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2017年3月 地元新聞社の未採用投稿 それでは原文公開します。 昨年2016年は、障害者差別解消法が動き出し、相模原での痛ましい事件、自然災害時の福祉避難所のあり方など、障害福祉に関わる動きが様々ありました。 あらためて感じることは、この国の人たちは、人物を見て選ぶことは得意でも、相手に対する配慮ということが不得意であること。 障害があるからないからという発想ではなく、一人の人物として、どう関わっていくかであります。 けして簡単なことではありませんが。 私たち障害福祉に関わる大半のものとして、最大の課題はいわゆる入所・通所の施設から、グループホーム・ケアホーム、つまり、少人数の共同生活へ移行ができるかどうか。 実は、安房地域のある地区で、障害者の方の作業所建設をめぐり、予定地にある地区住民の理解がえられないまま、断念をした話を伺いました。 詳細なことは把握はしていませんが、おそらく、障害のある方に対する理解しがたい違う見方という、概念が邪魔をしたように思われます。 私は先々の将来展望として、障害のある方のグループホーム・ケアホームを、この安房地域のどこかにと、考えています。 障害のある私の身内の将来のこと、9年前に他界した私の父の言いつけにも関わるものであります。 障害福祉に関わる団体の役員、新年度から地元の区の末端の役員を引き受けますが、万一にも、事例の作業所と同じような問題が、住んでいる地区でおきた時、どうするか、正直、大変不安に感じます。 少人数で生活の場を確保しても、近年の異常気象による災害が頻繁している中、不測の事態の避難場所がどうなっているのか。福祉避難所がどうなっているのか、使い勝手がいい場所なのか、確かめなければなりません。 先日、南房総市社会福祉大会で、堀田力さんの講演がありました。 高齢者の方々の中での居場所という話をされましたが、障害福祉でも同じく、居場所というのは課題であり必要なことです。 誤解をしてほしくないのは、障害者は施設へという考え方は固定観念です。 障害の立場によっては、ケアが必要な方のための施設は必要でありますが、そうではなく、日常での生活をとする方は、共に過ごしたいであります。 相手の立場になればわかる。これがどのくらいの方々にご理解と納得をいただけるか。これにつきます。 |