お嬢さん、お笑い下さいまし、 私は死ぬほどお嬢さんに惚れていたんでございます。 第1作「男はつらいよ」から 寅さんは、意中のマドンナに直截的に愛のことばを伝えることはありません。恋愛感情を胸に秘め、自分から何かを求めることは決してないのです。 そんな寅さんが、その恋慕の思いをモノローグですが一度だけ、ことばにしたことがありました。 第1作『男はつらいよ』で、久しぶりに再会した幼なじみで、御前様のお嬢さん・坪内冬子(光本幸子)に恋をした寅さん。妹・さくらの結婚式を終えて、どこか心にぽっかりと穴があいているような気分でいるところに「うさ晴らしに、これからどこかへ行きましょうか」と誘われ、オートレース見物に出かけます。 楽しいひと時を過ごした帰り道、夜の帝釈天参道で酔った冬子が上機嫌で歌います。 「♪殺したいほど 惚れてはいたが・・・・」 これは、1964年の加藤泰監督の『車夫遊侠伝 喧嘩辰』という東映映画の主題歌として、北島三郎さんが歌った曲です。この曲はテレビ「男はつらいよ」の中でも、佐藤オリエさんふんする、寅さんの恩師・坪内散歩先生(東野英治郎)のお嬢さんに恋をした寅さんの心情を代弁する曲として、効果的につかわれていました。寅さんの「恋のテーマ」ともいうべき曲です。 およそお嬢さんとは似つかわしくない、北島三郎さんの演歌を「口笛は幼き頃のわが友よ、吹きたくなれば吹きてあそびき」と歌う冬子は、実にチャーミング。石川啄木の「一握りの砂」の「晴れし空仰げば いつも口笛を吹きたくなりて 吹きてあそびき」をアレンジした名せりふです。 冬子を見送った寅さんは、あまりのうれしさに「喧嘩辰」を歌い出します。冬子が口ずさむ歌が寅さんの歌となり、その幸せな気分が観客にも伝わる、実に多幸感に満ちた名場面です。 その後は、おなじみの展開となるわけですが、ぼくらは寅さんのつらい胸の内を、失恋した後のモノローグで知ることになります。 冬子と行くはずだった水元公園で、ひとり涙を流す寅さんの心情が「殺したいほど惚れてはいたが」に続く「指もふれずに別れたぜ」の歌詞とリンクして、観客の心に深く響くのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |