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掛川茶の歴史を知りたいの「はじめての蒸し製茶2」
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はじめての蒸し製茶2
【閲覧数】355
2010年12月02日 15:51
あこ
『小笠茶業史』S58をお借りしたが、こちらは大変まとまっていて読み易い。
東山地区をはじめとして、各町の茶業の沿革が章別にまとまっている中、小笠町だけが目次タイトルが「松の茶屋物語」など、目を惹くものあり、つい先にページをめくる。
小笠町(菊川市)はこの地区で初めて宇治製(蒸製茶)の技法を導入し、手揉み茶の先進地であると、以前に書いたが、歴史的な人物も多く、担当の編集者が力を入れた様子が伝わってくる。
丹野三橋家の「萬用日記帳」に、明治2年3月21~22日まで茶の製造がされているとあり、焙炉を岳に貸し出しことなども記録されている。販売記録がないため、自家用と思われるとある。223p
同日記に「佐介(下男)が昼、茶を刈り挽き拵(こしら)える」(意訳)とあり、その2日後に製茶が行われているという。
茶の製造法は、江戸時代中期(弘化年間 1844年~)から、刈り取った茶の枝を「大半切桶」に入れて水洗いし、押切り(農具)で三寸くらいに切り、大鍋で炒る。かき回しながら炒ると、茎も柔らかくなってくるので、それをむしろの下で揉む。これを「冷もみ」と呼ぶそうだ。
よって、明治初頭も同じような製法だったと思われる。
さて、気になった「松の茶屋物語」
安政4年旧暦3月の半ばすぎ、眉毛の濃い頑丈な25-6歳の浪人風の男が、目的もなさそうに歩きながら風呂敷包みを首に巻きけ、正林寺坂を上ってきた。
途中の茶屋に立ち寄り、一服の茶を飲むと、意味ありげに首をかしげた。
そこへ茶道に造詣の深い寺の和尚が立ち寄り、若者に話しかける。
「そうか、そんなに茶屋の茶がまずいなら、心得があるのか」
和尚の問いに若者は、茶揉みについて合理的な説明を始めた。
これが、前に書いた「福太郎」だそうだ。
和尚は若者を寺に招き入れ、これが縁で、川上、川東方面で広く子弟を要請したというわけだ。225p
今年は東山地区のみまとめようと考えているが、これは一冊目を通さないとならなそうだ。
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