4月末の伊那路旅行の直前に読んだ加島祥造の「ひとり」。
http://e-jan.kakegawa-net.jp/modules/d/diary_view.p…=&l=30
その後、加島ワールドに嵌まり込んでいます。
読んだ本は上記「ひとり」の外、「静けさに帰る」「タオにつながる」「老子と暮らす」「タオ―老子」「老子と生きる 谷の暮らし」。ただし詩集である「タオ―老子」は途中で放り出しました。「老子と生きる 谷の暮らし」は目下3/4程。
彼の詩の主体は道徳経ですがその訳ではなく、西欧で翻訳されたいくつかの詩を参考にしながら作られたものです。彼の著作のあちこちに出てきますが、放り出した「タオ―老子」は全部がそれです。
「静けさに帰る」はホリスティック医学の帯津良一医師との対話の記録。
テーマは二つ。伊那谷での生活・風景の描写と老子の説明です。両者が混然一体になっている部分が多いです。私の目的は伊那谷での暮らしですが、老子関係も面白い。
老子のタオ(道)の考えは若い頃にヘッセのシッダルータで読んだ(詳しいことは忘れましたが)植物や動物の個体、その他に共通して存在する宇宙のエネルギー的なのものと共通するように思いました。私は50数年前、その考えから詩(?)を作ったこともあります。
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「闇」
闇、それは全てであり永遠である。
空間
夜中にふと目が覚める。あたりは闇がいつぱいつまつている。
その中には過去の思い出も、未来の夢もある。
静寂
時々、電車の走る音、警笛、犬の声が聞えてすぐ消える。
永遠に於いて、全てが一瞬である如く。
灯
灯をつける。現実がばんやり見えて来る。光が届く範囲の狭い世界。
見えるものは灯と共に動く。闇は動かない。
宇宙
静・闇……
ある時、蚊取線香よりまだ弱く光る点が出来る……太陽。それに照らされ
二、三の点がかすかに見える…‥・地球。が、やがて消える…
静・闇…。何もなかつたかの如く。
夜道
山も、家も、木も、全て昼の色を失つている。その時自分は、
それらの真実の姿を見ているのではないだろうか。
遠吠
夜、動物達は何をおそれて、吠えるのだろうか。
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見ることの出来ない、名前もない、万物を中に持っていて全く分化していない混沌の世界からのエネルギーが我々の中にも流れており、知識の全くない生まれたばかりの動物の赤子はこのエネルギーによって母親に乳房をまさぐって乳を飲み、生存するのだそうです。
著者は知識として知るのではなく、肚で直感的に認識することを勧めていますが、これは難しい。競争社会で知識を詰め込もうとする態度、それを使った議論に打ち勝とうとする態度は障害になるようです。新聞をよんで中国の尖閣諸島や南シナ海への進出を怒ったり、イラクやウクライナの騒乱を心配したり、韓国の反日教にため息をついたりしている限りダメなようです。早くそのようなものから離脱する必要がありますいい歳に達しながら、まだまだ修業が足りません。
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