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迷ったときは庫是(こぜ)に戻る ~掛川信用金庫前理事長 岡村安郎さんに聞く~
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2011年08月19日 15:45
【インタビューに伺うことになった経緯】
「かけしんさん」の呼び名で親しまれている掛川信用金庫は、実は日本で最古の信用組合(現在の掛川信用金)であることをご存知でしたか?
今回、前理事長の岡村安郎さんにお話を伺うことになったのは、この「e-じゃん掛川」にもたびたび登場いただいている掛川信用金庫顧問の杉本周造さんに「茶業の原点とこれから」を取材したとき、こんなメッセージをいただいたのがきっかけでした。
「今回、機会があってお茶の原点のお話をしましたが、掛川には時代や文化や市民性を背景に、現場が地域の産業を支えてきた歴史がたくさんあります。そうした掛川の開発精神、企業の考え方や取り組み方を知ることは、掛川の歩んできた歴史、文化、産業を知ることにつながると思いますよ」

産業史から見える掛川の歴史を、この「e-じゃん掛川」を通じて少しでも掘り下げることができたら――。
そんな思いからいくつかの文献を調べてみると、明治以降の産業史には掛川信用金庫の存在が大きくあることがわかりました。
再び「かけしんさん」に連絡すると、「今日はちょうど前理事長がおりますので、設立からの歴史について詳しいお話を伺うのがいいと思いますよ」と秘書の方が言って下さった。そんな経緯があり、お話を伺うことになったのです。



迷ったときは庫是(こぜ)に戻る
掛川信用金庫前理事長 岡村安郎さんに聞く

■掛川信用金庫の設立からの歴史について、今日はお話を伺うことになりました。どうぞよろしくお願い致します。
私でよかったら、わかる範囲でお答えしますよ(笑)。
掛川信用金庫は明治12年に設立され、平成21年11月に130周年を迎えました。
掛川信用金庫の創始は、二宮尊徳の高弟であり報徳運動の中心人物として知られる岡田良一郎先生が、明治12年11月に地域産業の発展を図るため「勧業資金積立組合」を創設したのがはじまりです。明治25年には日本で最初の信用組合となる「掛川信用組合」に改組し、その後、信用金庫法施行に伴い、昭和27年に現在の「掛川信用金庫」になりました。



■そんな長い歴史があったのですね。「かけしんさん」は日本で最初の信用金庫だと伺って、「日本で最初の信用金庫が掛川にあったんだ!」とびっくりしました。
もともと信用金庫というのは、資本の原理による株式会社の銀行とは異なり、会員の出資による金融機関です。営業地域は一定の地域に限られ、中小企業や個人のお客様が主な取引先ですが、それは「地域で集めた資金を地域の中小企業と個人にご融資することにより、地域社会の発展に寄与する」という信用金庫の目的があるからです。

明治維新以降、日本は資本主義による産業化を進めていましたが、株式組織の銀行は資金を都市部の大企業で集中的に運用していたため、地域の中小企業や住民は資金を利用できませんでした。
掛川ではすでに岡田良一郎先生が、地域の事業育成や農業、工業などの産業奨励のための「資産金貸附所」を明治6年に創設されておりましたので、それが前身となりました。

■「地域に根ざし地域のための金融機関」ができる基盤が、すでにあったということなのですね。
そういうことですね。掛川の産業史を考えると、この岡田良一郎先生の創設した「資産金貸附所」が金融機関のスタートになったということです。

■実際、岡田良一郎の残した言葉があると伺いましたが……。
岡田良一郎先生が明治45年に信用組合長をやめるとき、職員に残した言葉があります。

道徳を根とし
仁義を幹とし
公利を花とし
私利を実とす

道徳は、人として守るべきこと、
仁義は、人が定めた法律、規則、規律、
公利は、地域社会、会員等の利益、
私利は、金庫、役職員の利益、です。
つまり「道徳」「仁義」が根幹にあり、そのうえで地域社会や取引先の利益があり、そして最後に金庫の利益をいただくということです。
現代社会の中で、経済優先、利益優先になるあまり、様々な事件や事故が起きています。まずは「道徳」があり「仁義」があるということを、私たちは考えなければなりません。「仁義」は今でいうコンプライアンス(法令遵守)です。コンプライアンスの前に「道徳」が必要だということです。
この岡田良一郎先生の言葉は、今も掛川信用金庫の経営理念、庫是(こぜ)として引き継がれています。



■具体的にどのように引き継がれているとお考えですか?
迷ったときには庫是に戻る、ということですね。
例えば、この融資は道徳に反してはいないだろうか、法律では禁じられていなくても道徳観に照らし合わせたときどうなのだろう、地域のためになる事業だろうか、ということをまず考えるということです。「借りてくれればいい」という営業をしてはいけないということです。

ですから、バブル経済で沸き立ったときも、掛川信用金庫は無理な融資は行いませんでした。お客様から「かけしんさんは随分のんびりしているね」「積極性がないね」と言われたこともありましたが、それは私たちの根幹にこの言葉があるからです。もちろん、長いお取引につながることがお客様にとっても金庫にとっても良いことですから、双方が永続発展するため、常に「道徳と経済の両立」を考えることは忘れません。

■迷ったときに戻るべき言葉があるというのは、素晴らしいですね。
ありがとうございます(笑)。
掛川信用金庫は、幾多の困難を乗り切ってきた先人たちの努力によって「今」があります。今後も長い歴史と堅実経営の伝統を守りつつ、中小企業の繁栄、住民生活の向上を目指し、共同組織の金融機関として、報徳のまち掛川に本店があるということに誇りを持ち、地域社会に貢献できる金融機関であり続けたいと考えます。



■最後に、岡村さんご自身の「掛川観」をお聞かせいただければと思います。
以前、「静岡県の中で、住みたい街といったら掛川が一番いい」と言って下さった日本銀行静岡支店長さんがいらっしゃいました。掛川には新幹線の駅もある、東名インターチェンジもある、大きな工場もある、そして緑にも恵まれています。平成のはじめの掛川市の大型プロジェクトの効果が出ていると思います。
さらに、歴史的、文化的にも素晴らしい。何より街や暮らしている方々が落ち着いているのがいいですね。報徳の精神が根付いていて、気持ちにゆとりがあるからでしょうか。



また、長い間、信用金庫で働いて感じるのは、掛川の経営者の方々は「会社の規模を一定以上大きくしようといわない」「安定した経営を続けるのにこのくらいの業容がいい」と考えている方が多いように思われることです。「分度」ということでしょうか。身の丈にあった経営をされている中小企業さんが多いと思います。でもそれは、結局「社長さんも地元の人、従業員さんも地元の人」という信頼関係の中でつながっているからだと思います。大企業のように業績が上がった下がったで、従業員を採用したり解雇したり、そんな経営はできませんからね。

今回、私がこのような機会をいただきましたが、掛川にはいろいろな方がいらっしゃいます。掛川がどんな歴史で「今」があるのか、多くの方に知ってもらえるような活動をぜひしてほしいと思いますね。歴史を知らなければ、未来創造はできません。先人たちがどのような道を歩んできたのか、先達の方々がどういう苦労をされてきたのか、それを知れば生半可なことはできないと思うからです。

私たちは、岡田良一郎先生の残して下さった言葉に常に立ち戻り、現代社会の中で何ができるかを考えながら、誇りを持ってこの厳しい状況を乗り切っていきたいと思います。そして、掛川のまちがもっといいまちになるように、みんなで考えて行動していけたらいいですね。掛川のこれからが楽しみです。



【インタビューを終えて】
全国には271の信用金庫があるそうですが(平成23年3月現在)、130年もの歴史のある「かけしんさん」が、日本最古の信用金庫であることを知り、その重みが、岡村前理事長さんの一言一言から伝わってきました。そして「かけしんさん」は「報徳のまちの信用金庫」なんだなと、あらためて感じました。
取材レポート:いいじゃん掛川編集局/河住雅子

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