掛川市立北中学校の「戦後80年記念平和課題 2-2」
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戦後80年記念平和課題 2-2
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2025年09月04日 17:34
大橋一愛さん 「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら」
~戦争が起こっていた時代に生きていた人は、いつ空襲警報がなるかなどの命の危機に対する恐怖を抱え、十分な食料もなくて苦しかったんだろうなと思いました。そして何より一番心に残ったのは国を守る使命を受け、大切な人と離れ命をかけて戦った兵隊の方々でした。主人公が現代に生きていた女子高生で、戦争の時代にタイムスリップするという主人公と自分達の戦争に対する考え方が似ていて、自分と照らし合わせながら見られる作品でした。実際に大切な人が戦いに行き、不安や悲しみ、そしていなくなってしまうかもしれないという恐怖を感じた人は、大勢いたのだろうと今回の作品を見て改めて考えることができました。戦争は絶対にしてほしくないと思ったし、戦争についてあまり知識がありませんが、私はすべきではないと思いました。そしてこの作品の中で「あの時、あの人たちが命をかけて守ってくれたものが今の僕たちを生かしている」という言葉を忘れずに、この環境に感謝しながら生活していきたいと思いました。

篠原 凛さん 「広島原爆投下直後の貴重なカラー化映像(動画)」
~この動画では、なぜ広島に原爆が落とされるようになったかが描かれていました。広島には重要な軍事基地がいくつかあったこと、今まで大きな空襲を受けていなかったので、原爆の威力がよくわかることでした。そして、原爆投下の目標となったのは今の原爆ドームの近くの相生橋というところでした。この橋はT字になっていて空から見てもわかりやすいという理由でした。私は「原爆の威力がわかりやすいから」「目標の橋は空から見てわかりやすいから」という理由を知って、とても残酷だなと改めて感じました。たしかにアメリカ軍の立場になったら、確実に原爆の威力がわかりやすい所を選ぶけれど、ここまで考えられていると思うととても怖かったです。しかし、実際に核分裂したのは64キログラムのうち約1キログラム未満だったそうです。約1キログラムで街一つを破壊してしまう原爆が、今世界には約13,000発も存在していて、広島が受けた数十倍、数百倍にもなるそうです。また3000度〜4000度の中、炎に包まれて亡くなってしまった被爆者のことを思うと、とても胸が痛いです。また爆風や熱線から助かっていても、見えない放射能によって原爆投下から1週間ほどで亡くなってしまうのも、怖いなと思いました。太平洋戦争や原爆投下から80年、実際に戦争を経験した方はどんどんいなくなってしまうけれど、この悲劇は忘れてはいけないと思いました。私はこんな人の姿を変えてしまう原爆をこれからも二度と使わないで欲しいと思います。

戸塚妃奈子さん 「ひいおばあちゃんに聞いたお話」「火垂るの墓」「あの花が咲く丘で、また君と出会えたら」
~ひいおばあちゃんは戦争を体験した人で、ちょうど会いに行ったので聞いてきました。B29が空を飛んでいたり、焼夷弾がいっぱい落とされたと言っていました。防空壕も家の近くにまだ残っていました。B29の飛行機の音や爆弾の音がして怖かったそうです。特に軍需工場のあった浜松をめがけて、爆弾が落とされたと言っていました。また、戦争中にあった大きな地震をメディアが隠していたと言っていました。すごい貴重な話を聞けて良かったです。
戦争で亡くなった方や被爆者などは辛いと思ったし、こんなことをしては行けないと改めて思いました。広島の原爆ドームなども行ったことがあって、小さい子供の命まで奪ってしまう戦争などほんとに良くないと思いました。火垂るの墓とあの花が咲く丘でまた君と出会えたらを見て、愛してる人や家族を失っても生きている人たちはすごいと思いました。妹のために盗んでまでご飯を食べさせるお兄ちゃんは立派でかっこいいと思いました。私がその立場だったらそんなことできないし、早く死にたいとか思ってしまいます。今も戦争をやっている国があるのがほんとに信じられないです。簡単に命を奪わないで欲しいです。命をなんだと思ってるんですかね。命を大切にして欲しいです。

山本陽菜子さん 「火垂るの墓(アニメ)」
~改めて戦争は恐ろしくて、あってはならない出来事だと思った。火垂るの墓は泣けるというか、胸が締め付けられるような作品。特に胸が痛くなるシーンは、母親が空襲で全身に火傷を負い、瀕死の状態で病院に運ばれるところ。もし、私がお姉ちゃんの立場としてその状況に立ち向かったら、清太と同じように下の兄弟には見せない。その後、母親はたくさんの遺体のところへ投げられ、火葬される。節子は母親が大好きだったから、母親の形見である着物をお米に交換するときも必死に泣いて抵抗した。ここも胸が痛くなった。
火事場泥棒のようなことをしてまで節子を守ろうという気持ちがあるなら、もっと他の守り方があったのではとも思った。
現代の私たちはほとんどの人が衣食住に満たされてて、普通の毎日を過ごせていて幸せだと思った。戦争は悲しい昔の話だから忘れよう!ではなく、戦争の過酷さを知って過去の悲劇を繰り返さないためにもっと学ぼうと思った。

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