市民記者コーナーのトピック一覧
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2011年03月03日 20:35
最新投稿:11年03月10日 22:30
今日(3月2日)「いいじゃん市民記者」の面々で“つま恋”のレストラン、「ベルフィユ」に伺いました。


地産地消に拘っているということでしたが、特に野菜が新鮮でおいしかったです。
ついサラダのお代りをしてしまうほどでした。


食事の後は“つま恋”総支配人の角一幸氏のお話しを伺いました。
その中で特に印象に残ったのは、まずは地元の方々に来て頂くと言うことでした。
そのような雰囲気作りと云うのはとても重要だと思い…
2010年11月27日 02:10
最新投稿:10年11月27日 02:10
◆◆シルバー人材センター◆◆

“シルバーに人あり技あり心あり”
皆さんご存じでしょうか、静岡県は全国初のシルバー人材センター設置率100%
シルバー人材センターは、おおむね60歳以上の働く意欲のある高齢者の皆さんが会員となり,
地域の皆さんや会社などから依頼された仕事を会員に提供することにより、
働くことを通じた高齢者の皆さんの生きがいづくりや、活力ある地域社会づくりに貢献しています。
静岡県には平成20年3月31…
自然と向き合うカレンダー (1)
【閲覧数】4,073
2010年11月19日 15:06
最新投稿:10年11月23日 22:48
 
病気になったら西洋医学で手術をしたり薬をもらって治しますが、病気を予防する
ためには古くから伝わっている漢方の知識の方が適しているのではないでしょうか。

葛川で鍼院を開いている川元先生は漢方の知識を紹介しようとこの度「漢方に応じた
季節の養生」というカレンダーを作りました。

もちろん来年用です。

先生によると、体調がすぐれず病院へ行ってもはっきりしない人の大半は食生活が…
【時を告げる太鼓】⑥完結編 (2)
【閲覧数】1,060
2010年10月29日 21:29
最新投稿:10年10月30日 20:25
『その六・太鼓打ち』

時を告げる役割の役人は、どの程度の身分だったのでしょう?

“時の番人”である役人は「太鼓打ち」と呼ばれ、身分は下級武士(足軽級)だったようです。
慶応2年(1866年)の一関藩には太鼓打ちが3名配置され、一人につき三人扶持(五石四斗/年)を給されていた記録が残っているそうです。
松江藩では士分でない身分の低い者がその役目を命ぜられていて、太鼓役の俸給は…
2010年10月15日 21:42
最新投稿:10年10月27日 14:36
 
 13日(水)夜から、『第22回 遠州横須賀街道ちっちゃな文化展』の準備が始まりました。

 昨夜私は準備の様子を伺ってきました。ぼんぼりの作成で和紙を柱に貼っていて、これは夜間に光に照らされ綺麗な雰囲気を作り出します。

 ちっちゃな文化展は、22日(金)13時から始まります。↓詳細はこちらから↓

 htt…
[地図情報有り]
“時を告げる太鼓”⑤ (0)
【閲覧数】645
2010年10月26日 17:59
最新投稿:10年10月26日 17:59
『その伍・報刻のルール』

さてそれぞれの時刻はどのように呼んでいたのでしょうか?
「延喜式」「陰陽寮」の記載からみると、古くは12支名だけで表わしていたようです。
「子の刻」と言えば、現在の真夜中の0時を中心とした2時間(23時~1時)を表し、順次丑、寅、卯・・・と進み、午の刻と言えば現在の昼12時を中心とした2時間でした。

江戸時代には、これら12支と合わせて…
2010年10月16日 11:34
最新投稿:10年10月25日 22:18
    ◆◆不思議おもしろスポット◆◆

      ~~ 黒色郵便ポスト ~~

  掛川市の街中に”黒色郵便ポスト”があるのをご存じでしょうか?
どうして黒色郵便ポストになったのか、なぜあんな所にあるのか不思議。黒色郵便ポスト歴史は
明治4年4月20日新しい郵便制度ができて、初めて日本に郵便ポストができました。
創業時の郵便ポストは、「書状集箱」「集信箱」等と呼ばれていました。郵便が開業してからの
順調…
“時を告げる太鼓”④ (0)
【閲覧数】534
2010年10月21日 19:55
最新投稿:10年10月21日 19:55
 『その四・時法制度の歴史』

前述の「不定時法」をもう少し掘り下げてみましょう。
まず時刻を表現する方法を「時法」と言います。
1日を均等に12または24で分割した制度を、「定時法」と呼んでいます。
これに対して一日を単純に昼と夜に分け、それらを等分に分割した制度が「不定時法」です。

当初は日本でも中国から伝来した定時法を用いて、1日を12で均等分割する時法を用いていたようです…
“時を告げる太鼓”③ (0)
【閲覧数】510
2010年10月19日 15:23
最新投稿:10年10月19日 15:23
『その参・土圭(時計)について』

天保14年(1843年)当時の掛川城二の丸御殿の見取り図の中に、「御時計の間」と記された8畳ほどの部屋が存在しています。
そこにおそらく時計が置かれていたのであろうと思われます。
では、どのような時計だったのでしょうか?

昔の時計と云うと即「水時計」を想像してしまいますが、水時計は戦国時代くらいまでしか用いていなかった、ということを聞きました…
“時を告げる太鼓”② (0)
【閲覧数】531
2010年10月17日 21:18
最新投稿:10年10月17日 21:18
『その弐・太鼓櫓(やぐら)について』

では、その音はどのくらい遠くまで届いたのでしょう?

掛川城では、この太鼓を太鼓櫓(やぐら)と呼ばれている塔の2階天井に吊るし、それを時刻に合わせて“ばち”で叩いたそうです。
当時は現在のような雑音はなく、建物も少なかったので“一里(およそ4km)四方に鳴り響いた”と伝えられています。


全国の城郭には22の太鼓櫓が存在していますがその内8…
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