信長を撃った男⑥ 総括 【閲覧数】581
2013年07月17日 17:40
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<杉谷善住坊の墓の消息を尋ねて>
信長を撃った男③で甲南町のOさんに紹介して頂いた杉谷善住坊の墓について、その後の調査結果です。 <参考↓③> http://e-jan.kakegawa-net.jp/modules/topic/topic_vi…pcd=143838 ![]() 三重県菰野町の観光協会及び歴史研究家の方に所在を尋ねてみたのですが、全くそのような事実はないという回答でした。 そこで今回は甲賀市の観光ボランティアで杉谷地区在住のWさんを訪ねました。 Wさんのご先祖は忍者で、主に毒薬を製造する仕事をされていたそうです。 その方のお話をまとめていました。 ![]() ①杉谷善住坊の家系は由緒ある甲賀の土豪である。 (甲賀五十三家、その中でも更に上忍にあたる二十一家の一つ) ②杉谷という地名は、杉谷一族が住んでいたことで名付けられたという説もある。 ③善住坊が信長を狙撃した事件は「信長公記」に詳細に記載されているので、事実である。 ④信長狙撃事件の後、杉谷一族の男は全て捕えられて処刑されるが、女子供は赦免され琵琶湖湖南付近に集められて生活させられていた。 現在でもその辺りに「善住」という苗字の方が残っている。 ⑤善住坊が処刑された場所は信長の膝元、岐阜城下であったため、その遺体を掘り起こして持ち帰ることは当時の状勢からすると不可能であった。 従って、彼の墓自体も存在していないのではないか。 というのがWさんの見解でした。 ![]() 結果的に彼の墓に対する新情報は得られませんでしたが、Wさんから「杉谷善住坊に関してそこまで踏み込んで調査に来られた方はいない」というお褒めの言葉まで頂いてしまいました。 という事は、この件についてはこの辺りが限界でしょうね! ![]() 何か情報のある方はお知らせ下さい。 |
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