市民記者コーナーの「【井伊家と掛川】 その一」
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【井伊家と掛川】 その一
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2011年09月03日 20:37
Episode1. 井伊家と「猫」の関係

井伊家について私は代々の「彦根藩主(城主)」、そして安政の大獄の「井伊直弼」くらいのイメージしかなかったので、あまり深い関心は持っていませんでした。

ところが調べて行くうちに掛川城との意外な関わり方、そして興味深いエピソードに繋がって行きました。
まずは馴染みやすい逸話からスタートする事にしましょう。



「井伊直孝」が江戸で鷹狩りをしていた際、急な雷雨で「弘徳庵」という小さな寺の古木の陰で雨宿りをしていた。
ふと寺の方を見ると猫が手招きをしているかのように見えたので近寄って行くと、今まで雨宿りをしていた樹に雷が落ちて裂け崩れていた。
「猫が命を救ってくれた、これは縁起が良い」ということでそこから「招き猫」の風習が始まった。

その寺はその後「豪徳寺」と寺号を改められて現在に至っている。



まずこれを聞いて彦根城の“ゆるキャラ”「ひこにゃん」がなぜ「ニャン」なのか、察しがつきました。



「豪徳寺」:小田急線、東急世田谷線「豪徳寺駅」下車、徒歩5分

「井伊直孝」:井伊直政の次男で彦根城第2代城主、掛川城主の井伊直好は「直孝」の甥に当たる方。
井伊家(直政)の家督は正室の嫡男(直勝)が継いだが、病弱であったため家康の命により「直勝」は隠居させられ、直勝の弟「直孝」が家督を継ぐことになった。

従って掛川城主「井伊直好」は本家筋「直勝」の嫡男です。
その後彦根藩(城主)は「直孝」の子孫が代々継承して行きました。


(彦根城・天守閣)

「井伊直政」:井伊谷生まれ、徳川四天王の一人で武勇に優れ、家康は何度も彼に危機を救われた、初代彦根藩主
関ヶ原の戦いの後、最初は「石田三成」の佐和山城主となったが、三成の亡霊に悩まされて彦根城を建てたとの噂がある。


(彦根城より佐和山城を望む)

「井伊谷(いいのや)」:現浜松市北区=旧引佐町、約1,000年ほど前、井伊家発祥の地

次回は「井伊直政」の父「直親」の暗殺と掛川城の関わりです。

書き込み数は5件です。
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Re: 【井伊家と掛川】 その一
【返信元】 【井伊家と掛川】 その一
2011年09月05日 21:49
韋駄天太郎さん

彦根レポート拝見しました。
私も2回ほど訪れているのですが、まだ「ひこにゃん」がイメキャラになる前くらいだったと思います。

先日訪れた井伊谷(龍潭寺)で、ひこにゃんがお参りに来ていた写真を見せてもらいました。

彦根城は長浜城や佐和山城を初め、天守も含めて廃城になった他の城の一部分を移築されて出来上がっているそうですよ。
Re: 【井伊家と掛川】 その一
【返信元】 【井伊家と掛川】 その一
2011年09月05日 07:49
窓口のマドンナさん

次は少し時間が掛るかもしれないです。
Re: 【井伊家と掛川】 その一
【返信元】 【井伊家と掛川】 その一
2011年09月04日 23:20
biglemonさん

彦根城、ひこにゃん、井伊家、掛川との関係、興味深い話で
楽しく読ませていただきました。
拙者、今年6月に彦根を訪れ、えらく気に入った街でした!
http://blogs.yahoo.co.jp/runner_taka/64775751.html

雷の時は木の直下は非常に危険ですので、
猫が手招きは的確な指示だと感心した次第です。
次回話も楽しみです。

Re: 【井伊家と掛川】 その一
【返信元】 【井伊家と掛川】 その一
2011年09月04日 18:05
きねこです。
豪徳寺の招き猫、持ってまーす!
Re: 【井伊家と掛川】 その一
【返信元】 【井伊家と掛川】 その一
2011年09月04日 09:46
biglemonさん

ありがとうございます。
これは、私のような者でも解かりやすくて、
うれしいです。
次回も楽しみです!