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Re: リアルに「安政の地震」の爪痕が残る場所
【返信元】 リアルに「安政の地震」の爪痕が残る場所
2014年05月23日 22:44
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大岡忠高に嫁いだ「北条出羽守氏重」の娘の名は「妙(たえ)」、だったそうです。
また保科家(氏重の実家)の菩提寺は長野県の高遠城のすぐ近く「建福寺」にあります。 実は北条氏重公の母親は江戸時代最初の掛川城主「松平定勝公」の妹です。 何だかんだで掛川とのつながりが深いです。 こちらのお寺(建福寺)には武田勝頼の母(お諏訪様)の墓もありました。 |
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Re: リアルに「安政の地震」の爪痕が残る場所
【返信元】 リアルに「安政の地震」の爪痕が残る場所
2011年09月20日 20:57
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氏重公は5人の子供が全て女子でした。
当時養子を迎える為には、当主(父親)が50歳未満であることが条件とされていました。 ところが氏重公が掛川城主に赴任して来た時は既に52歳を超えていました。 そこで彼は幕府に対して「家光公」のお霊廟を建立することによって、その法度を免じてもらおうとしたのです。 そしてその企みは着々と進行して行ったのですが、折しも江戸市中が未曾有の大火に見舞われてしまい、幕府からその約束反故にされてしまいます。 従って彼の死後は改易となりますが、その後氏重の義兄・北条重広の家系が旗本となりお家は継続して行きます。 |
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