掛川茶の歴史を知りたいの「東山茶畑遠足2」
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東山茶畑遠足2
【閲覧数】925
2010年12月19日 22:31
茶工場はいくつか他の場所で見せていただいたことあるが、
筒状の大きな機械ははじめて。
<写真は後ほど>

これは、最後の工程で、朝から順にできてきたお茶がここに集められ、撹拌され(最初にできたお茶と最後のも混ざるため)、品質を均等に保つためのもの。

それから「大海(ダイカイ)」という大きな茶用の紙袋に詰められる。

「昨年くらいにいれたばかりです」

と、言われていたので、比較的新しいタイプらしい。

さて、ここで、
「大海とは、なぜ大海って言うんでしょうね?」

と、皆で疑問。

茶道で「大海」(だいかい、たいかい)と言えば、茶臼でひいた抹茶を入れておく「挽溜(ひきだめ)」として水屋で使っていたもの。そのうち茶席でも「茶入」として点前に用いるようになる。

いわゆる「大きな平たい(口も大きい)茶入」(陶器)をさす。
少し小ぶりなら「内海」(ないかい)という。

そこから派生しているのだろうか。

昔、日本茶業史で読んだような記憶もあるので、後ほど調べてみたいと思う。
(ご存知の方あればぜひ、コメントお願いいたします)

→次は明日でも

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Re: 東山茶畑遠足2
【返信元】 東山茶畑遠足2
2010年12月19日 22:32
一応、茶道の参考文献を

1.『山上宗二記』(利休の弟子の書)には、「一、万歳大海 昔 代二千貫。但し、当世は数寄に入らず。惣見院御代に失す。一、打曇大海 代物千貫。是も当世は数寄に入らず。一、水谷大海 当世数寄には如何。右、大海は多し。当世には好悪とも数寄には用いず。昔より中古までは、名物とて用うる也。」
(大海の茶入は、利休時代より以前によく用いられていたことが書いてあります)

2.『嬉遊笑覧』には、「又茶壷に口の大きなるを大海といふ、小きを内海といふ。万宝全書にむかし大海は茄子或は肩衝 茶入に一ツヽ添置て、茶臼より大海に茶をうつして後、茄子へも肩衝へも茶を入替るなり、然れば大海は挽溜の器にして、古へより小座敷へは出たる法なし、自然広間書院の台子には飾り置也、宗易作意にて大海を挽溜に用ては、やきものとやきものとあぶなき事なりとて、引ためには吹雪(漆の器)を用ひられしと也。」とある。

*( )内は私の注