掛川市立中小学校の「中村砦の歴史」
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中村砦の歴史
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2021年01月15日 17:01
 5年生は総合的な学習で「中村砦」について学んでいます。これまで地域で中村砦の保存に取り組んでいる方をお招きして話を伺ったり、実際に中村砦に行ってみたりしています。
 昨日14日には、掛川市文化・スポーツ振興課文化財係の夏目不比等様をお招きして、中村砦の歴史について話をしていただきました。
 中村砦は高天神城を攻めるために造られた砦なので、まず高天神城について説明してくれました。そもそも高天神城は今川氏の城でしたが、桶狭間の戦いで織田信長が今川義元を倒すと、徳川家康の支配する城となりました。
 その頃武田信玄の力が強まり、高天神城を巡り徳川氏と武田氏が激しく戦いました。
 武田信玄は高天神城を攻めましたが落とせず、その後信玄の子勝頼が高天神城を落とし、武田氏の城となりました。その武田氏から高天神城を奪い返すために造られた砦の一つが、中村砦です。中村砦をはじめ、小笠山、三井山、能ヶ坂、火ヶ峰、獅子ヶ鼻が六砦といわれています。
 武田氏は長篠の合戦で織田・徳川軍に敗れ、徳川氏が高天神城を包囲し、徐々に勢力を挽回して、最終的には徳川氏が高天神城を取り返しました。
 このような歴史の中で、中村砦は造られた時期がはっきりしていること、独立した丘陵地にあり周囲の状況がよく見渡せたこと、物資集散の拠点で船を使って海から川をさかのぼり、食料や武器などを運んでいたということです。さらにできてから400年以上壊されることもなく当時の様子をよく残していることで、たいへん貴重なものであることを、教えていただきました。
 今日の話などを踏まえ、5年生の子どもたちなりに、こんな中村砦にしたいと考えを練っているようです。
 中村砦について学んだ子どもたちが、地域の宝として残し、活用していってくれるものと思います。

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