今年は主人のお友達から大きなスイカを頂いたので、
早速切り分けて、仏前に供えました。
昨日は曾祖母の命日です。曾祖母は昭和37年86歳でなくなりました。曾祖母の好きだったみかんはちょうど手元に なかったので、スイカ模様のメロン風味のまくわうりを仏前にお供えしました。曾祖母は奥ゆかしく、いつも 質素な身なりをして、信仰も厚く、亡くなる時の経帷子まで、自分で縫って用意してありました。 曾祖母は5人の子供を授かりましたがそのうちの次男は天皇家の歌会始に昭和40年代後半入選させていただき 皇居へ参上させていただき、その方は後に俳句の本を出版されました。そんな曾祖母でしたが、ひ孫の私にはとても優しく、みかんの砂糖漬けを作ってくれたり、二階の4畳半の仏壇のある曾祖母の部屋に、私は子供の頃祖母に小言を言われた時など、憩いの場所として、曾祖母の部屋に行って、お話を聞いてもらったり、曾祖母が 大好きで、曾祖母に可愛がられたことを思い出しましたら、曾祖母が喜んで下さったのか、わたしが自分の好きな模様の羽織や 着物を着たり、タンスの着物を眺めたりしている夢を見ましたが、不思議なことに私一人だけで、曾祖母は夢に出て来ませんでした。 考えてみると、曾祖母は着物2,3枚を着まわしており、形見の衣類などは殆んどありませんでした。紳士服の仕立て業を営んでいた曾祖母の長男の私の祖父の妻だった着道楽の祖母とは違って私は 質素な曾祖母の生き方を尊敬して、なくなる日まで使用していた枕を形見にいただいた思い出があります。私が小学校6年生の時まで元気でいてくれて、なくなる前年まで毎年お年玉を頂きました。 着物の夢を見させて下さったのは、たまには着物を着てみたらと思う曽祖母の私へのメールなのかもしれないと思っています。 |