市民記者コーナーの「高校生ユージン研修 episode 1」
「高校生ユージン研修 episode 1」の書込一覧です。
新着返信
返信がありません
QRコード
高校生ユージン研修 episode 1
【閲覧数】392
2011年06月15日 20:38
3月20日から28日まで掛川市内の高校生8名が研修の為、姉妹都市ユージン市を訪れました。
高校生の研修団派遣は今年で5回目になります。



私は引率という立場でご一緒させて頂きましたが、特に語学に優れていた訳ではなく単に場数を踏んでいた為、「度胸」を買われたからだと思っています。
それと昨年7月、成人の訪問団として参加したばかりでユージンには知り合いも多くいたので、それほどの不安はなく引き受けることにしました。



ユージン市に到着するまでは特に感じませんでしたが、しばらくして前回と少し雰囲気が違うのに気がつきました。
日本人なんてあまり珍しくないお国柄なのに何か視線を感じるのです。

その後もエレベータを待っているとき、トイレで小用をしているとき、スーパーで買い物しているときなどに「どこから来たんだ?」と尋ねられることが多くなりました。
以前はアメリカ人から声を掛けられるなんて滅多にありませんでした。
そしてその理由がだんだんとわかって来ました。

それは例の大震災のせいだったのです。
アメリカでも大震災や原発事故についてはリアルタイムで報道されていましたので、規模の大きさは現地の方も目の当たりに感じていたと思います。
しかし彼らのなかには大きな勘違いをしている方が多かったことがわかって来ました。




日本はアメリカから比べると小さな島国ですから、中には「日本全体が津波に呑込まれた」、「日本全体が放射能で汚染されている」と極端な誤解をしている方もいました。
「そんな状態の中で何のためにアメリカまで来たんだ?」と云うのが彼らの正直な疑問だったと思います。

翌日にユージン市長への表敬訪問があったのですが、そこにはメディア(テレビ局)が3社も待ち構えていて、高校生たちはインタビュー攻めに遭いました。
しかしこの機会にきちんと掛川と被災地の位置関係を説明し、渡米の目的もきちんと説明しました。



そして現地の6時のイブニングニュースの中で東日本の被害状況のレポートと共に、朝のインタビューの内容や日本における位置関係などが紹介されました。
今までの訪問ではおそらく初めての事だと思いますが、これは掛川並びに日本を知って頂く良いチャンスになったのではないでしょうか!




現地の新聞には被災地の「ピューリッツア賞並み」の生々しい姿は掲載されていても、地図などで具体的に示されたものはなかったので、下手をすると「日本全体がやられた!」「日本が沈没した」と勘違いした方も少なくなかったと思います。



後日談ですが、当時母国で大震災の報道をテレビで見た在日外国人の実家から「すぐ日本を離れなさい」と何度も携帯で督促されたということを2,3カ国の方から伺いました。

さてアメリカでは私だけでも多い時には一日3人以上、帰国するまで十数人の方から大震災についてのお見舞いの言葉を頂きました。
その中で一様に彼らが感心していたのは、こんな時でも日本人がみんな冷静でいられることでした。
彼らには信じられないそうです。
「たった1ガロン程度の配給の水を得るために長い時間整然と並んでいる、こんな国が他にあるのだろうか? アメリカだったら暴動や略奪が起きていても不思議ではない」

「日本人の礼儀正しさ、冷静さ、辛抱強さはおそらくサムライの時代を経験した遺伝子を受け継いでいるに違いない、いずれ日本が立ち直った時はもう我々は敵わないだろう」
このような励ましの言葉を頂いて、時に胸が熱くなる思いでした。
期待に応えて私たちも早く立ち直らないと行けないと感じました。


(スーパーでの募金呼びかけ)

出発する前には自粛すべきかどうかも検討されたようですが、こうして実際に行ってみて得るものは大きかったです。
今までにない経験も出来たしいつもより会話の機会にも恵まれ、高校生たちもかなり自信がついたと思います。
そして「小さな親善大使」としての役目も十分果たせたものと自負しています。

 

私自身も得るものは大きかったです。

今回はこれ以外にもハプニングがありましたが、また次の機会にご紹介します。


返信書き込みはありません。