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2014年04月29日(火) 
目を惹く木骨煉瓦造・・・。

世界文化遺産登録確実となった群馬県富岡製糸場、

ここのところ、その嬉しい話題で、もちきりです。

「映画 一枚のはがき」の撮影で5年前に行ったことがありますが、

撮影が行われた講堂しか見てません。

明治政府が日本の近代化の為に、最初に設置した模範機械製糸場、

一度、じっくり、見てこようと思います。


閲覧数1,706 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2014/04/29 10:27
公開範囲外部公開
コメント(2)
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  • 2014/04/29 12:37
    <富は富岡 北甘楽(かんら) いやいや 日本の名の誉れ 富んだ 富んだ みな富んだ 世界の富を引き寄せた>。群馬の富岡製糸場を歌った「北甘楽行進曲」の六番。威勢がいい

    ▼二十六日、「製糸場と絹産業遺産群」の世界文化遺産への登録が確実になった。登録を目指してきた富岡市の関係者には、歌でいえば「世界遺産を引き寄せた」であろう

    ▼作詞は北原白秋、作曲は弘田龍太郎。製糸場五十年の記念につくったというから一九二二(大正十一)年か。地名とはいえ、短い歌の中に「富」の文字が六つ。富国強兵の「富」、外貨の「富」。日本の近代化という、この工場が背負った期待と役割が分かる。それに応え、品質の高い糸を生産した主役は工女。女性たちである

    ▼彼女たちも当初は二の足を踏んだ。初代所長の尾高惇忠(おだかあつただ)の伝記『藍香翁』によると西洋人への恐怖心があった。血を吸われる。目撃者もいた。「如何(いか)なる物をか見たる?」「血酒」「そは日用の葡萄(ぶどう)酒なりき」

    ▼今聞けば、出来の悪い怪談だが、当時は真剣だった。そこで働き、近代化の礎を築いた「工女」を思う時、この工場が女性のこさえた世界遺産に見えてくる

    ▼白秋には、この工場にちなむ別の歌もある。二九(昭和四)年の「繰絲(くりいと)の歌」。<よりによりかけ からんだ絲よ おまへ切れてもわしや切れぬ>。婀娜(あだ)な文句に工女の人間味があふれる。
     ×       ×
    4月27日の中日新聞のコラムのコピーです。(削除してください)

    写真のどこかに隣のとろろさん出演しているのですね。
    次項有
  • 2014/04/29 21:23
    まーちゃさん

    詳細なご説明、ありがとうございます。

    今回の報道で、改めてこの遺産の意義を知ることができました。

    先人の先見の明に、脱帽です。

    この写真を撮ったのは私なので、残念ながら私は映ってませんです。

    そうなんです。だから、集団が若々しく見えます。
    次項有
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