てめえが好きで飛び込んだ稼業だから、 今さらグチも言えませんが、 はた目で見るほど楽なもんじゃないですよ。 第8作『男はつらいよ 寅次郎恋歌』から 寅さんは旅人です。16歳で初めての家出をしてから、落ち着くねぐらを持たずに、旅から旅への人生を過ごしてきました。 若いときには、どこかの親分のところにワラジを脱いで、テキ屋修行をしたかもしれません。でも寅さんは仁義を切るときに「ゆえあって、親分一家は持ちません」とキッパリ言います。寅さんは、誰かとのしがらみを持たずに、自分ひとりで生きていく人生を選んだのです。 タコ社長の印刷会社に勤める博(前田吟)ようなサラリーマンにしてみれば、上下関係や取引先との付き合いといった人間関係のわずらわしさから、一度は解放されたい、と思っているでしょう。 だからこそ、ぼくらは「男はつらいよ」の寅さんに、自分たちの願望である「自由」を感じて、その生き方に憧れるのです。 しかし、当の寅さんにしてみれば「ゆえあって」旅の暮らしをしているわけで、人には言えない想いや、心の奥底に孤独を抱いて旅の人生を続けているのだと思います。 そんな寅さんの旅の暮らしに憧れたマドンナもいました。第8作『寅次郎恋歌』で、女手一つで喫茶店を切り盛りして、小学3年の息子・学(中澤祐喜)を育てている六波羅貴子(池内淳子)です。お金に苦労している彼女に、なんとかしたいけど、どうすることもできないという想いの寅さんは、ある夜、「りんどうの花」を手土産に、貴子の家の庭先にふらりと現れます。 そこで貴子は、寅さんから旅先での話を聞いて、旅役者に憧れたという女学生時代の気持ちになり、「うらやましいは、私もそんな旅がしてみたいなぁ」と話します。 ところが、旅の暮らしをやめて、貴子と学と三人で、つましくも「庭先にりんどうの花」が咲きこぼれている、本当の人間の暮らしをしたいと願っていた寅さん、その瞬間に、貴子と自分の住む世界の違いを、身をもって知ります。 「うらやましがられるほどのもんじゃねえんですけどね」と寂しげな寅さんの表情に、ぼくらは、いつかは落ち着きたいと願いながらも、放浪の暮らしを続けている旅人の孤独を感じるのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |