市民記者コーナーの「“時を告げる太鼓”②」
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“時を告げる太鼓”②
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2010年10月17日 21:18
『その弐・太鼓櫓(やぐら)について』

では、その音はどのくらい遠くまで届いたのでしょう?

掛川城では、この太鼓を太鼓櫓(やぐら)と呼ばれている塔の2階天井に吊るし、それを時刻に合わせて“ばち”で叩いたそうです。
当時は現在のような雑音はなく、建物も少なかったので“一里(およそ4km)四方に鳴り響いた”と伝えられています。


全国の城郭には22の太鼓櫓が存在していますがその内8つが復元で、現存の櫓は14か所しかありません。
この14か所は必ずしも前述の現存の太鼓数と、対ではありません。

“現存の太鼓櫓”の1つが掛川城にあります。
掛川城の太鼓櫓は安政の地震(安政元年:1854年)の後に再建された建造物です。
現在の太鼓櫓は掛川城券売所のすぐ左側に在りますが、その昔は三の丸の南東の角に建っていました。


南東(=辰巳)の方向にあるので、辰巳櫓とも呼ばれていたそうです。
当時の三の丸は、現在の二の丸より2m近くも高い丘の上だったのですが、昭和三十年に「掛川市庁舎」を建設する為、現在の高さまで削られてしまいました。
その時点で太鼓櫓は、現在の場所に移設されてしまいました。



実は太鼓櫓は明治初期の廃城令により、掛川御三家の一人松本儀一郎氏に払い下げられ、竹の丸の敷地内に移設されていたのですが、その後松本氏より当時の掛川町に寄贈され、また三の丸に戻された、という経緯があります。
流転の末に現在の“安住の地”を得たのは幸いだったかも知れません。
全国の城の中には今頃になって復元の話が出ても、元の姿の図面すら残っていないところもあるそうです。

さて掛川城を訪れる歴史に詳しいお客様の中には、現在の太鼓櫓の位置が「おかしい?」と見抜いてしまわれる方がいます。
その理由なのですが、本丸に当たる戦略的に重要な位置に「太鼓櫓」など存在することはないだろう、という理由からです。

さすがですね!

  次回へ続く!  

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