桔梗が丘野球少年団40期の「勝てる集団になるために④」
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勝てる集団になるために④
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2011年12月03日 16:55
参考文献~その3~

『心を整える。』(長谷部 誠 幻冬社)

「監督は自分のことを分かっていない」
 などと言うのは、試合に出られない選手の定番の愚痴だ。僕は愚痴を言わないようにしている。愚痴というのは一時的な感情のはけ口になって、ストレス解消になるかもしれないけれど、あまりにも安易な解決策だ。何も生み出さないし、周りで聞いている人の気分もよくない。愚痴で憂さ晴らしをするのは自分の問題点と向き合うことから逃げるのと同じ。ゆえに逆に愚痴を言わないように心がければ、自ずと問題点と向き合えるようにもなるのだ。愚痴だけでなく、負の言葉はすべて、現状をとらえる力を鈍らせてしまい、自分で自分の心を乱してしまう。心を正しく整えるためにも愚痴は必要ない。

 マガト監督の練習の厳しさを伝え聞いたであろう僕の家族や親しい人たちには結構心配された。僕は「大丈夫、大丈夫」と強がっていたけれど、正直、最初の半年間は精神的にも肉体的にも、ギリギリのところで踏みとどまっているような毎日だった。ただし、この苦しいときこそ、明るさを失ったらダメだとも思った。
『これだけ苦しい練習を乗り越えることができたら、自分にはこわいものがなくなるはずだし、どのクラブの練習にもついていける。結果が出ると信じて、頑張り続けよう』
と、マガト監督の練習に必死にくらいついた。その結果、僕の身体はひとまわり大きくなり、屈強なドイツ人とぶつかっても簡単には当たり負けしないようになった。何より、試合中に苦しいときがきても動じないタフさが身についた。

 僕は取材などで「長谷部さんは運がいいですね」と言われることがある。「いいですね」と言われれば、「いいです」と答える。確かにそれは事実だけど、どこかしっくりこない。「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助さんがいうように運というのは、自分が何か行動を起こさないと来ないものだと思っているからだ。
 さぼっていたら、運なんて来るわけがない。
 それにただがむしゃらに頑張っても運が来るとは限らない。
 普段からやるべきことに取り組み、万全の準備をしていれば、運が巡ってきたときにつかむことができる。多分、運は誰にでもやってきていて、それを活かせるか、活かせないかは、それぞれの問題なのだと思う。
 だから、僕は試合後に、「ツイていたね」とか「運がよかったね」と言われるのが嫌いだ。ギリギリのところで運が僕に味方してくれるのは、ただ運が良かったわけではなく、それにふさわしい準備を僕がしていたはずだから。
 逆に「運が悪かった」とも思わない。結果が悪かったときには、「運」を味方につける努力が足りなかったのだと思っている。

 たとえば、所属クラブや代表でレギュラーだったとしても、いつ外されるか分からない。だから常に「最悪の状況」を前もって想定して、日頃から準備を進めている。
 最悪のケースを考えるというと、なんだか悲観主義者のように思われてしまうかもしれないけど、僕はそうは思わない。最悪を想定するのは、「失敗するかもしれない」と弱気になるためではなく、何が起きてもそれを受け止める覚悟があるという「決心を固める」作業でもあるからだ。

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