| 書き込み数は3件です。 | ◀▶ |
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Re: 地震、そして五郎左エ門の石
【返信元】 地震、そして五郎左エ門の石
2011年03月13日 11:01
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ちなみに、「七町」は、
石碑がはずされていて、 明治以降と聞きましたが、灯篭に返られてました。 夜は灯篭に火がともると、わかりやすかったことと思います。 灯篭には年号、七町とも刻まれてませんでしたが、 地元の方たちは、この灯篭の辺りを「七町」と呼んでいるそうです。 五郎左エ門の道標によって、町に浸透していたのではないかと思います。 |
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Re: 地震、そして五郎左エ門の石
【返信元】 地震、そして五郎左エ門の石
2011年03月13日 01:16
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江戸時代の石の道標を調べてみると、
頭一字は、 「右~」 「左~」 と、書いているところが多いですね。 左、と読めればいいのですが、、、 瓜 に見える。。。 凡 で、おおよそ、という意味あるのでしょうか。 上記に書きましたが、二文字目からは「第九町」と読めます。 |
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Re: 地震、そして五郎左エ門の石
【返信元】 地震、そして五郎左エ門の石
2011年03月13日 00:36
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郷土史によると、
サンナ川辺りを起点として、一町ごとに一基ずつ、粟ケ岳観音寺入り口に「十八町」の道しるべがあり、年号等が刻まれていたという。 それを昭和40年くらいには、サンナ川右岸橋の傍らに運んで据え置いたそうだが、土中に埋もれてしまった、と書いてあります。 サンナ川とは? 次回行ったら聞いてみます |
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