市民記者コーナーの「お愛の方の菩提寺“宝台院”を訪ねて【前編】」
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お愛の方の菩提寺“宝台院”を訪ねて【前編】
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2011年02月23日 20:44
いつかはこの方の墓参を・・・・と考えていたのですが
このたびやっと念願が叶って訪れる事が出来ました。

「お愛の方=西郷の局」と云えば知る人ぞ知る超有名なお方です。
そうです、今をときめくNHK大河ドラマの主人公「お江」の夫である二代将軍徳川秀忠の生母に当たる方です。

そしてその方のご出身はここ掛川の地なのです。



お愛の方の母親は三河から現掛川市上西郷の戸塚忠春に嫁ぎました。
そこでお愛さんが誕生することになります。
ところが父忠春はお愛がまだ幼いころに戦死、その後母親は服部平太夫と再婚しお愛はこの養父のもとで
成長して行きます。
やがてお愛は浜松城に出仕していたところ家康公の目に止まり、浜松城にて秀忠公ならびに後の尾張藩主
松平忠吉公を生みます。

名実ともに東海の覇者となった家康公は、天正14年【1586年】お愛の方を伴って駿府城入りします。
しかしお愛の方は天正17年【1589年】5月、駿府城にて38歳という若さで生涯を終えられたのです。
その遺骸はこちら宝台院(龍泉寺)に葬られました。


(お愛の方の墓)

寛永5年【1628年】将軍秀忠はこの地に大伽藍を立て大法要を営みました。
この入仏供養の際にお愛の方(西郷の局)へ従一位の追贈があり、戒名が「宝台院」と改められました。
龍泉寺だった寺名も宝台院が加えられ「宝台院龍泉寺」となったため、この寺は一般的に“宝台院”
と呼ばれるようになりました。

そしてこちらの白本尊阿弥陀如来立像は家康公の守り本尊となった物で、
秀忠公により宝台院に安置されました。
現在この阿弥陀如来は国の重要文化財に指定されています。



さらにこちらに来て感激したのは「お愛の方」の隣に並んで、「お江の方」の位牌が安置されていた事です。



<後編につづく>

書き込み数は2件です。
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Re: お愛の方の菩提寺“宝台院”を訪ねて【前編】
【返信元】 お愛の方の菩提寺“宝台院”を訪ねて【前編】
2011年09月20日 19:48
お愛さま自身も目の病を患っていたような話は伺っています。

そしてそのようなハンディキャップを持っている方に対してのケアをされたと言う事も伺ってはいます。

しかし残念ながら出生地「掛川」には具体的な資料が残っていませんでしたので、もしご存知でしたらこの続きに紹介して頂けると助かります。

よろしくお願い致します。
Re: お愛の方の菩提寺“宝台院”を訪ねて【前編】
【返信元】 お愛の方の菩提寺“宝台院”を訪ねて【前編】
2011年07月12日 13:46
大変興味を持って拝見しました。お愛さまについては、千姫さまの祖母として親しみを感じております。まさにお愛さまの「盲女屋敷」で象徴されるお優しさや慈愛は、孫の千姫さまにそっくり受け継がれていると思います。「千姫研究」に取り組んでいる私には、お愛さまについてどんなことでも知りたいものと思っております。それにつけましても、「宝台院を訪ねて」にお愛さまの最も肝心な「盲女屋敷」のことに触れられていないのは何故なのでしょうか。物足りなさを感じました。uase@e-mail.jp