まち本!の「清水眞砂子さん講演録2「放課後というたからもの 学童保育のもつ力」」
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清水眞砂子さん講演録2「放課後というたからもの 学童保育のもつ力」
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2011年03月08日 13:54
講演録1よりつづく


■日常のきらめきを大切に
さてここで、「日常」ということについて考えてみたいと思います。東京大学の西垣通先生がおっしゃっているのですが、八十年代から情報化社会に入ってきて「情報化社会のものさし」というものが次第にできてきました。「ものめずらしく、刺激的なことが善」で「凡庸で退屈なことが悪」だと考えるものさしです。このものさしをあてがっていくとどうなるか。日常は本来、凡庸で退屈なものです。でも、それが悪だとされるわけです。今、私たちの社会はともすれば日常性が否定される、イベントと消費が中心の社会になっています。たえずイベントを立ち上げなければ何もしていないような気になってしまう。そして、消費、消費、消費。私たちは今、まさにイベントと消費が大手をふってまかり通る社会に大人も子どもも放り込まれているのです。
ある時、学生たちに「幼年時代の一番幸せな思い出は?」と聞くと、ほとんどがディズニーランドに連れて行ってもらったとか、何かを買ってもらったことと答えました。本当にそうか、私は信じられませんでした。いつだったか知り合いの男性に同じ質問をしたところ、「おふくろに心中を持ちかけられたこと」という答えが返ってきました。小学校三年生のとき、茶箪笥にあったお金に手を出して、一回目も二回目も気づかれないと思ったら三回目にお母さんの前に正座させられて、「お前をこんなふうに育てた覚えはない。今度やったら母さんはお前を殺して私も死ぬ」と言われたというのです。そしてこれが、幼年時代の一番幸せな思い出だと。私が質問した時、彼は五十代に入っていましたが、「ぼくはあの瞬間のおふくろに今まで支えられてきたような気がする」と話してくれました。心中は愛の極致ともいえます。それほどまでに自分は母親にとって大事な人間だったのだと、おそらく彼は子ども心に感じ取ったのでしょうね。
その話を聞いていましたから、子ども時代の最も幸せな思い出がイベントや消費にしかないはずはないと、翌年「どこかに連れて行ってもらったことと、何かを買ってもらったことを除いて子ども時代の一番幸せな思い出は?」と聞いたのです。すると、出てくる、出てくる(笑)。本がひとり一冊ずつできてしまうと思われるほどの内容でした。
ある学生は幼稚園の年中の時、おばあちゃんが入院して、おじいちゃんと一緒にお見舞いに行ったときの話をしてくれました。お見舞いに行く電車の中で、隣に座ったおじいちゃんがずっと自分のひざをトントントントンとたたき続けてくれたというのです。それが「幼年時代の一番幸せな思い出」として心に残っていると。その学生は「口に出して言ってみて初めて気づいたけれど、私はあのときのトントンに支えられて今まで生きてこられたのかもしれません」と言っていました。当のおじいちゃんは今ではそのことを忘れているかもしれません。トントンとたたいたのも、もしかしたら孫のためではなく自分が不安でやったのかもしれない。でも、何が事実かはこの際どうでもいいのです。その子がそのトントンに支えられて今まできたということ。それが大事なのです。
日常は確かに凡庸で退屈で、そのきらめきは目をこらしてもなかなか見えてこないものなのかもしれません。でも、実はそうした日常のひとコマひとコマがその子の人生を作り、支えていく力になっている。情報化社会の中で、日常を疎かにしてはいけないというのは、そういうことなのです。子どもにとって毎日がどんなにキラキラした、不思議と驚きに満ち満ちたものか、大方の大人たちは忘れてしまっていますが、日常はそんな薄っぺらなものではありません。その日常を大切にすることが、学童保育にはできるのではないでしょうか。日常の大切さを忘れ、「刺激を、刺激を」という大人たちにも日常の大切さを思い起こしてもらえる場、それが学童保育なのかもしれません。

■現代社会を取り巻くもの
ところで、このところますます勢力を伸ばしているのは能力主義という怪物です。何かができなければ、何かをなし得なければいけないと思わせる風潮という怪物です。同時に「コンプライアンス(法令順守)」と「クライアント」という二つの言葉が私たちを支配しようとしています。
コンプライアンスが法令順守という意味で使われ出したのはごく最近のことで、研究社の新英和大辞典では、第6版にようやく出てきます。日本の企業が使い始めて、あっという間に広がりました。先日、よその県の県立図書館に講演に呼ばれて行ったときのことですが、裏口から案内されて入っていったのですが、廊下がずっと真っ暗なんですね。聞くと、「昼休みは節電のため電気を全部消しています」と言うんです。それはわかるけれど、そうまでしてコンプライアンスが大事なのかと思ってしまいました。人間は賢くて、臨機応変という言葉があるように、たとえ規則があっても必要なときには規則にのっとることをしないできました。そういう柔軟性が、かつての私たちの暮らしにはあり、一人一人が持っていたはずなんです。でも今は、コンプライアンスがさらに力をもって、規則さえ守っていれば何をしてもいいという方向にまで向かっているような気がします。
もうひとつ、クライアントという言葉。建築なら依頼する側の施主、カウンセリングならカウンセラーを受ける相談者がクライアントですね。これまで私はずっとさぼっていて疑問に思わなかったのですが、実はクライアントというのは本来「奴隷」とか「家来」いう意味なんですね。クライアンドステイトといえば「属国」です。
精神科医の中井久夫さんが何かの本でおっしゃっていましたが、「精神科医が患者を治すと、精神科医は成功したと安心してしまうけれど、実はそのとき患者の生きる力の何十パーセントかを奪っていることに医者は気づいていない」というんですね。これは本当に大事なことだと思いました。大人と子どもの関係でも同じことが言えます。子どもは弱い立場にいますから、大人のいうことを聞かざるを得ません。大人はそういう子どもを見て、「ああ、立派にちゃんとやっている」と思ってしまう。でもそのとき、子どもの力の何十パーセントかを奪っていることに大人は気づかない。こういうケースは実はたくさんあるように思います。
十数年前だったかと思いますが、文科省から通達が出ました。「ひとりでいる子には注意を払うように」と。何か事件や事故が起こると、校門に先生が立って登校してくる子どもたちに声をかけます。そして、子どもたちの表情を見て前日と違っていたら、相談室に呼んでいろいろ話を聞く学校もあります。実際、それが良い教育実践としてNHKでも放映されたことがあります。私はそのテレビを見ていて、何てひどいことをするのだろうと思いました。こんなことをされたら子どもはたまったもんじゃないと。だって、毎日元気で明るい顔をしていなくてはならなくなるわけです。子どもに嘘をつくことを強要しているようなものです。自分が自分でいられなくなるような状況を、大人は「善意」という名のもとに、「教育」という名のもとにやってしまっているのです。
弱い立場に置かれている子どもがどれだけ演技をしなければいけないか、強い立場の大人は気がつかない。弱い立場を演じ、演じていることに気づかないまま、そういう関係の中で子どもたちは自由に自分自身を生きられなくなっていく。いつもどこかで「強者」と「弱者」がひっくりかえる関係でなければ、人間は堕落してしまう。親子も、教師と生徒のあいだにもそれはいえると思います。
今は、グローバル化といわれる流れの中で、人々は成果主義に追いやられ、関係の逆転が起こりにくい。これはとても危ないことです。「管理」や「安全確保」の名のもとに、幼稚園や保育園で少しでもかすり傷を負わせて帰そうものなら、親から抗議が来るといいます。園側はこれが嫌で、けがをさせないように遊具を片付け、安全なところへ子どもを置き、でもそうすると何が危険なのかわからないまま育ってしまう子どもがたくさん出てくる。学童保育が社会で認知され、制度として確立されていくのはいいことでしょうが、一方では、こういう制度がもたらす窮屈さにどう対抗するか。制度にゆだねてしまわない部分を、私たちはどこまで確保できるのでしょうか。

■『トミーが三歳になった日』が描いていたもの
『トミーが三歳になった日』という本があります。第二次世界大戦末期、ナチスの強制収容所に入れられていた若い画家が共に収容所にいる三歳になる息子に描いた絵に、後のドイツの作家がことばを添えた本です。彼は物心ついたときから収容所しか知らない息子に、ここだけが全世界ではないことと、壁の外の世界にいたら生きられるはずの日常を絵に描きます。その中に「元気な男の子が手足にけがをして、腕を包帯でつっている絵」があるのです。自由とは、けがをする自由も含まれているんですよね。絵の中の男の子は痛そうにしていますが、これこそ父親が幼い息子に伝えようとした人間の暮らしなのです。
もちろん、けがなどしない方がいいに決まっています。でも、どんなに注意しても事故は起きます。一切起こさないようにするなんてできないわけです。以前、サッカーのゴールが倒れて人の命が奪われた事故がありました。あってはならないことを起こしてしまったと、校長先生は謝罪をし、そのあと自殺なさった。私はそれを知ったときに、この校長先生は絶対してはいけないことをしてしまったと思いました。つまり、立場上責任を負わされた大人がその後どうするか、子どもたちは真剣に大人のすることを見ているわけです。でも、このケースでは「そうか、事故を起こしたら自殺するしかないんだ」というメッセージを先生は子どもたちに送ってしまった。責任のとり方はさまざまあるはずです。ひょっとしたら俗世間を捨ててお坊さんになるという道だってあるかもしれない。それも含めて失敗した大人がその後をどう生きるか。それを子どもたちは目を見開いて見ているわけです。事故はないにこしたことはない。それでも事故は起きるんです。そのとき、どう向き合うのか、どういう姿を子どもたちに見せるのか。そういう意味で、今、私たちは「大人とは何か」を改めて考えなくてはいけないのではないかと思っています。
時間になりました。私は学童保育という、子どもが子どもでいられる場所にエールを送りたいと思います。さらに、学童保育や保育園で働いている人たちは子どもが親と先生以外にはぼ初めて出会う大人といってもいい。そういう大人は、やっぱり素敵な人であってほしいと思います。失敗もするけれど、遥かなるものへのあこがれを持っている大人、遠いところを見ることのできる大人に出会ってほしいと思うんです。
学生たちは「どうせ大人なんて」とよく言います。私は「どうせ」などと言わせたくないと思って、短大に在職した三十四年、「どうだ」とばかり、学生たちがぐうの音も出ないほど素敵な大人たちを教室に連れてきて話をしてもらいました。あるとき学生が言ったんですね。「先生、テレビに出なくても素敵な大人っているんですね」と。おいおいと思いました(笑)。二十歳になる学生たちが、いかに生の人間に出会っていないかということです。
学童保育は、そういう素敵な大人に出会える場所でもあります。先生でもない、家族でもない人たち、社会の大人たち。学童保育や幼児教育の現場には、そういう素晴らしい人がいてほしいと思います。不完全でいいんです。でも、少なくともあこがれを持つことを捨ててしまっていない人。現実を踏まえながらも遥かなるものをいつも求めようとする人。そういう人たちがいてくれる場所で、子どもたちは育ってほしいと切に願わずにはいられません。


2011年1月23日開催の「第20回静岡県学童保育研究集会in掛川」記念講演より

※この講演録は、主催者と講演者の清水眞砂子さんに確認を取ったうえ、掲載しています。

講演録作成:いいじゃん掛川編集局/河住雅子

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