amp;nbsp; [</span>東方の野蛮人の意<span>]</span>　昔、中国から見た東方諸国の称。<span>[</span>広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した<span>]&amp;nbsp;&amp;nbsp; </span>　　南蛮　<span>(</span>なんばん<span>)&amp;nbsp; [</span>南方の野蛮人の意<span>]</span>　昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。　西戎　<span>(</span>せいじゅう<span>)&amp;nbsp; [</span>西方の野蛮人の意<span>]</span>　昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄　<span>(</span>ほくてき<span>)&amp;nbsp; [</span>北方の野蛮人の意<span>]</span>　昔、中国で、匈奴<span> (</span>きょうど<span>)</span>・韃靼<span> (</span>だったん<span>) </span>などの遊牧民族の称。　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/174212_941766_1781013811.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile174212_941766_1781013811.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/174212_941766_1781013811.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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      <title>谷口真由美氏　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865230</link>
      <description>&amp;nbsp;＞ABEMA TIMES　　　＞「皇族に『人権ない』って言いきっちゃダメ」「人である以上人権はある」「海外は口出すなは成り立たない」皇位継承議論へのネットのコメントに法学者・谷口真由美氏が反論　　　　＞ABEMA TIMES (Microsoft)によるストーリー　　　＞・１９時間・　　　＞7月17日、ニュース番組『わたしとニュース』では、改正皇室典範の成立を巡り、女性天皇の是非や伝統のあり方について議論を交わした。＞番組には法学者の谷口真由美氏が出演。　　　　＞その際、視聴者から寄せられたコメントに反論する場面があった。...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865230#comment</comments>
      <pubDate>Wed, 22 Jul 2026 17:39:07 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞<span>ABEMA TIMES</span>　　　＞「皇族に『人権ない』って言いきっちゃダメ」「人である以上人権はある」「海外は口出すなは成り立たない」皇位継承議論へのネットのコメントに法学者・谷口真由美氏が反論　　　　＞<span>ABEMA TIMES (Microsoft)</span>によるストーリー　　　＞・１９時間・　　　</strong></p><p><strong>＞<span>7</span>月<span>17</span>日、ニュース番組『わたしとニュース』では、改正皇室典範の成立を巡り、女性天皇の是非や伝統のあり方について議論を交わした。</strong></p><p><strong>＞番組には法学者の谷口真由美氏が出演。　　　　</strong></p><p><strong>＞その際、視聴者から寄せられたコメントに反論する場面があった。　　　　</strong></p><p><strong>＞「何でも差別って言うな」「皇族に人権ない」コメントに「やばいねぇ、やばいよ、この感覚」</strong></p><p><strong>＞番組の終盤、視聴者から寄せられた「何でも差別っていうのやめたら？」というコメントに対し谷口氏は「何でもは言ってないよ。　　　　</strong></p><p><strong>＞差別を差別と言ったらあかんという、この文章の意味がわからない」と返答。　　　　</strong></p><p><strong>＞さらに、「（皇族には）人権ないのに差別問題にしたいのが無理筋」という意見には、谷口氏が強く反論。　　　　</strong></p><p><strong>＞「やばいねぇ、やばいよ、この感覚。　　　　</strong></p><p><strong>＞皇室の人たちに人権がないって言い切っちゃダメダメ。　　　　</strong></p><p><strong>＞人である以上、人権はある」「『人権がない』という前提で、無理筋だと言っている、あなたの感覚の方が無理筋。　　　　</strong></p><p><strong>＞これはあかん。　　　　</strong></p><p><strong>＞みんなでちょっとちゃんと人権を勉強しよう、頑張ろう」と、強く警鐘を鳴らした。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>無理筋が横行するので天皇自身が戦後 <span>&amp;lsquo;</span>人間宣言<span>&amp;rsquo; </span>を出しました。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞「海外は口出すな」に一喝&amp;hellip;「日本の生存に関わる」　　　　</strong></p><p><strong>＞視聴者からは、海外メディアからの「なぜ愛子さまじゃだめなの？」という素朴な疑問に対して、「海外は口出すな」というコメントも寄せられた。　　　　</strong></p><p><strong>＞これに谷口氏は「出たよ、テンプレート」とグローバル社会における日本の現状を分析。　　　　</strong></p><p><strong>＞「それを言うなら、海外と付き合わないということなのかな？　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>我が国は全世界を相手にして戦ったこともあった。だが、それはよくなかった。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞ビジネスでも今や海外の投資が入ってこないと日本は成り立たないんですよ。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。ほとんどの日本人は会社により飯を食わせてもらっていますね。会社には海外の資本が入っていますね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞食料だってそうだし、今日着ている服だってそう。　　　　</strong></p><p><strong>＞全てメイド・イン・ジャパンで暮らせない以上、海外の反応を無視して生きていくことはできない」海外からの意見に向き合うことは「日本に住む私たちの生存に関わること」として、「海外なんか放っておけと言っている人は、今一度自分の生活を見直した方がいい」と一喝した。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。日本人は無哲学・能天気ですから、海外からの意見に向き合うことが難しいですね。国際社会で孤立しますね。本当に我が国は危険な状態ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞「伝統という言葉を使わずに男系を説明できるのか」　　　　</strong></p><p><strong>＞また、「（男系男子の維持は）海外に『男系だよ』と言って、すごいと思うのかな？」という意見に対して&amp;hellip;　　　　　</strong></p><p><strong>＞谷口氏は「男系ってどうやって証明するのかという質問に、『染色体です』などと言い出されたら、多くの人は頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになるはずだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞どれだけの人が論理的に説明できるのか。　　　　</strong></p><p><strong>＞私自身も『伝統』という言葉を使わずに説明してくださいと言われたら、ちょっとうまく説明できない。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>伝統は、現実肯定主義の言い換えにすぎませんね。　　　</strong></p><p><strong>日本人には現実<span> (</span>事実<span>) </span>があって、非現実<span> (</span>考え・哲学<span>) </span>がない。事実を変更するために考えを持ち出しても現実肯定主義者は乗ってこない。改革の議論ができない国民性に問題がありますね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞『伝統』もできたときには、一定の論理と理由があったはず、じゃあ今は？」と語った。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>無哲学・能天気の人たちにそれは分からない。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞（『わたしとニュース』より）　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/125708_941743_1780984972.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile125708_941743_1780984972.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/125708_941743_1780984972.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>更科功氏　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865211</link>
      <description>&amp;nbsp;&amp;gt;現代ビジネス　　　&amp;gt;初期人類、「アフリカを出た集団」が遺した、現生の人に残る「変異の痕跡」 &amp;hellip; 謎の多い「心の進化」。　その空白を埋める、衝撃に書　　　更科功 (分子古生物学者) の意見　　　・１週・　　　＞人類の特徴の一つに、宗教や国家や貨幣など、現実には存在しない概念を信じ、それを社会的に共有している、という事実があります。　　　＞イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、こうした特徴を「虚構を信じて共有する力」として、この力を獲得したことを認知革命と呼びました。　　　...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865211#comment</comments>
      <pubDate>Mon, 20 Jul 2026 18:07:31 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
      <guid>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865211</guid>
      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>&amp;gt;</strong><strong>現代ビジネス　　　<span>&amp;gt;</span>初期人類、「アフリカを出た集団」が遺した、現生の人に残る「変異の痕跡」 <span>&amp;hellip; </span>謎の多い「心の進化」。　その空白を埋める、衝撃に書　　　更科功<span> (</span>分子古生物学者<span>) </span>の意見　　　・１週・　　　</strong></p><p><strong>＞人類の特徴の一つに、宗教や国家や貨幣など、現実には存在しない概念を信じ、それを社会的に共有している、という事実があります。　　　</strong></p><p><strong>＞イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、こうした特徴を「虚構を信じて共有する力」として、この力を獲得したことを認知革命と呼びました。　　　</strong></p><p><strong>＞こうしたヒトの認知や心はどのように獲得されていったのか、いわば「心の進化」についての研究は、どこまで明らかになっているのでしょうか。　　　　</strong></p><p><strong>＞本連載著者の更科功氏（武蔵野美術大学教授）が、河田雅圭氏（東北大学教授）の近著『心はどこまで進化したのか』（<span>7</span>月<span>16</span>日刊行予定）を手掛かりに、人類の心の進化を考察していきます。　　　　</strong></p><p><strong>＞『サピエンス全史』の認知革命　　　　</strong></p><p><strong>＞『サピエンス全史』という有名な本がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞著者はユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史学者だ。　　　　</strong></p><p><strong>＞彼の考えによれば、約<span>7</span>万～<span>3</span>万年前のあいだに、人類に認知革命が起きたという。　　　　</strong></p><p><strong>＞私たちヒト（学名はホモ・サピエンス）は約<span>30</span>万年前にアフリカで生まれ、約<span>7</span>～<span>6</span>万年前にその一部がアフリカを出たと考えられるので、認知革命はおもにアフリカの外で起きたことになる。　　　　</strong></p><p><strong>＞認知革命というのは「虚構を信じて共有する力」を獲得した出来事で、具体的には宗教や国家や貨幣など、現実には存在しない概念を信じ、それを社会的に共有したことを指す。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>偶像崇拝はだめだという。兵士は国のために死ぬという。金の亡者があらわれる。　　　　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞この共有された虚構によって、数万人にもおよぶ人間が大規模に協力することが可能になり、ヒトが地球の覇権を握る原動力になったというのである。　　　　</strong></p><p><strong>＞この仮説はおもに歴史学の知見に基づいており、たいへんにわかりやすく、また魅力的な考えでもある。　　　　</strong></p><p><strong>＞とはいえ、進化学や認知科学に対する考慮がやや弱いきらいがある。　　　　</strong></p><p><strong>＞ところが、そこを補うような好著が出版された。　　　　</strong></p><p><strong>＞河田雅圭の『心はどこまで進化したのか』（河出新書）だ。　　　　</strong></p><p><strong>＞ここでは、その内容の一部を紹介しよう。　　　　</strong></p><p><strong>＞虚構を信じて共有する力から、現代的な人間行動へ　　　　</strong></p><p><strong>＞「虚構を信じて共有する力」をヒトがいつ獲得したかは、正確にはわからない。そういう力自体が考古学的な証拠として残ることはないからだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞とはいえ、まったく何もわからないかといえば、そういうわけでもない。　　　　</strong></p><p><strong>＞間接的な証拠なら、ある程度は残されているのである。　　　　</strong></p><p><strong>＞「虚構を信じて共有する力」を生み出す重要な能力としては、象徴的思考が挙げられる。　　　　</strong></p><p><strong>＞象徴的思考が発達することにより複雑な言語が使えるようになり、技術や知識を伝え、蓄積し、そして改良していけるようになった。　　　　</strong></p><p><strong>＞その結果、象徴的思考は、複雑な技術だけでなく芸術や宗教も生み出し、ヒトは高度な能力を持つようになったと考えられる。　　　　</strong></p><p><strong>＞こうした能力の進化によって生み出されたのが、ヒトに特有の「現代的な行動」である。　　　　</strong></p><p><strong>＞証拠として残る「現代的な行動の結果」　　　　</strong></p><p><strong>＞「虚構を信じて共有する力」や「象徴的思考」は証拠として残らないが、「現代的な行動」の結果は証拠として残る可能性がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞具体的には、着色剤としての顔料や装飾品や彫刻、そして柄のついた道具（のような複雑な道具）などがある。　　　　</strong></p><p><strong>＞ただし、これらは、ある時期に突然使われるようになったわけではなさそうだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>30</span>万～<span>3</span>万年前のあいだのさまざまな時期に、アフリカのさまざまな地域で、断続的に発見されるからである。　　　　</strong></p><p><strong>＞言語については、はっきりしたことはわからないものの、数十万年から百万年という長い時間をかけて少しずつ発達してきた可能性が高く、現在のような複雑な言語が使われるようになったのは<span>15</span>万～<span>5</span>万年前とされている。</strong></p><p><strong>＞これらはユヴァル・ノア・ハラリの主張する認知革命に不利な証拠と考えられるが、一方で有利な証拠が存在することも事実である。　　　　</strong></p><p><strong>＞公平のために、それらも紹介しておこう。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>7</span>万～<span>3</span>万年前に起きたこと　　　　</strong></p><p><strong>＞ユヴァル・ノア・ハラリのいう認知革命とは、宗教のような抽象的思考、言語の発達、大規模な協力などの関わる認知機能が、約<span>7</span>万～<span>3</span>万年前のあいだに進化したことを指しており、これは「現代的な行動」との出現と重なる概念である。　　　　</strong></p><p><strong>＞たしかに約<span>7</span>万年前には、接着剤を使っていくつかの素材を組み合わせた道具が見つかっているし、同じころには彫刻などの芸術品も現れる。　　　　</strong></p><p><strong>＞また、約<span>5</span>万年前以降になると西アジアやヨーロッパで彫刻や絵画の数が増え、石器の加工技術も急速に進歩した。　　　　</strong></p><p><strong>＞これらの行動に象徴的思考が関係していることは確実で、たしかに約<span>7</span>万～<span>3</span>万年前に認知革命が起きたように見えなくもない。　　　　</strong></p><p><strong>＞象徴的な認知能力と現代的な行動の関係　　　　</strong></p><p><strong>＞ただ、ここで注意しなければならないことがある。　　　　</strong></p><p><strong>＞「現代的な行動」をするためには「象徴的な認知能力」が必要だが、「象徴的な認知能力」があったからといって「現代的な行動」をするとは限らないということだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞たとえば、<span>21</span>世紀の現在にも狩猟採集によって生計を立てている人々がいる。　　　　</strong></p><p><strong>＞そういう人々が高度な数学を使うことはないだろうが、しかしその中には数学の天才がいるかもしれない。　　　　</strong></p><p><strong>＞そういう人々は、環境が変わってそれなりの教育を受ければ、高度な数学の論文を発表するようになるかもしれない。　　　　</strong></p><p><strong>＞つまり、数学の論文を発表していないからといって、数学の天才でないとはいえないのである。　　　　　</strong></p><p><strong>＞同じように考えれば、「現代的な行動」による考古学的な証拠が現れる時期と、「象徴的な認知能力」が進化した時期は、かならずしも一致しているとは限らない。　　　　</strong></p><p><strong>＞考古学的証拠が残るかどうかは、それらを作り出す認知能力があるかどうかだけではなく、それらを作り出せる環境や文化的な要因も関わってくるからである。　　　　</strong></p><p><strong>＞認知能力は少しずつ発達してきた　　　　</strong></p><p><strong>＞「現代的な行動」の考古学的証拠が増えるのは約<span>7</span>万～<span>3</span>万年前かもしれないが、それ以前からそういう証拠はときどき現れている。　　　　</strong></p><p><strong>＞数は少なくとも「現代的な行動」の証拠があるということは、「象徴的な認知能力」がすでにヒトで進化していたということだろう。　　　　</strong></p><p><strong>＞おそらく「象徴的な認知能力」は、約<span>30</span>万～<span>7</span>万年前にアフリカで進化した可能性が高い。　　　　</strong></p><p><strong>＞その場合、環境や文化的な条件がそろえば「現代的な行動」が現れるが、そういう機会はあまり多くなかった。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、約<span>7</span>万年前以降になると、そういう機会が増えて、さまざまな「現代的な行動」が花開いたのだと考えられる。　　　　</strong></p><p><strong>＞この考えは、遺伝的な解析とも矛盾しない。　　　　</strong></p><p><strong>＞「現代的な行動」はアフリカの外だけでなく中でも現れたが、もし「象徴的な認知能力」がアフリカの外で進化したとすれば、その遺伝的特徴がアフリカの外から中へふたたび流入して、アフリカ全体に広がらなくてはならない。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、アフリカへの遺伝的な流入は、あったとしても限定的であり、アフリカ全体における「現代的な行動」を説明することはできないのである。　　　　　</strong></p><p><strong>＞以上の結果から、ヒトが「象徴的な認知能力」を身につけたのは、アフリカを出る以前と考えるのが自然である。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞その能力は、ある時期に突然進化したわけではなく、アフリカにいるあいだに少しずつ進化していたのであろう。　　　　</strong></p><p><strong>＞心の進化を遺伝的に説明する　　　　</strong></p><p><strong>＞ここまではヒトの「象徴的な認知能力」の進化に焦点を当てて述べてきたが、これは河田雅圭の『心はどこまで進化したのか』の一面を紹介したに過ぎない。　　　　</strong></p><p><strong>＞この本の魅力は、心の進化を解明するために、脳神経科学、心理学、認知科学、考古学、人類学、動物行動学、進化生物学などさまざまな分野の成果を総合的に捉え、横断的に語っていくところにある。　　　　</strong></p><p><strong>＞それを少しでも実感するために、最後に河田氏の研究の一端を紹介しよう。　　　　</strong></p><p><strong>＞河田氏が当時東北大学の学生だった佐藤大気氏と、精神疾患に関わる<span>VMAT1</span>という遺伝子を調べていたときの話である。　　　　</strong></p><p><strong>＞この遺伝子のある部位の塩基には変異があって、<span>A</span>（アデニン）の人と<span>C</span>（シトシン）の人がいる。　　　　</strong></p><p><strong>＞そして、<span>C</span>の人は<span>A</span>の人より不安を感じやすい傾向があることがわかっていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞この部位は、人類以外の哺乳類では<span>A</span>になっているので、ヒトも最初は<span>A</span>だったと考えられる。　　　　</strong></p><p><strong>＞そこに突然変異が起きて、<span>A</span>が<span>C</span>に置き換わったヒトが現れ、自然選択によって<span>C</span>が増えていった。　　　　</strong></p><p><strong>＞つまり、ヒトは不安を感じやすい方向へ進化してきたらしい。　　　　</strong></p><p><strong>＞さらに約<span>10</span>万年前になると、この部位が<span>T</span>（チミン）になる突然変異が起きた。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>T</span>になると、不安を感じにくくなる傾向がある。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>不安を感じにくいということは、自己の安全を守るために有利ですか、不利ですか。強い動物には有利で、弱い動物には不利でしょうね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞そして、約<span>7</span>～<span>6</span>万年前にヒトの一部はアフリカを出て世界各地に広がっていくが、そのアフリカを出た集団では<span>T</span>が増えていったのである。　　　　</strong></p><p><strong>＞新しい土地へ移動する集団では、不安を感じにくい人の方が有利だったのかもしれない。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうかもしれませんね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞これは一つの遺伝子の進化に注目した研究で、実際の進化はもっと複雑だろうが、それでも進化の一側面に光を当てていることは間違いない。　　　　</strong></p><p><strong>＞まだ限定的とはいえ、心の進化の解明に新しい波が訪れていることを教えてくれるのが『心はどこまで進化したのか』という好著である。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/169898_941742_1780971618.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile169898_941742_1780971618.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/169898_941742_1780971618.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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      <title>６割が餓死　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865209</link>
      <description>&amp;nbsp;＞AERA　　　＞なぜ「保守」を名乗る人たちは戦争を正当化するのか 戦没者２３０万人の６割が餓死した現実　　　山崎雅弘によるストーリー　　　・６時間・　　　＞　伝統や文化を守り、社会の安定を重んじる立場として語られることが多かった「保守」という言葉。　　　　＞だが近年、「保守」を名乗りながら戦前日本の戦争を肯定的に語る言説も少なくない。　　　　＞なぜ敗戦へと突き進んだ歴史が、いまなお擁護されるのか。　　　　＞山崎雅弘氏は、忘れられつつある歴史の事実に目を向けながら、「戦争を甘く見る空気」が現...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865209#comment</comments>
      <pubDate>Mon, 20 Jul 2026 15:49:57 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞<span>AERA</span>　　　＞なぜ「保守」を名乗る人たちは戦争を正当化するのか 戦没者２３０万人の６割が餓死した現実　　　山崎雅弘によるストーリー　　　・６時間・　　　</strong></p><p><strong>＞　伝統や文化を守り、社会の安定を重んじる立場として語られることが多かった「保守」という言葉。　　　　</strong></p><p><strong>＞だが近年、「保守」を名乗りながら戦前日本の戦争を肯定的に語る言説も少なくない。　　　　</strong></p><p><strong>＞なぜ敗戦へと突き進んだ歴史が、いまなお擁護されるのか。　　　　</strong></p><p><strong>＞山崎雅弘氏は、忘れられつつある歴史の事実に目を向けながら、「戦争を甘く見る空気」が現代にも広がっていると警鐘を鳴らす。　　　　</strong></p><p><strong>＞山崎氏による朝日新書『戦争を甘く見る空気　<span>1930</span>年代と似た道を進む現代日本』から、一部抜粋して紹介する。　　　　</strong></p><p><strong>＞＊　　＊　　＊　　　　</strong></p><p><strong>＞先の戦争の反省を頑なに拒む「保守」主義者たち　　　　</strong></p><p><strong>＞《なぜ過去の戦争を美化礼賛する者が「保守」と呼ばれるのか》　　　　</strong></p><p><strong>＞■現代の日本で「保守」を名乗る者の特徴とは　　　　</strong></p><p><strong>＞　本書はここまで、一九三七年から一九四五年までの期間に日本人が直面した先の戦争について、「やるべきではなかった」との認識で、問題点を指摘しました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　政府と軍部、財界と官界、新聞・ラジオ・通信社、一般国民までもが「戦争を甘く見る空気」に思考を支配され、他の国を見下して優越感に浸っていた、当時の日本。　　　　</strong></p><p><strong>＞　良くも悪くも欧米の大国に学んで近代化を成し遂げた日本は、内外に死と災厄を振りまく「戦争という怪物」の恐ろしさを理解せず、絶大な「力」に心酔して応援し、やがて怪物の爪や牙で自らも傷つき、国土が焦土と化して破滅的な敗戦を迎えました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　当時の大日本帝国政府が掲げた立派な大義名分を無視して、実際に「起きたこと」だけを俯瞰すれば、これが「あの戦争」で日本人がたどった道筋でした。　　　　　</strong></p><p><strong>＞　戦後の日本では、このような反省的視点で、日中戦争の勃発から無条件降伏までの八年間の戦争を振り返る歴史認識が主流で、この国がなぜあのような「誤った判断」を下したのかについて、さまざまな視点からの分析が行われてきました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　第三章で紹介した、「万世一系の天皇を戴く日本人は世界で最も優れた民族だ」という大日本帝国時代の「国体」思想も、国の針路を誤らせたとして戦後は批判の対象となり、国際社会との協調という謙虚な姿勢で、過去の歴史と向き合うようになりました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　けれども、日本の一部には、昭和の大日本帝国が行った戦争について、まるで当時の政府首脳部や陸海軍幹部の魂が乗り移ったかのような論法で、正当化する人がいます。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。人の考えは様々ですからね。　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　中国との戦争は「中国側から仕掛けたもの」で、日本軍の行動は「自衛」だったとか、アメリカやイギリスとの戦争は「自存自衛の戦い」だった、あるいは「アジア諸地域を欧米の植民地支配から解放する正義の戦い」だったなどの、大日本帝国擁護論です。　　　　</strong></p><p><strong>＞　こうした主張をする人は、今の日本では「保守派」を名乗り、新聞やテレビの報道でもそれを無批判に踏襲して「自民党内の保守派」などと表現しています。　　　　</strong></p><p><strong>＞　一般に「保守的」という言葉は、急激な社会の変化を嫌い、国や地域で継承される伝統文化を守りながら、穏健で安定した社会を守るという意味で用いられます。</strong></p><p><strong>＞　新村出編『広辞苑』第七版（岩波書店）で「保守」の意味を引くと、「たもちまもること。正常な状態などを維持すること」「旧来の風習・伝統を重んじ、それを保存しようとすること」と書かれています。　　　　</strong></p><p><strong>＞　しかし、現代の日本で「保守」を名乗る人の特徴は、大日本帝国が行った過去の戦争、とりわけ昭和の時代に日本軍が戦った戦争のすべてを肯定し、そこに問題はなかったと擁護し、当時と同じロジック（論理）と価値観で正当化を図る思考形態です。　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人は罪を知らないですからね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　何か変だな、と思われませんか？　　　　</strong></p><p><strong>＞　なぜなら、大日本帝国の戦争が行き着いた先は、破滅的な敗戦だったからです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　そんな政治体制を擁護する姿勢を「保守」と呼ぶことに、問題はないのでしょうか？　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>問題ありですね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞■政治家の靖国神社参拝という行動がはらむ本当の問題とは　　　　</strong></p><p><strong>＞　政治の世界で「保守派」を名乗る人々にほぼ共通するのは、靖国神社という施設に対して特別な感情を抱いていることです。　　　　</strong></p><p><strong>＞東京の九段にある靖国神社に参拝し、その行為を通じて自らの政治的信念を披露することに特別な意味を見出している様子です。　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　現在の内閣総理大臣である高市早苗も、そうした「保守派」の政治家の一人です。　　　　</strong></p><p><strong>＞　高市は、自民党の国会議員として運営してきた自らの公式サイトで、政治的な心情をブログ形式で書きつづっていました。　　　　</strong></p><p><strong>＞二〇二六年二月十八日、高市首相は「多忙のため新しい記事を投稿できない状況が続いているから」という理由で、それらのブログ記事をすべて削除するという不可解な行動をとりましたが、彼女は過去に書いた記事の中で、自らの靖国神社に対する強い思い入れを、何度も書き記していました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　例えば、二〇一二年八月十五日に更新されたブログ記事で、こう書いていました。　　　　</strong></p><p><strong>＞「今年は、例年通り、午前中に靖国神社に参拝し、その後、日本武道館で挙行された全国戦没者追悼式典に参列致しました。　　　　　</strong></p><p><strong>＞　靖国神社では、国策に殉じ尊い生命を捧げられたご英霊に、尊崇の念をもって感謝の誠を捧げてまいりました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　いつも本殿前まで歩を進めますと、胸が締め付けられるように苦しくなり、涙が滲んできます。　　　　　</strong></p><p><strong>＞　祖国の存続を願い、愛するご家族や故郷への深い思いを残して散華（さんげ）された方々。　　　　</strong></p><p><strong>＞悲しみを堪えて歯を食いしばって戦後の混乱期を生き抜いてこられた多くのご遺族たち。　　　　</strong></p><p><strong>＞『そのご労苦に応えなければ』『美しく強く繁栄を続ける国家を築いていかなければ&amp;hellip;』という使命感と焦燥感に、押しつぶされてしまいそうになるのです」　　　　</strong></p><p><strong>＞　こうした情緒的（感情的）な説明は、過去の戦争で命を落とした日本軍人への「慰め」になると考えて肯定的に受け止める人が、現代の日本でも少なくないようです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　でも、本当にそうでしょうか？　　　　</strong></p><p><strong>＞　先の戦争で命を落とした日本軍人と軍属（朝鮮や台湾の出身者を含む、正規の軍人ではない准軍人）の数は、約二三〇万人で、そのうち食糧の不足による衰弱で栄養失調や病気になって亡くなった「餓死者」は、全体の約六割に当たる約一四〇万人でした。　　　　</strong></p><p><strong>＞　餓死とは、敵と戦う前に死んでしまうことです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　赤道の少し南にあるニューギニア島の東部では、戦没軍人の九割を占める一一万人以上の日本軍人が、敵との戦いではなく、飢餓とそれに起因する病気で死亡しました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　つまり、靖国神社に祀られている戦没軍人の半分以上は「戦場で敵と勇敢に戦って散った」のでも、「名誉を守るために潔く自決した」のでもなく、日本の戦争指導部の不手際によって食糧を与えられないまま戦場に放置され、無理な行軍を命じられた挙げ句、人間の尊厳を奪われた形で人生最後の瞬間を迎えた日本軍人と軍属だったのです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　他の国なら、食糧が尽きて戦えなくなった兵士は、敵軍に降伏します。　　　　</strong></p><p><strong>＞日本兵の中にもそうやって生き延びて戦後に帰国した人が少なからず存在します。　　　　</strong></p><p><strong>＞　しかし、先に挙げた約一四〇万人の兵士は、降伏しないまま亡くなりました。　　　　　</strong></p><p><strong>＞　昭和の大日本帝国時代には、「日本軍人は他国の軍人より優秀なのだから、降伏という不名誉な行動はとらない」という、自国優越思想に基づく価値観が存在したからです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　その象徴としてしばしば語られるのが、陸軍大臣時代の東條英機が一九四一年一月八日に示達した陸訓第一号、いわゆる「戦陣訓」でした。　　　　</strong></p><p><strong>＞そこには、「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思い、いよいよ奮励してその期待に答えるべし。　　　　</strong></p><p><strong>＞生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」との文言があり、日本陸軍は組織として、食糧が尽きた兵士が降伏することを許さない方針を打ち出しました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　戦死を名誉とし、敵軍への降伏を不名誉とする風潮は、この「戦陣訓」以前から日本軍と日本社会の一部に存在しましたが、一九四一年十二月の対米英開戦以降は、陸軍も海軍もこうした考え方を、組織の方針として前線の将兵に理解させました。　　　　</strong></p><p><strong>＞　その結果、戦場で食糧が欠乏した兵士の多くが、降伏しないことを選びました。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>それは犬死ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　しかし、前線部隊に十分な食糧の補給を送らなかったのも、敵への投降を禁じたのも、開戦時の東條英機首相をはじめとする、日本政府と日本軍の上層部の責任です。　　　　</strong></p><p><strong>＞　そして靖国神社には、東條ら当時の戦争指導部の人間たちも、「昭和殉難者」という、あたかも被害者であるかのような呼び方で、「英霊」として祀られています（後述）。　　　　</strong></p><p><strong>＞　餓死させられた約一四〇万人の軍人・軍属と、餓死させた戦争指導者が、後者の責任をうやむやにしたまま共に「英霊」と呼ばれ、高市などの政治家から「感謝」される。　　　　</strong></p><p><strong>＞　むごい形で餓死した軍人・軍属の魂が本当に靖国神社におられるとして、彼らが現代の我々に望んでいるのは、そんな「感謝」の言葉なのでしょうか？　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>過ちを二度と繰り返さないでほしいということでしょうね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　むしろ、当時の戦争指導部の無責任さと非人道性を反省し、政府として二度と同じような犠牲者を出しませんと誓う「反省と謝罪」ではないのでしょうか？　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。誓いの言葉などには意味がないですね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>（山崎雅弘『戦争を甘く見る空気　<span>1930</span>年代と似た道を進む現代日本』から一部抜粋）　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。責任者であっても責任感が薄い。とかくこの世は無責任。　　　</strong></p><p><strong>意思のない人間には被害者意識はあっても、加害者意識がない。罪の意識がない。胸に刺さる強烈な痛みがない。病める心の持ち主にならない。聖職者に救済を求めない。　　　</strong></p><p><strong>日本人には心の痛みに拘る執念がない。原因究明の探求心がない。修道院生活に興味がない。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/199544_941689_1780903859.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile199544_941689_1780903859.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/199544_941689_1780903859.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
    </item>
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      <title>澤田哲生氏　　</title>
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      <description>&amp;nbsp;＞JBpress　　　＞OIST・沖縄科学技術大学院大学の成功はなぜ再現できないのか? 世界９位と世界360位の落差が映し出す大学改革の盲点　　　＞澤田哲生によるストーリー　　　＞・２日・　　　＞　政府は、OIST（沖縄科学技術大学院大学）を「世界に肩を並べる成功例」として掲げている。　　　　＞しかし、その「成功」は、ものさしの当て方ひとつで姿を変える。　　　　＞　たとえば、質の高い科学雑誌への論文掲載を、機関の研究規模に応じて正規化集計する「Nature Index」という調査がある。　　　　＞2019年のこの調査を機...</description>
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      <pubDate>Mon, 20 Jul 2026 13:43:27 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞<span>JBpress</span>　　　＞<span>OIST</span>・沖縄科学技術大学院大学の成功はなぜ再現できないのか<span>? </span>世界９位と世界<span>360</span>位の落差が映し出す大学改革の盲点　　　＞澤田哲生によるストーリー　　　＞・２日・　　　</strong></p><p><strong>＞　政府は、<span>OIST</span>（沖縄科学技術大学院大学）を「世界に肩を並べる成功例」として掲げている。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、その「成功」は、ものさしの当て方ひとつで姿を変える。　　　　</strong></p><p><strong>＞　たとえば、質の高い科学雑誌への論文掲載を、機関の研究規模に応じて正規化集計する「<span>Nature Index</span>」という調査がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>2019</span>年のこの調査を機関の規模で正規化した順位で見ると、<span>OIST</span>は世界<span>9</span>位になる。　　　　</strong></p><p><strong>＞ところが、同じ<span>2019</span>年の同じ調査を、正規化せず論文数だけで見ると、<span>OIST</span>は世界<span>360</span>位まで下がる。　　　　</strong></p><p><strong>＞同じ大学、同じ年の同じ調査が、ものさしの当て方ひとつで「世界<span>9</span>位」にも「世界<span>360</span>位」にもなるのだ。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>物差しが違えば、それによる測定結果も当然変わるでしょうね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　ここで指摘したいのは、<span>OIST</span>で行われている研究そのものではない。　　　　</strong></p><p><strong>＞そこには本物の優れた研究がある。指摘したいのは、「少人数・英語・注目される分野に集中する」という<span>OIST</span>だけにしか使えない特別なやり方を、まるでどの大学にも当てはまる「正解」であるかのように語り、それを普通の大学に押しつけようとする政策の考え方のほうである。</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>それぞれの大学が自己の特色を生かすべきですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞普通の国立大学とは異なる存在　　　　</strong></p><p><strong>＞「成功」は、都合のいいものさしを選ぶことで作られる。　　　　</strong></p><p><strong>＞　沖縄科学技術大学院大学（<span>OIST</span>）は、<span>2001</span>年に当時の沖縄担当大臣・尾身幸次氏が構想を打ち出し、<span>2012</span>年に学生を受け入れ始めた大学院大学である。　　　</strong></p><p><strong>＞学部（大学<span>1</span>～<span>4</span>年生にあたる課程）は持たず、<span>5</span>年一貫の博士課程だけでできている。　　　　</strong></p><p><strong>＞　普通の国立大学は文部科学省が管轄するが、<span>OIST</span>は違う。　　　　</strong></p><p><strong>＞管轄しているのは内閣府の沖縄振興局で、根拠になっている法律も「沖縄振興特別措置法」や「沖縄科学技術大学院大学学園法」という、他のどの大学とも全く違うものだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞　この違いは、主にお金の問題であると読み解くことができる。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>OIST</span>とは何か<span>──</span>ルールの外に出るための設計　　　　</strong></p><p><strong>＞　<span>OIST</span>は学校教育法上の私立大学であり、<span>2011</span>年に文部科学大臣の設置認可を受けている点では、普通の私立大学と変わらない。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、私立大学への国の補助金（私学助成）には経常経費の<span>2</span>分の<span>1</span>という上限が法律で定められており、この上限のもとでは、<span>OIST</span>が必要とする規模の財政支援を行うことができない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　また、学部を置かず大学院課程だけで完結するという設計自体は、実は文部科学省の通常の枠組みの中にも前例がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞北陸先端科学技術大学院大学（<span>JAIST</span>）や総合研究大学院大学（総研大）など、学部を持たない「独立大学院大学」は、<span>1980</span>年代から国立大学として設置されてきた。　　　　</strong></p><p><strong>＞　<span>OIST</span>を特別な法的しくみのもとに置く必要が生じた最大の理由は、学部の有無ではなく、私学助成の上限を超える財政支援を可能にすることにあった。　　　　</strong></p><p><strong>＞この特例を実現するために、沖縄振興特別措置法と<span>OIST</span>学園法という特別法が用意され、所管も文部科学省ではなく内閣府沖縄振興局に置かれることになったのである。　　　　</strong></p><p><strong>＞　この財政措置の規模は決して小さくない。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>2020</span>年度の政府補助金は総額<span>203.5</span>億円（大学運営費<span>169.2</span>億円、施設整備費<span>34.3</span>億円）にのぼる。　　　　</strong></p><p><strong>＞　学長・理事長を外国人が務め、教員の<span>6</span>割以上・学生の<span>8</span>割以上が外国人という構成、終身雇用を前提にしない国際公募中心の人事制度<span>──</span>。　　　　</strong></p><p><strong>＞こうした設計は、この潤沢な財政的裏付けがあって初めて機能するものであり、通常の私学助成の枠内では再現しようがない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　このように<span>OIST</span>は、制度上は私立大学であるが、その実態は普通の私立大学とは大きく異なる。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>OIST</span>は政府が主導して創り上げた、『公設民営』のいわば<span>&amp;ldquo;</span>異形の大学<span>&amp;rdquo;</span>とでも言うべきものなのだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞　この特別な設計から生まれた研究成果は、確かにめざましい。　　　　</strong></p><p><strong>＞というより、そこには華々しい成果を挙げなければならない必然があったはずだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞それにしても、日本国政府はなぜこのような大学院大学を必要としたのであろうか。　　　　</strong></p><p><strong>＞ものさしの選び方──<span>Nature Index</span>というしかけ　　　　</strong></p><p><strong>＞　<span>2019</span>年の<span>Nature Index</span>（質の高い科学雑誌への論文掲載を、著者の貢献度に応じて加重集計する調査）では、著者数で正規化した「規模あたりの順位」<span>──Nature Index</span>の用語でいう<span>Share</span>（共著者間で貢献度を按分した加重値。論文<span>1</span>本につき最大<span>1.0</span>）を人数で割ったもの<span>──</span>で<span>OIST</span>は日本<span>1</span>位、世界<span>9</span>位になった。　　　　</strong></p><p><strong>＞　ところが、同じ<span>2019</span>年の同じ調査で、正規化をかけない単純な論文数<span>──Count</span>（論文に<span>1</span>人でも著者がいれば<span>1</span>とカウントする方式）<span>──</span>だけを見ると、<span>OIST</span>は世界<span>360</span>位まで下がる。　　　　</strong></p><p><strong>＞「正規化する」という操作が何をしているのかというと、少人数で効率よく成果を出している機関を、実際よりも有利に見せる仕組みだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞教員一人あたりの生産性で見れば確かに優れているが、大学全体としての研究の量で見れば、東京大学どころか地方の総合大学にも及ばない規模でしかない。　　　　</strong></p><p><strong>＞「世界<span>9</span>位」と「世界<span>360</span>位」。　　　　</strong></p><p><strong>＞同じ大学、同じ年、同じ調査が、ものさしの選び方ひとつでこれほど違う姿になる。　　　　</strong></p><p><strong>＞どちらも「嘘」ではない。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、どちらか一方だけを選んで発表すれば、それは数字としては正しくても、ものの見方としては「捏造」に近い。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>それは序列メンタリティの発想ですね。考えは人によりさまざまですからね。違って当たり前でしょう。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　なぜ<span>OIST</span>は、人数で割った指標で高い数字を出せるのか。　　　　</strong></p><p><strong>＞答えは最初の節で見た設計そのものにある。　　　　</strong></p><p><strong>＞特別な解決策が、特別である理由　　　　</strong></p><p><strong>＞　潤沢な予算を少人数の教員（<span>90</span>人程度）に集中して投じ、国際公募で選んだ研究者を注目度の高い分野に配置し、英語を共通語にすることで海外との共同研究を増やす<span>──</span>。　　　　</strong></p><p><strong>＞これは経営の「工夫」の結果ではなく、大学設置基準というルールの外に出たからこそ、初めて可能になった最適化である。　　　　</strong></p><p><strong>＞　だからこの設計は、そもそも他の大学ではまねできない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　同じ予算総額を教職員や学生の数が桁違いに多い総合大学に配ったら、一人あたりの取り分は薄まり、指標は当然下がる。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞逆に、総合大学の規模のままで同じ指標を得ようとすれば、予算を何十倍にも増やすか、教職員を何分の一かに減らすしかない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　しかも総合大学は、大学設置基準や教授会自治というルールの中にとどまっている以上、<span>OIST</span>のような国際公募・任期制中心の人事制度を、そのまま持ち込むこともできない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　<span>OIST</span>の成功は、総合大学がまねすべき「経営のコツ」ではない。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。<span>OIST</span>の成功を取り入れるには大学設置基準の見直しが必要ですね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞それは、旧文部省が作った大学運営のルールの外側で、科学技術政策を担ってきた別系統の官僚たちが、内閣府という別の管轄を借りて作り上げた、特別な解決策である。　　　　</strong></p><p><strong>＞総合大学であることをやめない限り、この解決策は再現できない。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>総合大学をやめれば解決策が再現できるなら、やめたらよいですね。これは日本人の意思の問題ですね。意思のある所に方法がある。<span>Where there&amp;rsquo;s a will, there&amp;rsquo;s a way.&amp;nbsp;&amp;nbsp; </span></strong></p><p><strong>　　　　　　　　　　　　　</strong></p><p><strong>＞　ではなぜ、この再現不可能な特別な解決策が、いまあらゆる大学に通用する「正解」であるかのように語られ、その考え方と、それを進めてきた人たちが、「国際卓越研究大学」制度というかたちで、普通の大学の内部にまで持ち込まれようとしているのか。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>普通の大学の機構の精査が必要ですね。そうすれば、正解が誤解であることがわかるでしょう。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞その道筋を運んだ「人」については、次の節で見ていきたい。　　　　</strong></p><p><strong>＞運んだ人──設計図はどこを通って伝わったか　　　　</strong></p><p><strong>＞　<span>OIST</span>という特別な解決策が、なぜ他の大学にも通用する「お手本」であるかのように語られるようになったのか。　　　　</strong></p><p><strong>＞この問いには、制度と制度のあいだを実際に歩いて渡った、ある官僚の経路を見る必要がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞　ある中央省庁の幹部は、若手の技官だった時代に大学院大学の設置準備に携わっていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>2012</span>年開学の<span>OIST</span>は、ちょうど同時期に構想・準備が進んでいた大学院大学のひとつであり、この経歴だけから<span>OIST</span>への関与の深さを特定することはできない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　ただ、「学部を持たず、大学設置基準の外側で完結する」という統治のかたちを、キャリアの初期に内側から学ぶ機会を得た人物であったことはうかがえる。　　　　</strong></p><p><strong>＞その後、社会人として大学院に籍を置き、博士号を取得している。　　　　</strong></p><p><strong>＞国家公務員が現職のまま大学院で学位を取ること自体は、多くの省庁で制度的に後押しされてきた一般的な慣行である。　　　　</strong></p><p><strong>＞　学位を取った研究ゼミは、東京都内のある研究所で月に一度、大学の専攻と正式につながる形で開かれていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞この人物は学位取得後もこのゼミに顔を出し、<span>OIST</span>について報告していたという（その場に居合わせた人からの伝聞であり、一次資料による確認はできていないことを明記しておく）。　　　　</strong></p><p><strong>＞　こうした師弟・同窓のネットワークの中で情報が交換され、うまくいった方法がキャリア間で共有され次のキャリアへと運ばれていく回路は、日本の科学技術政策づくりに昔からあるものであり、公の仕事と私的な信頼関係が分かれずに一体化した統治のあり方──これを「家産官僚制」という──の典型的な現れである。　　　　</strong></p><p><strong>＞　あえて推測を述べれば（確認できる事実ではないことを断っておく）、官僚に学位取得の道を開いた側が実際に用意したのは、大学とキャリア官僚とを行き来できる「船」（回路そのもの）にすぎなかったのではないか。　　　　</strong></p><p><strong>＞　その船に何を積み、どこへ運ぶかを決めるのは、船をつくった者ではなく、たまたまその船に乗り合わせた者である。　　　　　</strong></p><p><strong>＞家産官僚制の恐ろしさは、誰かが悪意を持って舵を切ることではなく、そもそも舵を取るべき人間が、最初から誰も乗っていなかったことにあるのかもしれない。　　　　　</strong></p><p><strong>＞　この人物は近年、大学の研究力強化政策に関わる重要な役職に就いた。　　　　</strong></p><p><strong>＞大学院大学という統治のかたちをキャリアの出発点で学び、私的なゼミでの報告を重ねた官僚が、<span>20</span>年余りを経て同じモデルを総合大学へ広げる制度設計に関わる立場になる<span>──</span>。　　　　</strong></p><p><strong>＞これはキャリアの緩やかなつながりが生む、ありふれた出来事である。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、その緩やかさゆえに、外からは確かめようも反論しようもない。　　　　</strong></p><p><strong>＞表向きの制度文書には、この道筋のどのかけらも書かれていない。　　　　</strong></p><p><strong>＞　この経路が、なぜ広く問題にされないままなのか。　　　　</strong></p><p><strong>＞ここで参考にしたいのは、オランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレンが指摘した、日本の権力の見えにくさである。（中編に続く）　　　　</strong></p><p><strong>＞澤田 哲生（さわだ・てつお）　　　　</strong></p><p><strong>＞エネルギーサイエンティスト　　　　</strong></p><p><strong>＞兵庫県立柏原高校から京都大学理学部物理学科卒業後、三菱総合研究所、独カールスルーエ研究所客員研究員を経て東京工業大学<span>(</span>現・東京科学大学<span>)</span>助教<span>(2022</span>年<span>3</span>月定年<span>)</span>。　　　　</strong></p><p><strong>＞現在工学院大学非常勤講師。　　　　</strong></p><p><strong>＞専門は原子核工学・原子力安全。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>2010</span>年度より高レベル放射性廃棄物処分をめぐる『中学生サミット』を毎年開催。　　　　</strong></p><p><strong>＞著書は『やってはいけない原発ゼロ』ほか。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/159060_941657_1780819674.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile159060_941657_1780819674.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/159060_941657_1780819674.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
    </item>
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      <title>日本の後退　　</title>
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      <description>&amp;nbsp;＞日刊ゲンダイDIGITAL　　　＞高市首相は今の天皇や上皇が嫌で嫌でならない　保守派のホンネは天皇制「崇拝」ではなくて「衰退」　(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)　　　＞日刊ゲンダイ DIGITALによるストーリー・　　　＞４時間・　　　＞【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】　　　　＞高市早苗首相は今上（きんじょう）天皇に&amp;ldquo;思うところ&amp;rdquo;があるのではないかと、私は考えている。　　　　＞真に崇拝していれば、今上を「こんじょう」などと2度も読み間違えるわけはない。　　　　＞麻生太郎元首...</description>
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      <pubDate>Sun, 19 Jul 2026 14:21:52 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/444482_941656_1780818246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile444482_941656_1780818246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/444482_941656_1780818246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/444482_941656_1780818246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile444482_941656_1780818246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/444482_941656_1780818246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/444482_941656_1780818246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile444482_941656_1780818246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/444482_941656_1780818246.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/444482_941656_1780818246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile444482_941656_1780818246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/444482_941656_1780818246.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞日刊ゲンダイ<span>DIGITAL</span>　　　＞高市首相は今の天皇や上皇が嫌で嫌でならない　保守派のホンネは天皇制「崇拝」ではなくて「衰退」　<span>(</span>元木昌彦<span>/</span>「週刊現代」「フライデー」元編集長<span>)</span>　　　＞日刊ゲンダイ <span>DIGITAL</span>によるストーリー・　　　＞４時間・　　　</strong></p><p><strong>＞【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】　　　　</strong></p><p><strong>＞高市早苗首相は今上（きんじょう）天皇に&amp;ldquo;思うところ&amp;rdquo;があるのではないかと、私は考えている。　　　　</strong></p><p><strong>＞真に崇拝していれば、今上を「こんじょう」などと<span>2</span>度も読み間違えるわけはない。　　　　</strong></p><p><strong>＞麻生太郎元首相が「未曽有」を「みぞゆう」と読んだよりも程度が低い。　　　　</strong></p><p><strong>＞「私は戦争の当事者ではないのだから、反省などしていない」　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;lsquo;</strong><strong>、、、本多様は、砂漠にただ一人、自生されたわけではありますまい。二十世紀の日本という社会に生まれ、何の権利もないのに、その社会の恵沢と栄誉を、当然のこととし負うておられます。従って本多様が「幼児であったから」「責任がない」と「いわれるなら、日本の伝統文化、それにつづく現代社会の恵沢と栄誉を受ける権利も放棄されたことになります。 、、、<span>&amp;rsquo;</span>　<span>(</span>イザヤ・ベンダサン<span>: </span>日本教について<span>)</span>　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞高市が若い頃、こう言っていたと保守派の論客・佐伯啓思が「月刊日本」<span>7</span>月号で語っている。　　　　</strong></p><p><strong>＞週刊文春（<span>7</span>月<span>16</span>日号）は、安倍晋三元首相が高市の政治姿勢を厳しく叱ったと報じている。　　　　</strong></p><p><strong>＞「安倍氏が一五年に発表した七十年談話。　　　　</strong></p><p><strong>＞『侵略』『お詫び』などの言葉を盛り込み、歴代内閣が示した立場を継承した。　　　　</strong></p><p><strong>＞『安倍氏は保守層の反発を十分に想定した上で、専門家や側近の意見を幅広く聞き、談話の発表に踏み切った。　　　　</strong></p><p><strong>＞すると、高市氏が乗り込んできて＜なんでこんなもの（言葉）を入れたんですか！＞などと食ってかかったのです』（安倍氏側近）　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、安倍氏はピシャリと叱りつけたという。　　　　</strong></p><p><strong>＞『君は政治の現実を何も分かってない！』」　　　　</strong></p><p><strong>＞今から<span>26</span>年前、高市議員は憲法調査会で、「日本国民は、恒久の平和を念願し<span>──</span>」という憲法の前文に噛みついて、「このおめでたい一文を改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っています」といい放ったという（しんぶん赤旗日曜版〈<span>6</span>月<span>14</span>日付〉「金平茂紀のメディア日誌」から）。　　　</strong></p><p><strong>＞おめでたいのは彼女のほうだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞高市首相は「平和」「戦争責任」「反省」という言葉が大嫌いなようだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞したがって、上皇や今上天皇が広島、長崎、沖縄だけではなく、多くの日本兵が亡くなった激戦地を訪れ、平和の尊さ、二度と戦争はしないという「お言葉」を発することが気に食わないのだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞象徴的だったのは、<span>4</span>月<span>29</span>日に日本武道館で行われた政府主催の「昭和<span>100</span>年記念式典」。　　　　</strong></p><p><strong>＞天皇皇后両陛下が入場の際、先導したのは木原稔官房長官。　　　　</strong></p><p><strong>＞昭和<span>43</span>年<span>10</span>月の「明治百年記念式典」では、佐藤栄作首相が先導していた。　　　　</strong></p><p><strong>＞式辞を高市首相が述べ、「日本列島を、強く豊かに」などとトランプ大統領のようなキャッチフレーズを喜々として主張したが、なぜか、天皇の「お言葉」はなかった。　　　　</strong></p><p><strong>＞翌日、異例なことに宮内庁が、「両陛下は歴史から謙虚に学び、平和を守り続けることが大切との思いで式典に臨んでいた」と発表したのである。　　　　　</strong></p><p><strong>＞■唐突に養子案を持ち込んだ　　　　</strong></p><p><strong>＞私は、「愛子天皇」の可能性を葬り去っただけでなく、旧皇族から男子を養子に迎え、結婚して男の子が生まれたら天皇にするというバカげた案を、唐突に皇室典範改正に入れ込んだ背景に、高市首相の&amp;ldquo;怨念&amp;rdquo;のようなものを感じる。　　　　</strong></p><p><strong>＞国民の総意ではなく、政治家の操り人形のように動く天皇をつくろうという&amp;ldquo;企み&amp;rdquo;ではないのか。　　　　</strong></p><p><strong>＞そして憲法第<span>1</span>条をこう変える。　　　　</strong></p><p><strong>＞「天皇は主権の存する&amp;ldquo;国家&amp;rdquo;の総意に基く」　　　　</strong></p><p><strong>＞上野千鶴子東大名誉教授は月刊誌「世界」（<span>8</span>月号）で、こう書いている。　　　　</strong></p><p><strong>＞「保守派は天皇を尊崇すると言いながら、実のところ継承者の選択肢を狭めることで天皇制の衰退に手を貸していることになる」　　　　　　</strong></p><p><strong>＞初の女性首相というだけで、頭の構造は&amp;ldquo;ネトウヨ&amp;rdquo;同様の高市首相が、万が一、後世に名を残すとすれば、「天皇制崩壊のきっかけをつくった首相」としてなのかもしれない。 　　　　</strong></p><p><strong>＞（文中一部敬称略）　　　　</strong></p><p><strong>＞（元木昌彦／「週刊現代」「フライデー」元編集長）　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/444482_941656_1780818246.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile444482_941656_1780818246.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/444482_941656_1780818246.jpg" border="0" /></a><a 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    </item>
    <item>
      <title>グテレス事務総長　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865195</link>
      <description>&amp;nbsp;＞時事通信　　　＞「女性権利向上の政策を」=皇室典範改正で国連総長　　　＞１０時間　　　＞　【ニューヨーク時事】国連のハク事務総長副報道官は１７日、日本の皇室典範改正を受け、「全ての国に対し、あらゆる地位や職業において女性の権利向上につながる包摂的な政策を奨励する」とのグテレス事務総長の見解を示した。　　　　＞定例会見で記者の質問に答えた。　　　　＞　国連女性差別撤廃委員会は２０２４年、女性皇族による皇位継承を認めていない日本の皇室典範について「男女平等の保証」を求めて改正を勧告。　　　...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865195#comment</comments>
      <pubDate>Sat, 18 Jul 2026 17:49:33 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞時事通信　　　＞「女性権利向上の政策を」<span>=</span>皇室典範改正で国連総長　　　＞１０時間　　　</strong></p><p><strong>＞　【ニューヨーク時事】国連のハク事務総長副報道官は１７日、日本の皇室典範改正を受け、「全ての国に対し、あらゆる地位や職業において女性の権利向上につながる包摂的な政策を奨励する」とのグテレス事務総長の見解を示した。　　　　</strong></p><p><strong>＞定例会見で記者の質問に答えた。　　　　</strong></p><p><strong>＞　国連女性差別撤廃委員会は２０２４年、女性皇族による皇位継承を認めていない日本の皇室典範について「男女平等の保証」を求めて改正を勧告。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>我が国は男女同権ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞日本政府は「皇位継承の在り方は国の基本に関わる事項だ」と強く抗議していた。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>天皇は人間であり、皇位継承の男女同権は避けられませんね。　　　</strong></p><p><strong>国の基本が歪んでいては、其の運営はどうにもならない。　　　</strong></p><p><strong>我々の政府は <span>&amp;lsquo;</span>我々は何処に行くのか<span>&amp;rsquo; </span>の哲学的命題に真摯に答えるべきである。さもなければ、我が国は世界の進歩に遅れる。　　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにできない。実況放送・現状報告に終始する。現実の内容ばかりである。</strong></p><p><strong>わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。現実ばかりがあって非現実の内容<span> (</span>視点・論点<span>) </span>がない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。　<span>[</span>木鐸<span>=</span>ぼくたく：世人を教え導く人<span>]</span>　</strong></p><p><strong>「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。リーズン<span> (</span>理性・理由・適当<span>) </span>の価値は教養により高められる。我々日本人は他人の受け売りを学ぶばかりで、自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人主義がなく、個人の価値が低い。社会に有能な指導者が現れない。　　　　　　　　</strong></p><p><strong>英米流の高等教育機関において、自己の個人的な見解を論文にて明らかにすれば、独創性が認められると学位<span> (</span>博士号など<span>) </span>が得られる。ぜひ獲得すべき知性の保証です。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>イザヤ・ベンダサンは、自著<span> &amp;lt;</span>日本人とユダヤ人<span>&amp;gt; </span>の中で<span> &amp;lsquo;</span>自らの立場<span>&amp;rsquo; </span>について以下のように述べています。　　　</strong></p><p><strong>何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・<span> (</span>引用終り<span>)&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; </span></strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/310089_941605_1780709303.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile310089_941605_1780709303.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/310089_941605_1780709303.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>田中駿介氏　片山杜秀氏　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865189</link>
      <description>&amp;nbsp;＞AERA DIGITAL　　　＞「三流国家の政治じゃないですか」修復不能なほど劣化した日本政治&amp;rdquo;失われた30年&amp;rdquo; の重すぎる代償　　　田中駿介、片山杜秀によるストーリー　　　＞・１時間・　　　＞　日本経済の停滞を「失われた30年」と呼ぶなら、日本政治にもまた同じ30年がある。　　　　＞片山杜秀氏は、小選挙区制と二大政党制という理想にこだわり続けた結果、政治が長期的に劣化したと指摘します。　　　　＞制度と現実のズレがもたらしたものとは何か。　　　　＞片山氏と田中駿介氏が語り合った最新刊『国家が戦...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865189#comment</comments>
      <pubDate>Fri, 17 Jul 2026 18:48:20 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
      <guid>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865189</guid>
      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/478341_941603_1780671284.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile478341_941603_1780671284.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/478341_941603_1780671284.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/478341_941603_1780671284.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile478341_941603_1780671284.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/478341_941603_1780671284.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/478341_941603_1780671284.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile478341_941603_1780671284.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/478341_941603_1780671284.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/478341_941603_1780671284.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile478341_941603_1780671284.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/478341_941603_1780671284.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞<span>AERA DIGITAL</span>　　　＞「三流国家の政治じゃないですか」修復不能なほど劣化した日本政治<span>&amp;rdquo;</span>失われた<span>30</span>年<span>&amp;rdquo; </span>の重すぎる代償　　　田中駿介、片山杜秀によるストーリー　　　＞・１時間・　　　</strong></p><p><strong>＞　日本経済の停滞を「失われた<span>30</span>年」と呼ぶなら、日本政治にもまた同じ<span>30</span>年がある。　　　　</strong></p><p><strong>＞片山杜秀氏は、小選挙区制と二大政党制という理想にこだわり続けた結果、政治が長期的に劣化したと指摘します。　　　　</strong></p><p><strong>＞制度と現実のズレがもたらしたものとは何か。　　　　</strong></p><p><strong>＞片山氏と田中駿介氏が語り合った最新刊『国家が戦争に向かうとき　昭和<span>10</span>年代に回帰する日本の現在地』（朝日新書）から、一部を抜粋・再編集してお届けします。　　　　</strong></p><p><strong>＞＊　　＊　　＊　　　　</strong></p><p><strong>＞■政治の「失われた<span>30</span>年」　　　　</strong></p><p><strong>＞片山　日本の経済には、バブルが崩壊してからの長い低迷を指して「失われた<span>30</span>年」という言い方がありますよね。　　　　</strong></p><p><strong>＞あれは別に失われたというよりも、そもそも日本の経済の規模を勘違いしていたり、冷戦構造でいろいろ恩恵に浴していたから、その崩壊後にうまくいかなくなったりと、いわばシチュエーションが変わったからそうなったのだとは思いますが。　　　　</strong></p><p><strong>＞　それに対して日本の政治には、明らかに「失われた<span>30</span>年」があります。　　　　</strong></p><p><strong>＞つまり、適切ではない目標を適切な目標であるかのように、みんなが言いつくろうことで<span>30</span>年以上も低迷してしまった、<span>90</span>年代以降の「二大政党を目指す小選挙区の時代」のことです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　この間、その時代からしか知らないような政治家ばかりになってしまいましたよね。　　　　</strong></p><p><strong>＞国会議員を<span>30</span>年以上やっていて、細川護煕連立政権、小沢一郎がしかけた小選挙区の時代の前のことを知っている人は、もう大長老のようになっています。　　　　</strong></p><p><strong>＞要するに、日本の政治風土から言ってあり得ないんじゃないかと、今にして思えば思うようなことだけで政治をやってきて、<span>30 </span>年以上も経っているわけです。　　　　</strong></p><p><strong>＞これが今、決定的に日本の政治がおかしくなっている理由ではないでしょうか。　　　　</strong></p><p><strong>＞　石破前首相は「小選挙区は間違っていたから前の中選挙区を考慮する」というようなことを微妙に言っていますよね。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人は思考を停止していますね。政治家には政治哲学がないですね。日本の政治家には議論ができませんね。小選挙区の利点はれられませんね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞田中　石破氏は<span>1986</span>年に衆議院議員に初当選しました。　　　　</strong></p><p><strong>＞<span>93</span>年の政治改革の中で自民党を離党し、小沢氏の新生党や新進党に参加しましたが、<span>97 </span>年に自民党に復党しています。　　　　</strong></p><p><strong>＞片山　国際的にみれば、変な制度なのかもしれませんが、大正<span>14</span>（<span>1925</span>）年に護憲三派内閣（立憲政友会・憲政会・革新倶楽部の連立政権）が護憲三派のみんなが当選するようにとつくった普通選挙法以来行われていた、一つの選挙区から<span>3</span>人くらい当選するようにしましょうという中選挙区制がなかなか日本の現実に合っていると思います。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>ノンポリの三人組ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　もちろん、日本の政治風土とは何なのかと突き詰めだすと難しい。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし、二大政党を目指して政権交代があるのがいいんだという一つの理想論は、日本の現実には合っていなかったことが<span>30</span>年以上やってみて基本的にはわかったはずです。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。保守と革新がない。皆が現実肯定主義者である。これでは議論が成り立たない。二大政党が成り立たない。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞だから一言すみませんでしたと謝って、中選挙区に戻したらいいだけです。　　　　</strong></p><p><strong>＞そのほうが安定する政治ができるのではないでしょうか。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>政治哲学があれば、改革派と現実構成主義者との間で議論ができる。政治哲学がなければ、人類の進歩はない。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　リーダーシップの話も日本には向いていない話でしょうね。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。日本人の責任者は、責任ある指導ができない。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞こちらのほうが政治文化的にはっきりしていると思います。　　　　</strong></p><p><strong>＞天皇との関係性の問題もあるでしょうし、「天皇に対しておそれ多いから、あまり偉そうにすんじゃない」というのは、日本の近代の一つの政治の在り様です。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>それは序列人間のメンタリティ<span> (</span>考え方<span>) </span>ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞明治憲法下においては総理大臣といっても弱いもので、他の大臣に対して指導できるポジショニングではなく、対等な国務大臣の中の議長くらいのレベル以上には力がないように設定されていました。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人には個人主義がない。優れた個人を選出する仕組みがない。凡凡ばかりである。　　　　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞アメリカ大統領気取りで、天皇よりも偉そうにするやつが出てくるのは、日本ではあり得ないんだというのが明治以来のコンセンサスです。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。それは序列国家のコンセンサスですね。　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞天皇になり代わって偉そうにしていた征夷大将軍はもう要りません、「将軍よ、さようなら」というのが明治維新、王政復古だった。　　　　</strong></p><p><strong>＞　偉そうにしているのは天皇だけでいい。　　　　</strong></p><p><strong>＞ただ、天皇は権力を持っていないから、偉そうにしていない連中が権力を適当に調整して、天皇に「こうなさりませ」と言って、天皇は「はい」とうなずいて、これでいいと文書に判子を押すだけ。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>それは傀儡政権ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞天皇に無理やり判子を押させようとする偉そうなやつが出てきたら、徳川将軍の再来とか足利尊氏のようだとか言って、逆賊扱いをして、「けしからん、天皇陛下におそれ多い」と、つぶしてきたのが戦前、戦中の政治の在り様です。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。日本人には意思がない。意思のない人間には責任がない。とかく、この世は無責任。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞出る杭は打たれるという横並びの農村社会的な文化とも言えますね。　　　　</strong></p><p><strong>＞村長（むらおさ）のもとで、みんなで「まあ、まあ」と適当に酒でも飲んで、「これで納得してくれや」と言われたら、おとなしく従う。　　　　</strong></p><p><strong>＞それが日本の政治だから、「いや、俺は絶対こうする」と言うやつが出てくると、「何だ、こいつ」となるわけです。　　　　</strong></p><p><strong>＞田中　首相のリーダーシップの話で言えば、<span>90</span>年代の橋本龍太郎政権の頃から政治主導や行政改革と言って、省庁の仕組みをいじり出しました。　　　　</strong></p><p><strong>＞片山　あれ以降、官僚の機能不全が目立ち始めて今に至るのではないですか。　　　　</strong></p><p><strong>＞小泉純一郎政権から顕著で、特に第二次安倍政権が烈々と推進した「官邸主導」が決定的でしょう。　　　　</strong></p><p><strong>＞首相官邸の機能を強くするために内閣官房と内閣府を強化すると言って、○○担当大臣を増やして、内閣官房や内閣府に各省庁から出向で一応優秀な人材を引っこ抜いてきて、いわゆるエリート官僚を官邸に集める。　　　　</strong></p><p><strong>＞そして省庁を完全に支配するために、人事権を取り上げないと抵抗するからと、内閣人事局を内閣官房に置きました。　　　　</strong></p><p><strong>＞省庁の人事を省庁の外で操れるようにする制度を設けて、官僚に言うことを聞かせる仕組みを作ったわけです。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　しかし結果的には、各省庁が縄張りの中で自意識や誇りを持って競い合ってうまく回ってきたというブラスの面を壊しただけではないでしょうか。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。官僚には政治責任がないですからね。彼らは国民の代表ではないのです。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞それに専門家でもよくわからないという事柄が多くなっている中で、普段は内閣府にいて部下が何人かしかいない担当大臣がある省庁に乗り込んで、いきなり指示・命令しても、うまくいくとは思えません。　　　　</strong></p><p><strong>＞　アメリカのように、トップが代わるたびに各省庁のいろいろなポストがすげ替えられて、民間からもたくさん登用するという仕組みなら、こうした官邸主導もうまくいくのかもしれません。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。我が国にも人事の交流が必要ですね。だが、序列人間には人事の交流が難しい。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞結局のところ、官邸主導は日本の政治文化に見合った政治の仕組みではないのでしょう。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>西洋人の真似は、日本人には難しいでしょうね。それでも官邸には政治責任がありますね。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞「官邸主導を強くするために機構改革しました」というのは、確かにそれらしく見えるから、「やってますね」という感じはします。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかし結果的には、森友問題で不思議な答弁を繰り返した財務省の佐川宣寿のような方が偉くなる仕組みでしかない。　　　　</strong></p><p><strong>＞首相の発言に沿った（忖度した）答弁に終始することで、あとでいいポストが約束されるなんて、三流国家の政治じゃないですか。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　<span>90</span>年代以降、そういう結果しかもたらさないような日本に合わないことを官邸主導だ、政治主導だ、首相のリーダーシップだと、もっともらしく言ってやってきた。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞政党のデザインやそれに合わせた選挙区のデザインも、やはり日本に合うことをやってこなかった。　　　　</strong></p><p><strong>＞日本には合っていないと誰も改めて言うことができないまま<span>30</span>年が過ぎて、もう修復不能なくらい政治は劣化してしまったわけです。　　　　</strong></p><p><strong>＞　要するに、戦後の政治も含め、明治以来の政治が作ってきたいい貯金、悪い貯金を全部食いつぶしてきたのが<span>90</span>年代以降の政治であって、やはり「失われた<span>30</span>年」と呼ぶにふさわしい気がします。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>我が国の政治は、国際社会の政治とも関係があります。　　　</strong></p><p><strong>我が国の政治家が国際社会の政治家として通用する政治環境が、わが国内にも必要ですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>日本人には理屈というものが通じない。あるべき姿がない。とかく発言は出まかせになる。　　　</strong></p><p><strong>極東軍事裁判のＡ級戦犯は神様として靖国神社に祀られている。　　　</strong></p><p><strong>大相撲は神聖な儀式であるといいながら、勝負の後には金銭の授受が行われる。　　　</strong></p><p><strong>男女同権と言いながら男系男子の皇位継承が改められない。　　　</strong></p><p><strong>日本人には現実（事実）があって、非現実（考え・哲学）がない。だから人人は前例<span> (</span>現実<span>) </span>の中に埋没して生きている。　　　</strong></p><p><strong>矛盾を指摘されても、改められないのはどういうわけか。それは前例がないからである。これが日本人の言い訳である。日本人に非現実がないからである。　　　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/478341_941603_1780671284.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile478341_941603_1780671284.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/478341_941603_1780671284.jpg" border="0" /></a><a 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    </item>
    <item>
      <title>清水克行氏　　</title>
      <link>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865187</link>
      <description>&amp;nbsp;＞文春オンライン　　　＞天皇家はなぜ続いたか? 「日本史上、最も危険だったのは足利義満の時代だった」　　　＞清水克行によるストーリー　　　＞・３時間・　　　＞　今国会で皇族数確保のため、皇室典範が初めて本格的に改正された。　　　　&amp;nbsp;序列メンタリティの持ち主からすると、序列は長いほど権威がありますからね。　　&amp;nbsp;＞天皇家は中世になって権力を失い、危機を迎えても、なぜ存続してきたのか。　　　　&amp;nbsp;それは神がかっていたからでしょう。　　　&amp;nbsp;＞◆◆◆　　　　＞「天皇」をめぐって騒然とした...</description>
      <comments>https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865187#comment</comments>
      <pubDate>Fri, 17 Jul 2026 16:19:57 +0900</pubDate>
      <author>シンちゃん</author>
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      <category>アルバム</category>
      <content:encoded><![CDATA[<p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a></p><p>&amp;nbsp;</p><p><strong>＞文春オンライン　　　＞天皇家はなぜ続いたか<span>? </span>「日本史上、最も危険だったのは足利義満の時代だった」　　　＞清水克行によるストーリー　　　＞・３時間・　　　</strong></p><p><strong>＞　今国会で皇族数確保のため、皇室典範が初めて本格的に改正された。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>序列メンタリティの持ち主からすると、序列は長いほど権威がありますからね。　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞天皇家は中世になって権力を失い、危機を迎えても、なぜ存続してきたのか。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>それは神がかっていたからでしょう。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞◆◆◆　　　　</strong></p><p><strong>＞「天皇」をめぐって騒然とした情勢に　　　　</strong></p><p><strong>＞　僕がまだ高校生だった<span>1989</span>年<span>1</span>月、「昭和」から「平成」への代替りが起こった。　　　　</strong></p><p><strong>＞　その前年秋から昭和天皇は重体に陥り、テレビは深夜でも天皇の体温と吐血量・下血量をニューステロップとして流し続け、列島全土に自粛ムードが広がった。　　　　</strong></p><p><strong>＞井上陽水さんが車窓から「みなさ～ん、お元気ですか～？」と能天気に語りかける自動車<span>CM</span>はセリフ音声が消されて口パクになり、各地の祭りやイベントは軒並み中止。　　　　</strong></p><p><strong>＞高校<span>2</span>年生で文化祭の準備に張り切っていた僕らも、万一の際には文化祭が中止になる可能性があることを先生から告げられてショックをうけた。　　　　</strong></p><p><strong>＞　代替り後も、<span>90</span>年<span>1</span>月には「昭和天皇に戦争責任がある」と発言した長崎市長が右翼に狙撃され重傷を負い、<span>4</span>月には大嘗祭<span>(</span>だいじょうさい<span>)</span>に反対した大学学長の自宅に銃弾が撃ち込まれるなど、世間は「天皇」をめぐって騒然とした情勢となっていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞　生まれたときから「天皇」といえば昭和天皇しか知らず、それまで特段、天皇という存在を意識してこなかった僕にとって、この<span>1</span>、<span>2</span>年の出来事は衝撃的だった。　　　　</strong></p><p><strong>＞なぜ天皇の存在が、こんなにも日本社会に大きな影響を与えるのか？　　　　　</strong></p><p><strong>＞放課後に予備校の授業を聴きながら、ずっとそんなことを考えていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞いま思えば、大学で日本史を専攻しようと高校生の僕が決心したのには、そうした時代背景もあったように思う。　　　　</strong></p><p><strong>＞　その頃は、ちょうど歴史学界でも、天皇について本格的に研究しようという機運が高まっていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞日本中世史家の網野善彦<span>(</span>あみのよしひこ<span>)</span>（<span>1928</span>～<span>2004</span>）さんは、高校教員時代に「中世になって権力を失ったと言われながらも、なぜ天皇家はいまだに続いているのか？」と生徒から質問されて答えに窮した体験をし、以来、天皇制を下支えした非農業民の世界を解明することに情熱を傾けていた。　　　</strong></p><p><strong>＞政治史研究の分野では、今谷明<span>(</span>いまたにあきら<span>)</span>さんが、日本史上、天皇制にとって最も危機だったのは、信長でも秀吉でもなく足利義満の時代で、あと一歩で義満は王権簒奪<span>(</span>さんだつ<span>)</span>に成功するところだった、というセンセーショナルな学説を唱えて、世間の話題をさらった（それまで地味だった室町時代が一般に注目されるようになったのは、この今谷説の存在が大きい）。　　　　</strong></p><p><strong>＞その他にも、当時は文化人類学からの<span>&amp;ldquo;</span>祭祀王<span>&amp;rdquo;</span>としての天皇の特質に注目した研究なども独特な存在感を放っていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞天皇の呪力を称える『今昔物語集』の最終話　　　　</strong></p><p><strong>＞　ただ、その後しばらくすると、そうした天皇に関する研究、とくにその権威の源泉を探ろうとするアプローチは尻すぼみに萎<span>(</span>しぼ<span>)</span>み、一気に流行らなくなってしまう。　　　　</strong></p><p><strong>＞その理由は、それらの新しい研究に対して「天皇権威を過大評価している」という学界内からの異論が立て続けに出されたためだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞たしかに、それらの研究が実証的に様々な問題を抱えていたことは確かだが、当時の批判のなかには明らかに「寝た子を起こすな」というニュアンスのものもあって、いま振り返ると学問的な批判とは言いがたいものもあった。　　　　</strong></p><p><strong>＞とくに、あの代替りの異様な雰囲気に押されて日本史の勉強を志した僕としては、その後、天皇権威の社会基盤に注目した研究がほとんど見られなくなってしまったことは、率直に寂しい。　　　　</strong></p><p><strong>＞　たとえば、平安末期にできた『今昔物語集』の最終話には、当時の庶民が天皇をどう見ていたかを示す、こんな不思議な説話が載っている。　　　　　</strong></p><p><strong>＞　今は昔、近江国栗太<span>(</span>くるもと<span>)</span>郡（滋賀県南部）に巨大な柞<span>(</span>ははそ<span>)</span>（カシ類の総称）の樹が生えていた。　　　　</strong></p><p><strong>＞その周囲はおよそ<span>900</span>メートルというのだから、途方もなく大きい。　　　　</strong></p><p><strong>＞あまりに巨大なので、その影が朝には丹波国（京都府中部と兵庫県の一部）まで伸び、夕には伊勢国（三重県の大部分）まで伸びたという。　　　　</strong></p><p><strong>＞雷が鳴っても動かず、大風が吹いても揺るがない。　　　　</strong></p><p><strong>＞でも、そうなると、地元の百姓たちは農地を耕やそうにも、この樹の影になってしまい、まったく田畠に日が当たらない。　　　　</strong></p><p><strong>＞そこで困った百姓たちが朝廷にこのことを訴えたところ、天皇は掃部宿禰<span>(</span>かにもりのすくね<span>)</span>という廷臣をお遣わしになって、この巨木をみごとに切り倒してくれた。　　　　</strong></p><p><strong>＞以来、この土地は豊かに富み栄えたとさ（巻<span>31</span>の<span>37</span>話）。　　　　</strong></p><p><strong>＞　そんな巨大な樹があるわけないのだから、もちろんこの話は史実ではないだろう。　　　　</strong></p><p><strong>＞ただ、この説話の面白いのは、人間の力を超える巨大な自然に対して、それに対抗する存在として、他でもない天皇が呼び出されているところだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞しかも、そんな話が『今昔物語集』全<span>1000</span>余話の最末に置かれているというのも、極めて象徴的である。　　　　</strong></p><p><strong>＞古代の説話のなかには、こんな天皇の呪力を称<span>(</span>たた<span>)</span>えるような話が他にいくつも確認できる。　　　　</strong></p><p><strong>＞実力があっても、将軍や大名ではダメ　　　　</strong></p><p><strong>＞　実際、この手の話はなにも平安時代に限ったものではなく、遥か後の室町時代にも引き続き再生産され続けているのだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞　長禄<span>4</span>年（<span>1460</span>）、山城国（京都府南部）で実際にあった話である。竹田寺という寺院の修造をしようと人々が堀をほっていたところ、土の中から、突如、謎の石櫃<span>(</span>いしびつ<span>)</span>が姿を現した。　　　　</strong></p><p><strong>＞この石櫃は大変重いもので、引き上げようとしても引き上げられず、ふたを開けようと思っても一向に開かなかった。　　　　</strong></p><p><strong>＞そこで村人たちはその土地の領主に相談したところ、領主の三条氏は「これはまったく奇怪なことだ。　　　　</strong></p><p><strong>＞私の責任範囲を超えている」と怯<span>(</span>おび<span>)</span>えだし、そのまま事態は朝廷に報告されるところとなった。　　　　</strong></p><p><strong>＞　その結果、ときの後花園<span>(</span>ごはなぞの<span>)</span>天皇はわざわざ蔵人<span>(</span>くろうど<span>)</span>二人を現地に派遣して、彼ら勅使の立会いのもと、石櫃のふたが開けられることとなった。　　　　</strong></p><p><strong>＞かくして仰々<span>(</span>ぎょうぎょう<span>)</span>しい準備のすえ、石のふたが開けられる。　　　　</strong></p><p><strong>＞中からどんなお宝が出てくるのか、あるいはどんな物<span>(</span>もの<span>)</span>の怪<span>(</span>け<span>)</span>が飛び出してくるのか<span>&amp;hellip;&amp;hellip;</span>。　　　　</strong></p><p><strong>＞ところが、多くの人々の期待と不安に反して、石櫃の中には法華経と阿弥陀経が入っていたぐらいで、残念ながらとくに大したものは見つからなかった。　　　　</strong></p><p><strong>＞わざわざ都から下向してきた勅使たちの苦労は、けっきょく、骨折り損に終わったのだった（『経覚私要鈔』長禄<span>4</span>年<span>10</span>月<span>10</span>日条）。　　　　</strong></p><p><strong>＞　こんなことでいちいち相談を持ち込まれる天皇も難儀だろうが、当時の人々は不思議なものに遭遇すると、何らかの祟りを恐れて、それを超える権威にすがろうと考えたようだ。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞そういう時は、いくら実力があるからといって、将軍や大名ではダメ。　　　　</strong></p><p><strong>＞やはり古代以来の天皇という存在が、なによりも重宝された。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。他力本願・神頼みですね。　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>＞　もちろん、これですべてが説明できるわけでもないが、政治権力を喪失しながらも天皇が日本史上に存続しえた謎を本当に解明するのならば、こうした当時の人々の心性にまで立ち返って、もう一度、点検していく必要があるだろう。　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>そうですね。自らの願望で制度を規定しようとする人達がいますからね。　　　　　　　　　</strong></p><p><strong>「「権威主義」が悪の源でもなく、「民主主義」が混乱を生むものでもなく、それよりも、もっと根底にある日本人の習性である、「人」には従ったり（人を従えたり）、影響され（影響を与え）ても、「ルール」を設定したり、それに従う、という伝統がない社会であるということが、最も大きなガンになっているようである」<span> (</span>中根千絵<span>)</span>　　　　</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p><strong>&amp;nbsp;</strong></p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p>&amp;nbsp;</p><p><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a><a class="albumPic" href="/img/image/blog/vn_600x600/737364_941594_1780650606.jpg" target="_blank"><img title="mceItemFile737364_941594_1780650606.jpg" src="/img/image/blog/v_150x150/737364_941594_1780650606.jpg" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>
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