掛川茶の歴史を知りたいの「お茶が屋根を変えた」
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お茶が屋根を変えた
【閲覧数】779
2010年11月25日 23:02
(毎日一話ずつは書かないと!と思っておりましたが、昨日は眠気に襲われて、すっかり早寝してしましました)

<はじめての郵便ポスト>

東山に初めて郵便箱が新設されたのは、明治17年。
それまで手紙を出すにも一里かけて日坂まで歩いていたのが、本当に便利になったという。
(当時の村松賢作宅前にあったというが、今もあるだろうか?

・・・しかし、といことは、前回の明治45年にはポストもあり、特別郵便を送るのは不便だったわけではないことがわかる)

<茅葺から瓦屋根へ>

昭和10年ころまでは、東山の家々は茅葺屋根。
組ごとに茅の刈場が決まっていた。

しかし、製茶業の家々では、火を扱うので、火災の危険ありと、瓦屋根に変え始める。

当時の道路事情で、重い瓦は手運びでしか運べなかったので困難。ここが東山のすごいところだが、だったら瓦職人をこの地に住まわせようということになったのだ。

明治期はおおいにこの瓦職人の窯は繁盛。
昭和40年になると、見事に茅葺屋根の家は一戸も無くなった。181p

しかし、道とが開通すると、他からも流通が簡単になり、その役目を終え、あっさり廃業し、農家に転じたのだという。162p

(東山に確か、陶芸窯があったと思うのですが、それは何かここと関係あるのか?
次回、聞き取りの時に聞いてみます。

27日(土)に、東山の「いっぷく処」という茶屋にお伺いして、Sさんのお話を聞く予定です。楽しみ)

余談だが、そんな東山に、なんと競馬場があった。
明治41年から春秋二回行われた競馬会は、盛況を極めていたそうだ。
(大正3年経営者が亡くなると廃止)180p

参考『東山郷土誌』

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Re: お茶が屋根を変えた
【返信元】 お茶が屋根を変えた
2010年11月27日 20:41
今日の聞き取り調査で、

現在90歳の方がいらっしゃるところが「瓦屋敷」と呼ばれているそうですので、
その方に聞き取りすることにいたしました。

「土をとっていた場所もあるけど、あまり良い土でないので、良い瓦が焼けなかった」

そうです。

自宅に陶芸窯がありますので、そこで土をいただいてきて、何か焼成してみようかと思います。(やっぱり瓦かな?)

まだ当時の瓦あるでしょうか。

「もうないでしょうね」と皆さん。

なお、東山の陶芸窯は、最近、陶芸のために越してきた新しい家とのことで、関係がないそうです。