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2012年12月18日(火) 

遠江射場に興味をもって、ネットで調べてみたところ、戦争遺跡について書かれた本がいろいろ出ていることが分かりました。駿河局が図書館で本を借りてきてくれました。

本を読んで県内にもたくさんの遺跡が残っていることに驚きました。戦争の影響が地方都市にも確実に及んでいたのですね。

掛川市内では、原谷と桜木の間の山に中島飛行機の地下工場が作られた、ということも紹介されています。これは今までまったく知りませんでした。現地は今はゴルフ場になってしまったようです。

残念ながら、太平洋戦争に関する建造物に関する保存状況はあまり、というかほとんどされていません。仮に残っていたとしても興味を持たなければそれが何だったのか、理解することもできないでしょう。坊主憎けりゃなんとかで、戦争が嫌いだからその歴史すら学ばない、という風潮がまだまだ色濃く残っているような気がします。

生き証人は年々鬼籍に入られ、記録や構築物などでしか戦争に触れられなくなってきています。愚かしい歴史を繰り返さないためにも、あの時代に掛川のような地方都市がどのような状態におかれていたのか、きちんと歴史に残すことが必要だと思いました。

閲覧数988 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2012/12/18 22:35
公開範囲外部公開
コメント(1)
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  • 2012/12/19 15:30
    shinobiさん
    飛行機の工場跡については地元なので、よく知っています。
    子どもの頃はその巨大な穴の中で、よく遊んだ思い出があります。

    奥の方には「こうもり」がたくさん住んでいたので、捕まえたことも有ります。
    中学の頃は化石を摂りに行きました。


    現在は私shinobiの散歩コースですが、いくつかあった大きな穴は、Yカントリーゴルフ場が出来る時に完璧に整地されてしまいました。

    当時は労働者がいなかったので朝鮮半島(韓国北朝鮮)から連れてきていました。
    現在もその方たちは地元に住みついています。
    次項有
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