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以前から気になっていたことをこの際、書いておこう と思う。 H子おばあさんは92才、一人娘、公務員(税務署員)の 父親の転勤で、いくつかの県で幼少時代をおくり、新潟の 旧高田市の、高等女学校をでている。昔にしてはめずらし い、変化に富んだ思い出をいっぱい持っているようである 。本来なら家庭科の先生などの職業婦人として、自立して いったのかもしれないが、おばあさんは家から離れず、家 で針仕事などの内職をしてすごして来たらしい。 父親のさがしてきた出来のいい入り婿をむかえ、私の夫で ある一人息子をもうける。このへんまでの事情は私の夫か ら聞いたのではない、隣の部屋から聞えてくるおばあさん の大声のナレーションを勝手に紡いでいって知ったことで ある。(おばあさんの聴力はほとんどないので、かってに よくしゃべる)息子なんて、母親の昔のことなど、よく知 りゃあしない。たいがいに聞いてはいても、こまかく知っ てはいない。H子のプロフィールはそんなところで終り、 さて、本題の「ありがとうの本質」だ・・・ おばあさんが自分の身のまわりのことができなくなって 早10年くらいになるが、まず食事に関して、最初から素 直に私のつくったものに はしをつけたわけでは決してな かった。「いいのよ、私は!」と拒否。 お盆を置いて、 戸をぴしゃりと閉めると はしをつけていたようだった。 つぎは、「あら、もうそんな時間?」 「まあまあ 神様 ありがとうございます」だった。私に「ありがとう」の一 言はなかった。私はトサカにきて(なつかし~言葉)、ク ラクラしたものだった。しばらくはそれがつづいていたの で、私もお盆を置くと、そそくさに背を向けて戸をぴしゃ りと閉めるのに慣れていった。ところが、変化があらわ れ出していた。あきらかに、私に「ありがとう」と言って いるのに最近やっと気がついた。いつのころからなのだろ う、もう前からだったのかも知れない。「ありがとう」が 私に向けられているのだと知った。 隣から流れるナレーションを聞きながら、H子の生まれ、 育った年代を推察してみると、教育というものがKEY になっているのではないか?戦前の高等教育が、キョーレ ツに異質だったのではないか(?)教育を受けた者は、国 に選ばれた者として、明確に差別化されていたのではない か(?)もちろん国に還元してゆく責任も教育されていた (?)もどる、・・・「ありがとう」が私に向けられてい るのが真実だとすると、それは、10年間食事を与えてき たことイコール「洗脳」ではないだろうか?情けないが考 えてしまう。私がH子を洗脳し、「ありがとう」と言わせ た? なんだかいやな気持ちがしてきたぞ~ 食事の盆を置いてすぐに戸をぴしゃりとやって来たことが この結果なのだろうか。いやだな~ H子にせめて最後に 「あなたの用意した食事だからおいしいのよ~」と言わせ たい。私を生んだ母はいつもそう言ってくれて、私は育っ た。もう少しH子と寄り添ってみようか、せめて食事の間 くらい・・・? それとも、洗脳でもいいから、スープを 一品ふやしてみようか? いのちのスープを・・・ |