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市民記者コーナーの「“時を告げる太鼓”①」
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“時を告げる太鼓”①
【閲覧数】476
2010年10月16日 21:09
shinobi
私たちの周囲には、時を知る手段は無数にあります。
私の部屋だけをざっと見渡しただけでも、掛け時計、目覚まし時計、ステレオ、VCR、携帯電話、腕時計、そして朝のテレビ画面などが時を知らせてくれています。
先日も課外授業で掛川城の見学に訪れた小学二年生のグループに訊ねると、全員が腕時計を装着していました。
気がつかなかったのですが、私たちの生活はいつの間にか時計に管理されるようになってしまいました。
いまここで時を知らせる手段がなくなってしまったら、どうなってしまうのでしょう?
現代社会に生きる私たちは時間の重要性は十分理解していても、時刻を知る手段の有難さについては鈍感です。
それでは家庭に時計などなかった時代には、どのように“時の管理”がされていたのでしょうか?
幸いにも掛川城には歴史ある「報刻の太鼓」が現存しているので、そこを糸口にしてそれらの歴史を探ってみることにしました。
『その壱・その歴史について』
時を告げるための「鐘」は全国的に寺院の釣鐘としてもお馴染みですが、「報刻の太鼓」と呼ばれる太鼓は、それほど多くありませんでした。
これらは城内から時刻を告知する訳ですから、当然“城”が存在しない地域には「報刻のための太鼓」は存在していません。
その上、明治維新の廃藩置県のあと「廃城令」により壊されたり民間に払い下げられたりしたため、現在では全国で14しか存在していません。
現存する一番大きな「時の太鼓」は鳥取城で使用されたもので、口径140cm、胴長166cmもあります。
ちなみに掛川城の大太鼓は口径89.5cm、胴長99cm(周囲333cm)、口径のランキングではでは、全国で7番目の大きさです。
現在その大太鼓は、掛川城二の丸御殿の「御広間」にて常時展示公開されています。
現在の掛川城の太鼓は「安政二年八月(1855年)、時を告げる為の太鼓として江戸浅草の太鼓師丸山二右衛門により製作された」と云うことが、この太鼓の中に記されているそうです。
おそらく前年の安政の大地震(1854年11月)のあとに再製作されたのでしょう。
現在の太鼓はその後、革の張替が大正五年、十五年、昭和四十一年、平成四年の計4回行われています。
最初は馬の革でしたが、その後は牛の革に張り替えているそうです。
そして一般に時計が普及して来た明治中期まで「報刻の太鼓」として打ち鳴らされてきたという事です。
次回へ続く!
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